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第396話 身内の犯行

 体育祭の準備をしながら、蓮のMV第2弾の撮影とSE-RENの新曲作成があった。

 今回は……マジで大変だった。


「蓮くんのMVだけど、今回は低音域とダンスを見せる方向で行くから『EXCITE』にするわ」

「マ?」


 ママの発言は以前聖弥くんが読んだとおりだった。

 でも、選曲が! ダンスを見せるってことは、蓮が踊るってことですよね!? あれを!?

 歌も難しいけどダンスも激ムズなあの曲を!?


「そんな顔するのやめなさい。もう1年もダンスレッスンしてるのよ? 柔軟性も以前とは比べものにならないし、ステータスが上がってるおかげで反射速度とかも凄いのよ。それに――」

「それに?」


 ママは何か戦略を立ててるんだろう。はっきり言って今の蓮の実力を一番わかってるのはママだしね。


「あれができたら、かっこいいでしょ!」


 と、思ったのに、その後の言葉に私は思いっきりがっくりきたね!


「かっこいいのは大事だけどさ!? 蓮ができるかどうかがまず前提じゃないの?」

「できるかどうかじゃないの、できるようにするの」


 う、うわぁ、目が据わってる……。これは、もうママの中では決まったことなんだ。多分、頑張って頑張って蓮がギリギリクリアできるところを攻めてるとは思うんだけども。


「だから、ユズはまずあのダンスを完コピしなさい。それで、蓮くんに教えるの」

「なんですとー!? 母親による無茶振りが酷い!」

「無茶振りじゃないわ。ユズならできるでしょ。私より遥かにステータスが高いんだし」


 ステータスか……。

 ママもダンスは凄くできる。でも、自慢でもなく私の方が技術は上。

 だーけーどーなー、私がやってたのはヒップホップと新体操と体操。そしてバレエがちょびっと。そして部活と趣味の域であり、本職ダンサーではないよ。

 あと、どう考えても、私が得意とするダンスのジャンルじゃないんだよね、この曲。


「私の得意分野じゃないとか思ってるでしょう? ユズが得意かどうかは関係ないの。そして蓮くんが得意なジャンルかどうかも関係ないの。このレベルのダンスを踊れる実力があるって見せることが大事なわけ、そこをはき違えたらダメよ」

「人の思考を読まないでよ。……まあ、確かに私が得意かどうかは全く関係ないよね」



 ――というやりとりがあり。

 完コピ、やったらできたけど、凄まじく苦労したよ。ママがこの曲を選んだのは凄く理解できたんだ、2.5次元ミュージカルで入ってくる振り付けの要素がかなり多いから。

 だけど、ほんっとうに私がやってきた「リズム重視でエネルギーが弾ける感じのヒップホップダンス」と、「動きと止めの落差が激しくて、重さを感じさせるニュアンス重視のジャズファンク」って真逆なんだもん!


「これを……蓮に踊らせるって正気? 誰が教えるのよ? ……私だよ!」


 防音地下室の鏡の前で髪の毛を掻きむしってたら、ちょうど部屋に入ってきたレッスン着姿の蓮がビビっている。


「柚香でも難しいものを俺が踊れるわけない……」

「蓮くん、ストップよ!」


 レッスン前からネガティブモードに入りかけた蓮を、その肩を掴んで揺さぶってママが力技で止めている。


「ユズがこのダンスに苦戦したのは、ユズに染みついてる癖と真逆のダンスだったからよ。いい? 蓮くんは癖が付いてないの。だから、むしろユズよりも蓮くんの方が踊りやすいはずよ」

「そーれーだー!」


 ママの理論に目から鱗! 確かに、音があると足でリズム取っちゃう癖がある私より、そこまでダンスに馴染んでなくてひたすら各種基本の動きとリズム感を特訓してきた蓮の方が受け入れやすいかも!


