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第416話 災厄の日・3

 ライトニング・グロウの旧メンバーに連絡をしてから30分ほど経過している。

 颯姫は「早く来て」と小さく呟き、再度ライトニングを撃ってモンスター自身にダンジョンの入り口を封鎖させることを続ける。


 智秋がダンジョンハウスから戻ってきたとき、ちょうど颯姫のスマホから着信音が響いた。


「バス屋!? 今どこ!?」

『電車止まってるし走ってきた! 今横須賀駅前!』

「うげ……なんでバイクとか使わないの!?」

『どんだけスピード出ても、歩行者なら道交法に引っかからないから!』

「…………ハッ」


 腹黒七並べは弱いくせにこういう時だけ妙に頭が回る弟分に、乾いた笑いが漏れる。

 緊急時とはいえ、確かにあからさまな速度超過は危ない。警察官に見つかればスピード違反で止められて、逆に時間を食う可能性もある。

 バス屋の判断は高ステータス冒険者ならではのものだった。彼の家から横須賀ダンジョンまでは車で40分ほど。本気で走れば法定速度に縛られる車よりも速いだろう。


『信号変わる! ライトさんとタイムさんにも走って来てって言っといたから! あと10分くらいで着くよ』

「ありがと! あんたのこういう時の頭の良さ助かる!」


 普段はあれだけ抜けているのに、粉塵爆発やら特殊な状況でだけ賢いバス屋に舌を巻く。

 それから颯姫がモンスターを食い止め続けた1時間の間に、「日本国内でY quartetの次に強い」と言われたライトニング・グロウの4人が、横須賀ダンジョン前に集結していた。



 それまでの間に、アイスランドの火山地帯に突如ダンジョンが出現したことが衛星により観測され、ほぼ同時に全世界で電波ジャックが起きた。


「零落の時は来たれり。我らを追放せし神々よ、今こそギャラルホルンを吹き鳴らせ。ナグルファルが完成した暁には、瘴疫しようえきが霧のように世界を覆い尽くし、おまえたちは抗うこともできずに静かに死に絶える。

 ――そして我らは、人類に与する神々を誅殺する」


 恐ろしいほどに美しいプラチナブロンドの女性が、その唇から異国の言葉を紡ぐ映像が全世界に流される。けれど、耳で聞く言葉とは別に、彼女の話す内容は何故か人々に理解された。


 異様だったのはそれだけではない。全体的に色素が薄い薄青の目をした女性の左半身だけが、青い肌で腐り落ちそうにただれていた。白く濁った目がこちらに向けられるのを直視できなかった者も多い。


「それまでは我が館にて待ってやろう。人間の最後のあがきで妾を楽しませるがよい」


 半分は紅く、半分は青い唇が弧を描く。そしてぷつりと映像は途切れた。


 動画は瞬く間にSNSでも拡散された。それと同じ速さで「ナグルファル」「ヘル」「ラグナロク」という言葉がトレンドを席巻する。


「これは、かなりまずい」

「……神様もダンジョンでなら姿を現せるし、受肉もできる。それはヤマトと撫子のことで知ってたけど」

「北欧神話のヘルなんて知名度の高い神様が出てくることは、考えたことも無かったよ」


 ダンジョン突入を前に状況を確認した智秋と颯姫とタイムは、苦い顔で呟いた。


「あの映像だけで、こんなに爆速で特定されてるのなんで?」


 SNSのトレンドをチェックしながら、バス屋が首を傾げた。頭は良いが得意分野に偏りがある彼に、颯姫は小さくため息をつき説明を始めた。結局、手の掛かる弟を放置することができない姉なのだ。


「ヘルは北欧神話の中で死者の世界を司る神ね。半身が白くて、もう半身は青い、もしくは緑や黒に腐っているって言われてるの。まずその他にない特長が一致しているのがひとつ」

