和香子はモフ子さんと共に受付へと向かった。
名残惜しいが、そろそろゲームを終わりにしなければならない。
和香子は画面に表示された説明を目で追った。
(ふーん。ブライダルエステは提携のエステサロンでも受けられるし、フルダイブ型のマシンでも受けられるんだ。フルダイブ型のマシンは、高級ホテルのサービスとして用意されていることもあり、結婚式場で用意している場合もあるから、それを使えばいいんだ)
特記事項として、フルダイブ型のマシンでブライダルエステを受ける場合、推しモフ子さんに担当してもらうことが可能、となっていた。
(それは魅力的っ! モフ子さんによるブライダルエステ! わたし、結婚する予定は全くないけど、魅力的だわ!)
和香子が無駄にウキウキした気分を味わっていると、受付のあたりが騒がしかった。
「何でしょうか。ちょっと見てきますね」
モフ子さんが眉間にシワを寄せ、険しい表情を浮かべて受付に向かって駆けていった。
和香子は場違いにも、その表情もイイ、とか思っていたが、受付に近付くに従って彼女の眉間にもシワが寄った。
癒し系VRオンラインゲーム『輝けモフ子さん』は、とても健全なゲームである。
全年齢向け超健全ゲームであるゆえに、モフ子さんへの猥褻行為などハラスメント行為は絶対禁止なのだ。
どのくらい健全かというと、男性の場合には『彼』の成長を見守ることになるくらいの健全さである。
女性向けのエステティシャンは女性の『モフ子さん』であるが、男性向けのエステティシャンは男性の『モフ子さん』が用意されているのである。
にもかかわらず、受付に男性アバターが数人いて騒いでいた。
「オレたちにも女性の『モフ子さん』を使わせろよぉ~」
「そうだそうだ。男性にマッサージされても嬉しかないぜ」
「女性をあてがえ、女性を」
などと言っている。
(肉球ぷにぷにを感じながら癒されたほうがいいのに、なぜにエロへと持ち込もうとする輩がいるのか謎だ……)
男性が女性『モフ子さん』へハラスメント行為をするのはもちろん、女性が男性『モフ子さん』へハラスメント行為をするのも固く禁じられている。
同性相手にも猥褻行為やらハラスメント行為といったことをするのは禁止だ。
(そのほうが他のユーザーも安心して使えるし。キチンとルールを守れよバカがっ。そもそもなぜ男性が女性用の受付に紛れ込めた? 男性アバターによる女性アバターへの嫌がらせ行為が問題になって、受付そのものが別になったはずでは?)
和香子は周囲を見回した。
よくよく見れば、入ってきた時と受付のデザインが違う。
(コレって旧タイプのデザイン。アレ? システムがバグッた?)
旧タイプのシステムでは受付でのトラブルが多かった。
それゆえお金持ちは専用の受付を利用できる、高いフルダイブ型のマシンを利用することが多かったのだ。
今でもフルダイブ型のマシンは専用の受付を利用できるので治安が良い。
だがシステムが変わって以降は、一般の受付でもトラブルは減った。
「どうなってるの?」
事態は把握できないが、モフ子さんたちが困っているのは見過ごせない。
クマやペンギンなどモフ子さんのなかには力持ちのモフ子さんもいるが、受付にいるのはネコやハムスターのモフ子さんのようだ。
しかも初期設定だから気も弱い。
ご指名システムの悪用だ。
「お客さま、困ります」
和香子のモフ子さんが、厄介な客への対応をしている。
(わたしのモフ子さんなのにっ!)
「おっ、可愛いのきた」
「おねーちゃん、オレのマッサージしてくれよ」
「なーなー、ねーちゃん名前は?」
男性のアバターがモフ子さんに絡んでいる。
(わたしのっ! モフ子さんなのにっ!)
和香子はキレた。
そもそも今は生身ではなくアバターで、ここはゲームの中の世界なのだ。
粗野で乱暴そうな男性アバター相手だからといって、怯む必要はない。
「ちょっとっ! 何なのよアンタたちっ!」
男性アバターたちが和香子のアバターを振り返った。
「おっ、女性アバターじゃん」
「生身の女だ!」
「でも、モフ子さんの方が可愛くない?」
(微妙に失礼というか、全面的に失礼っ!)
「こっちは女性の受付! そもそも、ゲーム内は迷惑行為禁止! さっさと男性の受付に行きなさいよ、この変態どもっ!」
和香子が男性アバターたちに食って掛かると、相手はムッとして顔色を変えた。
「なんだとっ!」
「そんなのオレらの勝手だろっ!」
「関係ないならほっとけよっ」
男性アバターたちが和香子のアバターに向かってくる。
「あぁ、和香子さま。こちらは大丈夫ですから」
和香子のモフ子さんが焦って、和香子のアバターと男性アバターたちの間に割って入った。
「なんだよ、このモフ子さんの知り合いか?」
「そのおねーちゃんの暴言に、オレら傷ついちゃった」
「慰めてよぉ~」
矛先を変えた男性アバターたちが、和香子のモフ子さんに迫っていく。
「ちょっとっ、アンタたちっ!」
和香子がカッとして男性アバターたちに掴みかかろうとした、その時。
「何かトラブルですか?」
落ち着いた男性の声が響いた。
(えっ⁉)
和香子はその声に聞き覚えがあった。
驚いて振り返ると、そこには証明写真のようにハッキリと姿の分かるアバターがいた。