――ピンポーン
真奈美の家に到着した霞がインターホンを鳴らした。
「あ、かすみん、お帰り!」
「ただいま」
真奈美が無事なことにほっとしながら、応接間に入ると中には雅也も含めた五人が揃っていた。
心待ちにしていた玲が立ち上がる。
「何か情報掴めたか? って、その顔どうした! 誰にやられた?」
「(忘れてた!)あ、ぼーっとして歩いていたら壁にぶつかっちゃって~」
一同……。
「で、でね、大学病院に秘密があるみたいな――」
「「「「「大学病院?」」」」」
全員がいっせいに反応した。
「詳しくは教えてもらえなかったんだけど、過去に大学病院に通院してた人が起こした事件があったらしいのよ。そして犯行後に逮捕されると、死亡したんだって。なんらかのからくりでコントロールされていたみたい。今回の窃盗もその疑いが濃厚らしいの」
「じゃあさっきの話、つながるかもな!」
良助の目が光る。
「なに? さっきの話って」
「ソフトの解析結果だが、ホロの研究は相当進んでいるらしい。そしてそれはスカンディナビアと大学病院の共同事業らしいんだが、今回の博士の件、博士が『実体のあるホロ』だとすれば、すべてが納得のいくからくりだ、ということまでわかった。博士はスカンディナビアとつながり、スカンディナビアは大学病院とつながっていたんだ。倫理的にはかなりまずそうな話だが」
玲が説明した。
「となると、彼らがわたしたちにソフトを預けた意味は?」
「僕らに博士のデータを取らせてからもみ消そうと思ったんじゃないかな? だってソフト貸与の段階でリスク高いから。それに博士はスカンディナビアの事情に精通していたし」
雅也が持論を展開する。
「ふーん。いずれにしても長引きそうね。ところで、今日だけど、わたし、まなみんのところに泊ってもいいかしら?」
「もちろんよ!」
「……私も……いい?」
「おっ! 涼音も来るか? いいよいいよ! お泊り会だね!」
「楽しそうだな」
玲がちらっと真奈美の顔をうかがう。
「あ、男はダメよ。あんたたちは明日に備えて早く帰りなさい!」
真奈美が手を振って拒絶した。
◆◇◆
キッチンで真奈美が包丁を持って材料を切るところを両脇から涼音と霞がのぞき込む。
「……まなみん……毎日……自分で……料理……作るの?」
涼音が聞いた。
「そうよー。一度きりの人生だもん。食事だって手は抜きたくないわ」
「……なんの……ために?」
「もちろん、将来の旦那様のためよ。って、実際はほとんど自分の趣味だけどね」
真奈美の説明にきょとんとする涼音。霞が声をかけた。
「まなみんに任せておけば安心よ」
「なに言ってるのよ~、二人とも手伝ってよね!」
真奈美があきれ顔で言い返す。
「えっ、何すればいいの?」
「そうね、じゃあ、かすみんはジュースのオレンジ
(オ、オレンジを搾る……ってどうするの? 力任せでいいのかしら?)
「……これで……いいかな?」
涼音が皿を出してきた。
「うん。適当なのでいいよ~」
そう言いながらご飯を炊く準備をしていた真奈美は、霞が固まっているのに気づいた。
「あ、ごめん、オレンジね。冷蔵庫の上から三つめの棚にあるわ」
「ああ、冷蔵庫ね。冷蔵庫……と」
霞が冷蔵庫を開けると、冷たい空気と食材のカラフルな色彩が待っていた。
「……わぁ……まなみんの冷蔵庫……すごいね……なんでもある」
「明日からフードデリバリー止まっちゃうだろうから、念のために大量に仕入れといたのよ」
涼音に当然のように答える真奈美。だがこれまで、食材というものに直接触れたことがなかった霞には、異世界のように思えた。
「これ、何かしら?」
「これ? こんにゃくだけど?」
「これは?」
「油揚げね」
「この白いのは?」
「……お豆腐よ」
(こんなところに未知のまなみん世界があったとは!)