「それと、ナグルファルって言葉だな。ヘルが支配する死者の国・ヘルヘイムで、『死者の切り残された爪』を集めて作った船の名前だよ。これが完成すると北欧神話に於ける最終戦争のラグナロクが始まると言われてて、完成を遅らせるためにゲルマン人は死者の爪を切って埋葬するんだ」


 颯姫と智秋の説明にライトとバス屋はふむふむと頷いた。ひとりタイムが肩をすくめている。


「……つまり、死者の国で集められる唯一の資源をちまちまと集めて、自分たちを追放した神々に攻め込もうとしてるんだけど。神話オタなら割と知ってる話だから、半身が青いこととナグルファルって単語のおかげで秒で特定されたってこと」

「塵は積もっても、塵じゃないの!? 切り残しの爪を集めて船作るってどんだけ!?」


 バス屋が悲鳴を上げる傍らで、ライトは腕を組んで考え込む。


「完成してないんだよな? ぶっちゃけ、あの情報量だとそのラグナロクが始まるまで、後どのくらいの猶予があるかもわからない?」


 ライトの指摘はもっともだった。けれど、智秋と颯姫の表情は険しいままだ。


「確かに……数時間かもしれないし、何百年も後かもしれない」

「でも私がヘルだとしたら、年単位の長さのことを事前に予告したりしない。それは人類に余計な猶予を与えることになるもん。楽観的観測はしちゃダメ、長くても1ヶ月ないと思った方がいい」


 ふたりとは違い、タイムだけが口の端を上げた。ヤマトの無事と居場所を告げたときのように、彼は既知の事実から打開策を瞬時に組み立てる。


「でも、ヘルを倒せば確実に止められるし、ヘルはこのアイスランドのダンジョンにいるだろうね。映像に映るっていうのは受肉してるってことだよ、僕たちは撫子の件でそれをよく知ってる」

「それだ!」

「それに――神様は、倒せるんだよ。ダンジョンにいる以上はモンスターだからね」


 不敵に笑うタイムの言葉に、4人は頷いた。



 ダンジョン入り口で動けなくなっていたモンスターを片付け、再結成したライトニング・グロウは智秋を伴ってダンジョンを進む。

 ダンジョン内のモンスターはあらかたが入り口付近に集まっていたようで、範囲魔法でそれらを殲滅した後は敵がいないフロアが広がっていた。


「久々だけどこの高低差きついなあ。帰りはコード書き換えて真っ平らにしようか」

「既存のダンジョンに手を付けるのはやめて、一般冒険者が困るから。ここはこれで『稼げるけど面倒なダンジョン』ってバランスが取れてるの」


 唯一冒険者ではない上に運動習慣もない智秋は早々に音を上げて暴論を吐き、颯姫がそれをたしなめる。


「アイリちゃんところの翠玉がいたら、地形操作で楽になったかもしれないんだけどねー」

「ああ、麒麟か。あれは凄いよね。……ヘル討伐パーティーを選抜するとしたら、あの存在だけでアイリちゃんが食い込んでくるレベル」


 バス屋の呟きにタイムが応え、颯姫は表情を曇らせた。


「ヘル討伐パーティー……選抜するんだろうね、ダンジョン大国の高LV冒険者たちから」


 自分たちライトニング・グロウと、柚香たちのY quartetは間違いなく選ばれるだろう。引退したといっても、この状況で断ることはできない。

 その上颯姫はおそらく世界で唯一の、魔法で死者を蘇らせることができる存在だ。有用性の高さは自覚していた。


 4層には、かつて柚香が撫子の手で落とされたマナ溜まりがある。智秋も昔このマナ溜まりを利用して、アカシックレコードにアクセスした。


「仮想インターフェース展開」


 マナ溜まりに胸元までを浸した智秋が呟くと、実体のないディスプレイとキーボードが浮かび上がる。


「さーて、本職の――それも天才の腕を見せつけようか」


 この状況下では場違いに、実に楽しそうに智秋が笑う。

 それは颯姫が彼と初めて会ったときと同じ表情だった。


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