「それにユズにも言ったけど、できるできないじゃなくて『やる』の。蓮くん、ミュージカル俳優を目指してる人間が、振り付けを選ぶ権利ある?」

「ありません!」

「そういうこと。はい、レッスン始めて。そうねえ……教えるコツとしては、ユズがどこに苦労したのかをそのまま伝えるといいんじゃない?」


 なるほど、難しく感じるところは共通かもね。

 そして私が覚えた動きを細かく蓮に教えるレッスンが始まった。


 ママの言うとおり、私が想定してたよりも蓮はずっと踊れる。リズム感や柔軟性、体幹のブレのなさ、指先まで自分の制御の下に置けるボディコントロール――ダンスに関わるあらゆるものが、去年の今頃とは別人レベルだ。


 今の蓮なら、行ける。一通りの動きを見てそう確信できたから、一区切りして休憩にすることにした。

 汗を拭きながら水を飲みつつ、ついつい蓮と愚痴大会になる。


「踊れるようになったのはいいんだけどさ、そのせいで体育祭のダンスで1年生にメインを任せるのが若干不安に感じるんだよな」

「よりによって、一番踊れるのが弓削くんだもんね。不安しか感じないよ、私も」


 あの自意識過剰ボーイ、体育祭の練習が始まった途端「Y quartetに入るのは諦めました!」って宣言して、何がこいつを変えたんだと思ったら「彼氏彼女で構成されてるパーティーに入るのは無理だって気づいたので!」って言いやがった……。


 付き合ってるのは私と蓮だけだが? ってみんなでポカンとしてたら、「バス屋さんと長谷部先輩も付き合ってるんですよね」って言って彩花ちゃんからガチ殺気を放たれて制裁を食らってた。

 おおお……弓削くんは地雷を踏むのが得意なフレンズなんだねーー……。


「去年は1年生に私とあいちゃんというガチのダンス経験者がいて、ダンスもバレエ要素が強かったからまだよかったけどさ。今年の1年生ってあんまりダンス経験者がいないんだよね」

「振り付け係、去年よりきつく感じるよな……」

「しかも私の場合、SE-RENの新曲の振り付けも考えなきゃいけないじゃん? チャンネル登録者数が9000超えたところで停滞してるからさー、すっごい気合い入れてガツンとインパクトあるの作らないとね」

「ンっ」


 ……おや? ママが不自然に肩を跳ねさせたなあ。


「ママ?」

「何?」


 ニコッとママが笑顔を向ける。この反応は、黒!


「何か知ってるよね? SE-RENのチャンネル登録者数が伸びない理由」

「ん、んんんー……」

「果穂さん!? 俺たちのプロデューサーですよねえ!?」


 蓮まで立ち上がってママを問い詰めたら、ママはがくりと肩を落とした。やっぱり黒じゃん!


「7ちゃんのY quartetスレでね、SE-RENのチャンネル登録者数が1万人を超えるとユズが離脱するから、先に登録しておいて1万人を超えそうになってきたら抜けろっていう動きがあってね……言っておくけど、私が言い出したんじゃないわよ? 私は止めなかっただけ!」

「へ?」


 SE-RENのチャンネル登録者数と、私の離脱? なにそれ。


「あ、あー! そういえば聖弥が柚香を引きずり込んだときにそんな条件出てましたね?」


 蓮がスマホを取り出して、何かを調べ始めた。そして動画を再生する。――あ、これ、退所届記入生配信のときか。SE-REN(仮)で作ったMVの発表があって、聖弥くんに「こんなに歌もダンスも上手いなんて、全然知らなかったよ」って言われて。


『ちょっと考えさせて……うん、わかった。やるけどひとつだけ条件があります。それはSE-RENのチャンネル登録者数が1万人に達するまでの期間限定ってこと。

 私がやりたいことの中にアイドルはないんだもん。だから、知名度ブーストだと思って』


 動画の中の私、言ってる、確かに言ってるわ!

 すっかり忘れてたけども!


「これ、またスレに降臨して『離脱しないから素直にチャンネル登録して』って言わないといけないやつ……?」

「多分な」


 私と蓮は揃ってため息をつき、スレに過去の発言の撤回と「裏工作しないで」ってことを書き込む羽目になった。


 なお、スレの祭は3日3晩続いたらしい――。


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