(かすみん……いったいなにを妄想しているのかしら?)
◆◇◆
応接間のテーブルに真奈美の作ったカレーが並ぶ。
「では、いただきます」
「「いただきます!」」
「熱いから気をつけてね~」
そう言って食べ始める真奈美。
(なんか、刺激的なにおいなんだけど)
霞はスプーンを持ったまま緊張で固まっていた。
「……おいしい」
一口食べた涼音がにこにこ顔で真奈美に言った。
「ほんと? ありがとう。作った甲斐があったわ~」
「…………」
「かすみん?」
「あ、ああ、いただきます」
――パク……
「どう?」
霞はスプーンをくわえたまま固まっていた。
「甘すぎた、かな?」
真奈美が恐る恐る霞の表情をうかがう。
刺激に耐えながらのどにジュースを流し込むと、霞は呼吸を整えて言った。
「まなみん」
「は、はいっ」
「いつも、食べてるの?」
「えっ? あっ、カレーは大体月に2回程度……かな? お気に召さなかった?」
「そうじゃなくて、おいしいんだけど、すごくおいしいんだけど、なんていうか……」
「はい」
「わたし今まで、こういった料理、食べたことがなくて……」
「は?」
「えっ? (カレーを……食べたことが……ない……だと?)」
「ちょっと、お手洗い、行ってくるわね」
そう言って霞が席を立つ。ドアが閉まるやいなや、真奈美は涼音に小声で聞いた。
「涼音、ちょっと」
「……何?」
「かすみん、カレー嫌いなのかな?」
「……なんで? ……おいしい……けどな」
「辛かったのかな? 顔が少し赤かったけど」
「……えっ? (この……カレーが……辛い……だと?)」
そこまで話した時、涙目の霞が戻ってきた。
「あ、忘れてた、生クリーム入れようか?」
真奈美が思いついたように言った。
「生クリーム?」
「うん。入れると味がまろやかになるの。試してみる?」
「え、ええ」
真奈美が急いで生クリームを持ってくると、霞のカレーに添える。
「どう、かな?」
クリームを混ぜたカレーを恐る恐るスプーンを口に運ぶ霞。
目をつぶってもぐもぐ食べ、体を少し震わせて言った。
「おいしい……こんな味、初めてよ!」
(……生クリームを……入れたことが……ない……だと?)
(それは何気に普通よ、涼音)
◆◇◆
「ところで、この前見た涼音の記憶なんだけど、まなみん、幼稚園児の時のこと、覚えてた?」
生クリームが大量に入ったカレーを食べながら、霞がたずねる。
「なんとなく……というか、小さいころ男の子たちと遊んでいたのはなんとなく記憶にあったんだけど、まさかその子たちが雅也と玲だったなんて、思わなかった」
「(やはり二人は当時から実在するのね)そうなんだ……その時の二人はどんな感じだったの?」
「そうね、確かに玲はお調子者で、雅也は玲にくっついてくる感じだったかな」
「ちなみに、当時はどっちが好きだったの?」
「え? そ、そうね、玲のほうだったかな。ほら、小さいころって、やっぱ顔がかっこいいとか、スポーツができるとかで目立つ子のほうがもてるじゃない? それに玲は昔からなんとなく光ってたから――」
「うんうん」
「ただ、確か雅也からプレゼントをもらったことがあったの。当時からくせ毛の印象だったから間違いないと思うけど、シロツメクサの花束で作った冠だったかな?」
「よく覚えているね。そんなこと」
「そりゃプレゼントもらうのってうれしいじゃない。あー、なんかそんな時代があったんだなーって、赤面ものよ」
「……結局……どっちが……好きだった……の?」
「そもそも、どっちかに絞るって発想がなかったな。どっちもあたしのものになるって信じて疑わなかった」
真奈美のその言葉に、霞と涼音は大きく目を見開いた。
「さすがまなみん! わたしたちが言えないことを臆面もなく言ってのけるッ!」
「……そこに……しびれる……あこがれる……」
(どーでもいいけどあんたたちの表現力、絶望的すぎるわよ……)