「施術のほう、終わりました。お疲れさまでした」
モフ子さんに言われて、和香子は上半身を起こした。
なんとなく体がスッキリしているような気がする。
「ありがとうございました」
和香子のアバターがベッドから下りると、黄色いビキニから白のバスローブ姿へと瞬時にチェンジした。
(はやっ。お着替えが目にもとまらぬ早業だ)
和香子が目をぱちくりさせていると、モフ子さんに椅子を勧められた。
ここからが怒涛のセールスタイムである。
課金勢や忙しい人たちは、この部分をジャンプしてしまう。
しかし無課金勢や押しキャラを早く成長させたい人たちにとっては、サービスタイムだ。
和香子はニコニコしながら椅子に腰かけた。
モフ子さんも正面の椅子に座り、2人の間に置かれた小さなテーブルの上にパンフレットを広げた。
「和香子さまが興味のありそうなサービスをご案内させていただきます」
「はい」
モフ子さんがサービスの説明をするのを、和香子は聞いている。
この時間が長ければ長いほど、ポイントをためることが出来るのだ。
ポイントは次回以降のプレイに使うことができる。
和香子は完全に無課金というわけではないが、貧乏社畜ゆえ少しでもお得になるサービスは利用する主義だ。
案内されたサービスを利用したり、商品を購入したりすると、モフ子さんのレベルが上がる。
「我が社もブライダルエステへ参入することになりましたので、必要なときにはどうぞご利用ください。ブライダルエステとは、披露宴や挙式に備え、花嫁さまが受けるエステのことです」
「そうですか。それって必要なんですか?」
「ええ」
モフ子さんは大きく頷いた。
長い耳がフワンフワンと揺れている。
「花嫁さまは、ウエディングドレスなど、普段は着ない衣装を身にまといます。洋装にせよ、和装にせよ、結婚式の衣装というものは、背中や首筋が出るものが多いですよね?」
「確かに、言われてみればそうね。ウエディングドレスとかは特に背中が見えちゃいます」
「そのような衣装を身に着けたときに美しく見えるよう、お手伝いするのがブライダルエステです」
「へー」
(勉強になるなぁ。もっともわたしには関係ないけどねー。彼氏いない歴、年齢だもん)
興味があるようにコクコクと頷いている自分のアバターがおかしくて、和香子は笑いを噛み殺した。
「ムダ毛のシェービングだけなら、直前でも問題はありませんが。結婚前に永久脱毛を済ませたいというような場合には、かなり前からケアを始める必要があります」
「あー。そうですね」
脱毛となると一気に処理することはできない。
肌に負担がかかるからだ。
毛周期に合わせて複数回の処理をすることが必要になる。
回数が多くなれば、予算も当然、かかるのだ。
(永久脱毛よりも、わたしはゲームに課金するよ。モフ子さんっ)
和香子はニコニコしながらモフ子さんの話を聞いていた。
「またデコルテやフェイシャルなどのお手入れをする場合にも、ある程度前から始めることが必要です。二の腕やウエストのラインを整えるといった施術についても、期間をかけて行います」
「そうなんですね」
「挙式が近くなってからでは遅いので、希望される施術によっては、今から始めても早くはないですよ」
「わたし、結婚する予定とかないし。モテないしぃ~」
和香子はケラケラと笑った。
モフ子さんはニコッと微笑んで言う。
「いえいえ。そんなはずはありません。和香子さまは、好意を寄せている方に気付いていないだけでは?」
「ふふふ。もうっ、モフ子さんってば上手なんだからぁ~」
(でも悪い気はしないなぁ。流石わたしのモフ子さん。セールススキルも高い!)
和香子がモフ子さんを心の中で褒め称えていると、モフ子さんが彼女を褒め始めた。
「いえいえ。和香子さまは美しいですし、可愛いです。なにしろこの私が、担当させていただいているのですからね」
「ふふ、ありがとう」
(成長したなぁ。わたしのモフ子さん)
和香子は心の中で滝のような感動の涙を流した。