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ラグナロク

第413話 崩壊する日常

 修学旅行から戻ってきた私たちは、文化祭の準備に取りかかることになった。

 それと同時に蓮と聖弥くんは、ジューノンのボーイズコンテスト最終選考会の準備をしている。バス屋さんはいつの間にか落ちてたらしい。


 午前中の座学では居眠りしてる人も結構いる。私はそこまで体力が減ってないし、進学志望だから授業はしっかり受けてるけどね。


 寧々ちゃんも寝落ちてるなあ……クラフトの注文が多くて、修学旅行中できなかった分お疲れなんだろうか。


 ――なんて少しぼんやりした瞬間、校内放送が入った。


『緊急です。冒険者科の生徒は直ちに全員グラウンドに集合してください。繰り返します、冒険者科の生徒は……』


 放送が終わる前に、寝ていた人も飛び起きて私たちは教室を飛びしていた。

 廊下は走っちゃいけないとか、そういう場合じゃない。

 こんな緊急の放送は初めてだよ!


 階段を踊り場まで一足で飛び降り、外履きに履き替えて私は一番乗りでグラウンドに到着した。

 大泉先生と片桐先生と安達先生、それに実技の教官たちもグラウンドに走ってくる。


「柳川と安永と由井、それと……えーと長谷部! 車を出すから乗りなさい! 話は車内でする。柳川、装備はアイテムバッグに入ってるか?」


 普段の10倍増しできりっとした大泉先生が、私たちを見た途端に声を張り上げてきた。

 装備!? 急いでどっかのダンジョンに行かなきゃいけないってこと?


「私と蓮と聖弥くんの分だけなら、アイテムバッグに入ってます。今は教室に置いてありますけど……」

「じゃあ、一旦戻ってすぐ取ってきなさい! 帰りは窓から飛び降りてもいい!」

「ええええええ!?」

「今更驚くことじゃあないんだよ! 清水寺ダンジョンでも飛び降りてたんだろう?」


 いや、そうだけども! 先生から学校で「窓から飛び降りてもいい」って言われるなんて思わないじゃん!?


「他の生徒は班ごとに集合! 3年生の1班は教頭先生の車で国分寺ダンジョンへ。3年生の2班は有川先生の車で……」


 片桐先生が通る声で指示を出し始めるのを聞きながら、私は大急ぎで来た道を戻って教室へと向かった。

 何もかもがまとめて入ってるアイテムバックをひっつかみ、窓を開けてひょいと飛び降りて中庭に着地。教室は2階だからこんなのは余裕だけど……。


 何が起きてるんだろう?

 私たち冒険者科の力が必要なことが起きるのは、はっきりいって非常事態だとしか思えない。


 グラウンドの手前で、大泉先生が駐車場に走って行くのが見えた。

 私の元へ蓮と聖弥くんと彩花ちゃんがやってきて、硬い表情で黙って手を差しだしている。

 蓮と聖弥くんに装備を差し出し、私もその場でアポイタカラ・セットアップに着替える。こういう時、スカート+スパッツの防具は着替えやすくて本当に便利。


「先生の車が来たら、僕たち先に乗ってそこで着替えるから」


 素早くトップスだけを着替えた聖弥くんが、ボトムスを持ったままで私と彩花ちゃんに向かって言う。


「ここで今着替えれば? 別に見ても誰得でもないから見ないよ」

「さすがに恥ずかしいんだよ!」


 それに彩花ちゃんが堂々と返すので、蓮がむきーっと噛みついている。……まあ、ね。ズボンは一度脱がないと穿けないからなあ。去年SE-REN(仮)の頃にサザンビーチダンジョンの最下層で似たようなやりとりをしたっけ。


「装備必要なのかー……ボクのうちに寄ってもらうか、ゆずっちの装備借りる……のはきついなあ」


 彩花ちゃんは少し考え込み、しっぶい顔になった。

 うん、今私がピンクのスカートタイプの装備を着ちゃったから、オレンジでキュロットタイプの装備が余ってるけど……彩花ちゃんには死ぬほど似合わない奴だ。あとはサイズが、ね。


