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〈52〉署長の存在意義

 京子は霞の言葉には答えず、いきなり翔子に殴りかかってきた。


「やめて!」


 止めに入った霞のほおを京子の拳が直撃し、思いっきり吹っ飛ばされる。


(イタタ……お母さんにこんな力があったなんて!)


 床に転がり後頭部を押さえたとき、


「あなた、何やってんの?」


「え?」


 体勢を立て直した霞が翔子の声に振り向くと、その場に京子が倒れていた。


 翔子はその横で京子の頭に手を当てている。


「この人も同じだね。コントローラー埋め込まれちゃってた」


「脳は!? 脳は大丈夫なの?」


「大丈夫。でも危なかった。上手くいかなかったら自爆テロを敢行する予定だったみたい」


「え?」


「さっきの場所、地学会システムタワーだから動力炉の近くでしょ? そこを爆破したら証拠も何も残らないから」


 翔子の言葉を聞いて、霞はその場にへたり込んだ。


「ぼーっとしてないで、やることあるんじゃない? あなたさっき、なんか言ってなかったっけ?」


「え? あ、そうだ」


 霞は気を取り直すと聡に連絡した。


『もしもし?』


「あ、わたし、手短に言うね。今から大地震予告のアラート流れるから対応お願いします。予定は明日だから大至急。あと、お母さんは大丈夫だから」


『え?』


「大学構内だから、いったん切るね」


 聡に有無を言わせず霞が連絡を切ったとき、地震予知プログラムが立ち上がり始めていた。


(システム本稼働まで1時間程度か。間に合うかしら?)



 ◆◇◆



 気絶している京子を研究室のソファに下ろすと、霞は付き添いながら端末を開き、地震について玲に結果を報告した。


『そうか、わかった』


「じゃ、後で」


 そう言って霞が連絡を切ったところで、翔子が説明を始める。


「大体わかったわ。技術的にかなり差があるから、私とは違う未来から来た何者かのしわざね」


「やっぱり大学病院の草吹かしら?」


「おそらく。あなたとほぼ同時期に埋め込まれてたし。だけど、これだけ意図的に歴史を捻じ曲げようとするのはちょっと異常だと思う。相当大がかりな仕掛けのはずだけど、何が目的なのかな?」


「他に誰かが来ているとか?」


「わからないけど、その可能性もあると思う。けどこんなことしてたら世界が壊れちゃうわよ」


「じゃあ人間の仕業じゃないってこと? 悪魔? 宇宙人?」


「なんとも言えないけど、まともなやつじゃないことは確かね」


「そうね。ところでそのコントローラーの種って、組織うちが強制捜査に踏み切れるだけの証拠になると思う?」


「うーん、現在の科学技術で説明できないから難しいんじゃない?」


「じゃあどうしろって言うのよ! 指をくわえて見てろとでも?」


「私に言われても。確かにその大学病院で間違いないとは思うけど」


 そう翔子が答えたとき、


「う……うーん」


 京子が声を出した。


「目を覚ましそうね。一緒にあなたの自宅の近くに送ってあげるから立って」


「待て待て待て! 自分で帰れるから大丈夫だから!」


「あ、そう。じゃ、気をつけてね」


「というかあなたも。地震来るんだから避難するのよ」


「何言ってんの。そんなことするわけないでしょ?」


「へ?」


「今にわかるわ」


 翔子の言葉がいまいち理解できないまま、霞は京子を背負って研究室を出た。



 ◆◇◆



「ん……あれ?」


 タクシーの中で京子が意識を取り戻した。


「気がついた?」


「……霞?」


「大丈夫よ。今家に向かってるところ」


「……ごめん」


「記憶あるの?」


「ある。これまでの行動、鮮明に思い出した…………私があんなことをしてたなんて……」


「操られてたんだから、しょうがないじゃない」


 頭を抱える京子をなぐさめながら、昨日のことを思い出す。


(もしもあのとき研究室に行かず、まなみんの家に戻ってたら……わたしは草吹に操られ、あの子を――)


 霞は自分の体が震えるのを感じた。


「あのとき……聡さんの言うこと、聞いていればよかった……」


 京子が力なくつぶやく。


「え? 何?」


「検査受けたら? って言われてたのに」


「いや、それは違うと思うよ」



 ◆◇◆



「ただいまー」


「お帰り、大丈夫か?」


 心配そうに聡が出てきた。


「うん。詳しくはさっき説明したとおりなんだけど、お母さんの記憶もしっかりしてるし、おかげで相手のやり口も特定できたわ。地震の後はバタバタすると思うけど、よろしくね」


「お恥ずかしながら『どうやって地学会のIDカードを手に入れたか』から『この手で我が子を殴り飛ばした感触』まで覚えてます。本当にごめんなさい」


 京子が二人に頭を下げる。


「いやいや、しょうがないじゃないか。ただ、これから地震に備えて各機関との連携で忙しくなりそうだ。京子、頼むぞ」


「そうね」


 聡に答えながらも京子の顔は沈んだままだ。


(お母さん、落ち込むと長引くのよね)


 そう思った霞はまず、聡に自分の考えを話すことにした。


「境井翔子に聞いたんだけどさ、コントローラーを埋め込んだのは大学病院の草吹で間違いないみたい。けど、証拠としてコントローラーが残ってない以上、うちとしては手出しできないのが正直なところだと思うのよ」


