そのとき、サーバールームの音が急激に静かになった。
涼音がデータを取り出しにかかる。
「……結果が出た……9割の部分……推測通り……だった」
「おおっ、お前らやっぱすげー!」
「……残りの……1割……時刻測定機能……みたい」
「は? なんだそれ?」
意外な言葉に良助が首をかしげる中、涼音が振り向いた。
「……雅也くん」
「はい」
「……この……1割の……ライブラリ……端末に……落とせる……かな?」
「うん、いいよ」
そう言って雅也が端末で関数を当て込むと、
『2059/05/25 13:41:33』
という数値が出た。
「そういうことだったんだ」
「ほぼ一致するってことは」
「待て待て待て、オレだけ話についていけてないんだが?」
雅也に同調する真奈美に良助が割って入る。
「つまり、このソフトは予知能力を想定してプログラミングされてたってことさ。博士は日時を指定して予知することができた。それを踏まえ、具体的にアウトプットできるように作られていたんだ」
「じゃあやっぱり、通常の視覚記憶じゃなかったってこと?」
真奈美が聞いた。
「うん。そして、それに対してもう一度演算にかけたいと思う」
「二つの動画の間の『二年間の推移』を割り出すってことか?」
玲の目が鋭く光った。
「そう。この空白の二年間に何が起きるのか、それを知ることができれば」
「……演算時間……計算してみた」
「はえーな! 涼音」
「……動画1と動画2の……時をつなぐ……演算……22343時間かかる」
「単純計算で930日くらいか?」
玲が冷静に暗算した。
「意味ねー! 二年超えてるっつーの! すでにその時来てるっつーの!」
「涼音ちゃん、本当にそんなにかかるの?」
頭を抱える良助の横で雅也がいぶかしがる。
「……何か……ノバスコシアの……システムの……一部機能が……ロックされてる」
「地震の影響かしら? 特にそんな情報なかった気がするけど」
霞も首をひねった。雅也が頭をかきながらつぶやく。
「間に何か、マイルストーンか何かを置くことができれば、あるいは――」
「だが未来の手掛かりなんて、他にねーぞ?」
「待って! あたしたちが前に保存していた人間の遺伝子情報と、地質変動、衛星データは使えない? ロック該当箇所かもよ?」
真奈美の言葉に閃いたかのように玲が立ち上がった。
「よし、演算室借り切るぞ! 涼音、第1から54演算室、全部使ったらどうなる?」
「マジか! 使えるのか? っていうか演算室ってそんなにあったのか?」
「……並列処理に……組み替えて……240時間」
「え? 10日?」
唖然とする霞。
「小さいなりして効率化の鬼かよ――」
「もう一度演算室スケジュール確認してくる!」
良助の言葉をさえぎるように言うと、真奈美は走って出ていった。
◆◇◆
他に誰もいないカフェテリア。しかし機能はしていた。
みんなで飲み物を受け取っていつもの席に座る。
「いやー、くたくただぜ。頭使いながら動くって大変だよな?」
「あんたと雅也は大学病院行ってたもんね。そういえばかすみん、家は復旧して……ないわよね」
「全壊でしばらくは無理ね」
「じゃあ今日もうちだね。あたしも一人でいると心細いし」
「……今晩……料理……どうする?」
涼音の言葉にみんなが玲の方を見た。
「えっ? 俺? って今日か?」
「冗談よ。あなたがずっと考えてくれているから今のわたしたちが成り立っているんだもの。手間はかけさせられないわ」
「そ、そうか? ありがとう」
玲と霞の間にただならぬ雰囲気が生まれる。
「雅也、ちょっとお手洗いつき合って」
「ん? 僕?」
「……デック……私も……」
「は? あ、ああ……」
男子二人が女子二人に引っ張って行かれた。
「え?」
「(ちょ、ちょっと待ってよ!)……なんか、気を使わせちゃったみたいね」
「ああ」
(わたしの行動、やっぱり疑っているわよね)
気まずい空気が流れる。
しばらくして玲が口を開いた。
「まなみんの件だけど、雅也に任せてもいいと思う。あいつも俺も常識はないけど、まなみんには雅也が合ってると思う」
「(え?)そ、そうね……わたしも邪魔しないようにしないと」
「あ、そういう意味で言ったんじゃなくて、その……霞に……まなみんから離れるなって言われてたから……」
「あ、そうだった……ごめん」
「実は、結構きつかった。俺……まなみんに振られてたから」
「……え? (玲がまなみんのことを? 全然知らなかった)」
「まだ博士がいた時の話だ。完全に俺の自爆だったが」
「うそ! ごめんなさい。気づかなかった」
「いや、霞があやまることじゃない」
そう言いつつも玲はそれ以上言葉が出ない。
霞はさらに気まずくなった。
「(やばい、
「ん?」
「今さら言うのもおかしいけれど、みんなのことを評価して、みんなのことを考えて、みんなにやるべきことを任せられているじゃない。自分だけでやりたい、って思わないの?」
「そりゃ、思うさ。でも、俺一人じゃ、何もできないから」
「なに言ってるのよ」
「本当だよ。俺は雅也とは違うから」
「あなた本当に雅也くんのこと好きね。嫉妬しちゃうわ」
「え?」
「この六人、誰が欠けてもダメだけど、それでもあなたは特別。少なくともわたしは……」
「霞……さん?」
「わたしは、あなたに……頼られたい」
「は?」
(あ、あれ? それじゃダメ?)
気まずい空気が重苦しくなってきた。
「霞のおかげで俺はやれてる。そう思ってる」
目をあわせないまま、それとなく玲が言う。
「どういうこと?」
「以前、ここで言ってくれた。もし俺が理性を失ってしまったら、その時は止めてあげる。ぶんなぐってでも、って」
「ははは……(そんなこと覚えていたのか)」
「でも、なんていうか、あの言葉が今の俺の心の支えになってる」
「そんなこと言って――」
「あの一言で俺がどれだけ助けられていることか」
――ガタッ
霞が席を立った。
「ちょっとお手洗い、行ってくる」
「ん? あ、ああ」