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第3話 ゆるゆる施術

 和香子はモフ子さんの揺れるウサ耳を眺めながら、複数の施術室が並ぶ廊下を通って、目的の部屋へと辿り着いた。


「和香子さま、こちらの部屋にどうぞ」

「どうも」


 和香子は、ドアを抑えながら軽く頭を下げているモフ子さんに促されて、施術室へと足を踏み入れる。

 明るすぎず暗すぎない部屋には落ち着いた音楽が流れていて、シンプルで必要最低限の物しかないのに良い香りがしそうな、いかにもエステサロンといった雰囲気になっていた。


「こちらで横になってください」

「はい」


 ここで和香子のアバターは、パッと水着姿へと変わる。

 素っ裸でも、ローブ姿でもない、程よい仕様だ。


「まずはうつ伏せでお願いします」


 モフ子さんに促されて、紐の細いビキニタイプの水着を着たアバターが、施術用ベッドでうつ伏せに寝そべった。


(黄色のビキニなんて、実際には選ばないなぁ。ココも自分好みで選べるといいけど、選べないという状態もエステサロンっぽくていい)


 フカフカのタオルがかかった枕を抱くようにしてアバターが寝そべったら、ここからが癒し系VRオンラインゲーム『輝けモフ子さん』の本領発揮である。

 接続した外部のマッサージ器と、モフ子さんから受ける施術が連動するのだ。


「ではほぐしてまいりますねぇ~」


 優しい声と共に、プニプニの肉球が和香子のアバターに当てられる。

 同時にマッサージ器が動き出す。

 プニプニの肉球で体をほぐされているような気がするから不思議だ。


「へへへ。VRゲーム内でマッサージしてもらえるとか最高~」


 和香子はヨダレを垂らす勢いで、だらしなく呟く。

 もはやヨダレは垂れているかもしれない。

 あくまで見えているのは和香子のアバターであり、本体とは別駆動なため、ここまでくると本人もあまり自覚できないのだ。


(まぁヨダレ垂れてたところで、1人暮らしで誰も見てないし。後で拭いとけばオッケーだわよ。もうどうでもいいわ。明日会社行きたくねぇ~)


 和香子はどっぷりゲームの世界に浸っていた。

 もちろん、イメージ映像を流されただけでは、体のコリはほぐれない。

 だからマッサージ器を装着した部分以外をマッサージされても体のコリがほぐれることはないはずだ。


(理屈ではそうなんだけど。気分だけは、やってもらった感じがするのよねぇ~。わたしの脳、単純かっ)


 自分で自分に突っ込む和香子だったが、気持ちいいのでそんなのはどっちでも良い些末なことだ。


(あー、推奨タイプでないマッサージ器でもコレだもん。推奨タイプなら、どれだけ気持ちいいか。想像するだけでヨダレ出そう~。ボーナス出たら買っちゃおうかなぁ~)


 などと和香子は呑気に考える。


「どこか重点的にほぐしたい場所など、気になる場所はありますか?」

「首っ。首のあたりをお願いしますぅ~」


 柔らかく優しい声へ甘えるように、和香子はリクエストを伝えた。

 VRゲーム『輝けモフ子さん』のよい所は、実際にマッサージも受けられるところだ。

 周辺機器にお金をかければかけるほど、実際に癒される。

 そして、プレイヤーが癒されれば癒されるほど、モフ子さんが輝く。


(これがフルダイブ型のマシンなら、フェイスマッサージも、アロママッサージも、実際に受けられるらしいけど……。脱毛とかも出来るといわれたって、高級車が買えるともマンション買えるとも言われる金額なんだから……貧乏社畜のわたしには無理っ)


 お気に入りのモフ子さんを輝かせるために高額の機器を買い込み、自己破産に追い込まれるプレーヤーもいるらしい。

 そんな危険は、冒せない。

 堅実にいくほうが、和香子の好みには合っている。


(わたしレベルでは、外付け推奨タイプマッサージ器が精一杯よん)


「お背中終わりました。次は仰向けでお願いします」

「はい」


 仰向けになれば、自然とモフ子さんが視界に入る。

 本日もモフ子さんはモフモフで、キラキラで、可愛く美しい。


(あぁ、もっともっとキラッキラになっちゃって! わたしのモフ子さん。フルダイブ型のマシンは無理だけど。推奨タイプのマッサージ器は、ボーナスが出たら速攻で買うわぁ~)


 和香子はニマニマしながら、プニプニの肉球が自分の体をほぐしていくVRを楽しんでいた。


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