「そうだな。不用意に強制捜査に踏み切って、証拠が出てこないまま相手に最後までしらを切られてしまったら、京子が地学会のシステムを止めた事実だけが残る。となれば、俺たちが出まかせをでっちあげたと扱われるのがオチだ」


「だけどさ、こっちの情報が相手に筒抜けなんだとしたら、じり貧じゃない? このままだと何もできないよ」


「それなんだけど、操られていた私が地学会に潜入したのって、本部に保管されてた偽造IDカードを使ってたの。私は元々そんなものがあることさえ知らなかったんだけど、裏を返せばそこまで情報が漏れてるってこと」


 暗い顔で京子が言った。


「それはまずいな」


 聡が顔をしかめる。そこで霞が再び切り出した。


「でね、考えたんだけどさ、うちの誰かを大学病院に入院させて、コントローラーを埋め込ませるっていうのはどうかしら? でコントローラーが脳になじまないうちに摘出して証拠にするの。もちろん署長の判断を仰ぐ必要があると思うけど」


「おとり捜査ってことか? 判断を仰ぐまでもないだろうな」


「やっぱりダメ?」


「あの人がそんな決断下すはずがないだろ? お前の気持ちはわからんでもないが」


「だよね。こういう時っていつも思うんだけど、なんであの人がうちの署長なの? お母さん知ってる?」


「なぜって……アシュレイから抜擢ばってきされたからじゃない?」


「それだけ?」


「そう、それだけ」


「……言っていいのかどうかわからないけど、聞いていいかな? そんな署長で組織として機能するの?」


「あんたに答えていいのかどうかわからないけど、言っていいかな? 正直微妙」


「だよねー」


「月に5回くらいはあの人のせいで叫びたくなることがあるわ」


「それ、すごくわかるような気がする、大体週一で連絡あるし」


「おい……ほぼ毎回ムカついてるのか……」


 困り顔の聡が頭をかく。


「じゃあ聡さん、あの人のいいところ挙げてみてよ。顔以外で」


「そんな、いきなり答えられるか!」


「でしょ? 上司として最悪じゃない。人の気持ちもわからないし、ぐじぐじ嫌味言うし、決断力ないし、ゴスロリ好きとか時代錯誤だし、見てくれはおしゃれでダンディだけど、それだけじゃない!」


「おいおい……」


 聡が京子をなだめる。


「あれ? だけど良助のところのおじさんは署長の弟だよね? で、凄い人なんだよね?」


「そうよ、彼のこれまでの経歴だけで私が小説を一作書けるくらい」


「そんな凄いの?」


「兄弟で正反対なのよ。見てくれは悪いけど、それ以外はパーフェクトだもの。彼」


「どんだけよ」


「だからこそ篠原兄にはメチャクチャ腹が立つの!」


「おい京子、まがりなりにも俺たちの上司で、霞の実の父親だぞ? それ以上はやめとけ」


 聡が厳しめに言った。


「え? 今は、聡さんのことしかお父さんだなんて思ってないよ」


 霞が本音を漏らす。


「……それはそれでうれしくもあるけど、複雑でもあるんだよ」


 聡が顔を曇らせた。


「なんで?」


「確かに俺はお前の父親だ。血がつながっていないことにだってなんのこだわりもないさ。けどな、実の親のことだって忘れてほしくないんだよ。過去にどんなことがあったか知らないが、お前には肉親は大事にしてほしいんだ。実際、彼だってああ見えてお前のことを気にかけてるんだよ」


「はい…………」


「別に父親が二人いたって、悪くないじゃないか」


 微笑みながら言った聡に霞が何も答えられないでいると、突然京子が謝った。


「ごめんなさい」


「「え?」」


「聡さんの言う通りだわ。私、あなたのそんな包容力にひかれたんだった。そうよね。霞の事がからんだせいで、ちょっと頭に血がのぼってたみたい」


「お母……さん?」


「霞も、ごめん。言い過ぎた」


「あ、いや、わたしの方こそ……けど、お母さん、大丈夫?」


「何が?」


(よかった)


 立ち直った京子の表情を見て霞が胸をなでおろす。


「霞は君のことを心配して言ってくれてたんだよ」


 聡がしれっとばらした。


「ちょ! お父さん、それ言っちゃ……というか、あまりわたしのハードル上げないでよ」


「ん? ハードル?」


「だってわたし、完全に自分のことを棚に上げて言うけどさ、無駄に男を見る目が厳しめなのに、これ以上理想を上げられたら結婚できなくなっちゃうじゃない」


「おいおい、なんだよそりゃ」


 聡が苦笑い。


「あんたは心配ないわよ。魔性の女だもん」


 京子も笑って続ける。


「もし自信ないなら、あんたが玲くんをうちに連れて来さえすれば、もうどう転がってもどう掛け合わせても大丈夫だから。聡さんの包容力をもってすれば、全然セーフだから」


「わたしの方でアウトです! お父さん、よくこんな女と結婚したね」


「お前らいい加減にしろ」


 やはり苦笑いの聡。


「じゃ、そういうことで、わたしは行きますので、後はよろしくお願いします」


 席を立つ霞に合わせて京子も立ち上がりながら答えた。


「わかったわ。いずれにせよ、まずは怪我人が出ないように注意しないとね。大学病院に搬送されたら大変だし。それに――」


「それに?」


「この借りは、必ず返すわ!」


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