 大泉先生の車は白い軽の乗用車だけど、いつも汚れすぎてて、「洗車しろ」って誰かが窓に指で書いたのがそのまま残っている。

 ある意味見慣れたその車がとろとろと走ってきたので、先に蓮と聖弥くんが乗り込み、ふたりのOKが出てから私と彩花ちゃんが乗り込む。


「何があったんですか」

「よくわからないけど、スタンピードが起きてるんだよ。ダンジョンからモンスターが溢れて、冒険者協会から冒険者科に支援要請が来た」

「スタンピード!?」


 大泉先生の口から出て来た衝撃的な言葉に、車内の生徒4人は声を揃えて叫んだ。

 それは単なるオウム返しをしただけで、その後私たちは絶句してしまった。


 ダンジョンから、モンスターが溢れてる?

 そんな、それはあり得ないはずなのに!

 従魔以外のモンスターはダンジョンから出たら消える。……それが生成コードで記述されたダンジョンのルールだったはず。


「長谷部の家に寄って装備を取ってから、柳川の家に寄ってヤマトを連れていく。由井は鎌倉ダンジョンの入り口で出てくるモンスターを迎撃して、長谷部は周辺のモンスターを倒してくれ。安永は江ノ島ダンジョンの入り口で迎撃、柳川が周辺掃討。できるか?」

「できます」


 全員の声が綺麗に揃った。中級ダンジョンはフル装備聖弥くんの敵じゃないし、聖弥くんなら魔法も使える。彩花ちゃんは伝説金属の武器があるから、既に外に出てしまったアンデッドモンスターを片付けるのに最適だ。


 江ノ島ダンジョンは上級だけど、蓮が外で待ち構えれば狭い入口を通過したモンスターは一網打尽。――そして、スタミナがあって魔法も使える私は、とにかく走り回ってモンスターを倒すってことか。


「先生、ヤマトは」

「ヤマトには、『従魔じゃないモンスターを片っ端から倒せ』って言って解き放って欲しい。暴走犬Tシャツを着てれば誰もモンスターと間違えないだろう」

「……わかりました」


 そっか、今は市内にもモンスターが出ちゃってるんだよね……。サザンビーチダンジョンは初級ダンジョンだから、1年生と2年生の一部で完全に制圧できるけども。


「あ……アグさん大丈夫かな」


 まだ家ができてないから、アグさんは大山阿夫利ダンジョンの1層にいる。

 いや、だからあそこはアグさんが食い止めてくれるだろうな。

 行きにくい場所にあるダンジョンは、当然のように周辺住民が少ない。南足柄セミナーハウスの辺りとかはちょっと心配だけど……。


「一般の冒険者が上級ダンジョンには向かってるし、元々ダンジョンで戦ってる最中だった人たちもいる。県西地区は小磯高校の冒険者科が対応してるし、横浜方面は新横浜高校が担当だしな。……出口さえ封鎖してしまえば、後は散ったモンスターを片付ければいい。交代できる人員が来るまで、悪いがちょっと頑張ってくれ」

「そうか、別に出てきたモンスを倒すんじゃなくて、ダンジョンの出入り口を塞げば良いんだ! 柚香のメイルシュトロムを俺が凍らせれば、そうそうモンスターじゃ壊せない栓になりますよ!」


 私たちを心配させまいと「ちゃんと県全域で分担ができてる」と大泉先生が言ったんだけども、蓮がそれに被せるようにいつもの「氷戦術」を打ち出した!


「あーっ! そうか! それはいい……のか? 中にいる人が出られなくなるぞ!?」

「もしモンスターが一斉に地上を目指してるなら有効だと思います。あんまり複雑な行動ってしないですし」

「一時しのぎにはなりますよ。中の人は中の人で頑張ってもらって」


 聖弥くんと蓮が立て続けに言ったことに、大泉先生が呻く。そして数秒考えてから「よし!」と叫んだ。


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