もう一度この世界についてに聞いてほしい。
一旦ね。
まあこれは少しだけ珍しい話だ。
この世界には異世界の一企業によってスキルという超常的な力を与えられ、全ての人類が何かしらのスキルを
ざっくり言えば、あらゆる速度やそれに関連する事象に干渉が出来る『超加速』やら。
そんな力を発動させないようにする『無効化』やら。
他にも『勇者』やら『狙撃』やら『重戦士』やら『双剣士』やら『魔力操作』やら、まあどんなもんかは字面から想像してくれ。多分大体当たっている。
さらに人間の色々な力を浅はかに数値化して
これは万有引力のような光速度不変の原理みたいな世界の
つまり過去形の話だ。
今はもうそんなものはない。
どうしてこんなものがあったのかと言えば。
一重に魔物の存在が理由とされる。
まあこれも異世界から干渉で造られたシステムで、動物とは違って異形でとにかく人を襲う害獣だ。
魔物は人を喰った。
日々魔物被害を抑えるのに躍起になっていった結果、異世界と比べてこの世界の発展は長らく停滞した。
仕方ないっちゃ仕方ない。
余裕が
そんなわけのわからん魔物なんておっかないものも、もういない。
でも魔法は今もある。
これは普通に、魔力って情報を与えると変化を起こすエネルギーが万物に宿っていて身体の中の魔力に詠唱したりしなかったりして明確なイメージを与えて現象へと昇華させるみたいな。
しかしこれも……まあ、少し変わった。
ちょっと前まで魔物を相手にする為に攻撃魔法とかが重要視されていたし、高威力なものが評価されていた。
でも魔物はいない。
それと魔物やスキルだのを世界の理のように動かす為に使われていた魔力が世界に戻って、人類の魔力との親和率もじわじわ上がっている。
なので少し魔法も色々と個人で出来ることが増えたり、考える必要のないものが出来たりして少し変わった。
それに合わせた技術革新も始まっていて、魔力自動四輪なども試作段階にあるとかないとか。
閑話休題。
この世界は少し前まで、異世界では流行りきって飽和状態のティーンエイジャー向け娯楽創作物のようにデザインされた世界だった。
まあ実際異世界の娯楽創作物の為に干渉を受けて改変されていたわけだから、そうなる。
そりゃ派手な魔法があって、何を根拠に定義した数値なのかわからんけどわかりやすく数値化されたステータスやら、超人的な力を使えるスキルや、明確な悪としての魔物がいたり。
悪いことは全部魔物のせいに出来た。
人の優劣をステータスやスキルで
でも、それらはもう過去の話だ。
だからこれからは、資源や物流や信仰や種族差別やらの問題に人が人として向き合わなくてはならない。
もう楽は出来ない。
そんな今の世界の話。
――
「おいおいメリッサ、まだ食うのか? あんまり言うのはあれだが……、太るぞお」
大盛りのカツ丼食べ終えてからミニうどんを注文する彼女に、かつて戦士であった青年はやや顔を引き
「いいのよダイル。私はまだ成長期なの! やっとまともに出歩けるようになったんだから、私は二年分美味しいものを食べる!」
華奢な身体付きでも大きく堂々と胸を張って、かつて勇者と呼ばれた彼女は答える。
「まあ確かに……。特におまえは取り調べやら裁判やらで、時間かかったからなぁ……でもそれ、太っても胸は大きくは――ぐは⁉」
「うるせえ馬鹿っ‼ ぶっ飛ばすぞ!」
青年の失言に、彼女は警告する前に超至近距離飛び後ろ回し蹴りを食らわせて店から吹っ飛ばして宣う。
「……ミスった。今日は無しだなぁ……畜生お」
店の外でポケットに入れていた告白する時に渡そうとしていたネックレスを握りしめ、青年は弱々しく呟いた。
だが数日後、彼女はこのネックレスを笑顔で受け取ることになる。
――
「……よしっ、出来た。やっぱ魔道具作り面白いわね……、やっぱ私それなりに天才なのかも」
かつて賢者と呼ばれた彼女は、何かの装置を作り終えて満足気に出来た装置を
「ちょっ、ちょっとポピーさん! 仕事はおやすみするって……、無理しちゃだめだよ!」
筋骨隆々な青年が大木の丸太を何本も担ぎながら、窓から身を乗り出して彼女に言う。
「大丈夫よブラキス。ちゃんとクライスのとこで診察も受けて、問題ないし。それにこれは仕事の魔道具制作じゃなくて趣味のものよ。そうそう見て見て! 『画面付携帯通信結晶』音声だけじゃなくて文章でのやり取りも出来るのよ。便利そうじゃない?」
彼女は向こう百年の通信を支える大発明を青年に見せながら嬉々として語る。
「ええ……? それ俺は馬鹿だからわからないけど……やっぱりポピーさんは天才なんだなぁ。でも、ほんと無理だけはしないでね」
青年は優しい笑顔で彼女へと返す。
ここから順調に時は進み、ちゃんと数ヶ月後に母子ともに健康な状態で第一子が誕生する。
――
「スノウちゃん、一緒に読もう」
「うん……、可愛い絵ね。私にも見せて」
かつて『箱』と呼ばれた少女が、かつて鬼神と呼ばれた淑女と二人、ベンチに座って穏やかに談笑しながら絵本を開く。
「かなりパンドラも元気になりましたね、クライス」
かつて透明にひび割れていた彼女は、二人の談笑を見ながら優しい笑顔で言う。
「ああ、健康状態も問題ないし言葉も計算も同年代の子たちと変わらない。でもまだ知らない大人には近づけないし悪夢にもうなされている……、具体的な記憶はないが心のどこかにまだ傷が残っているのだろう」
かつて神官だった医師も、二人の談笑を見ながら少し眉をひそめて彼女へ返す。
「でもスノウさんともだいぶ仲良くなって、スノウさん自身も少しずつだけど能動的にお話が出来るようになってきました。ゆっくりだけど快方に向かっている。流石クライス」
彼女は医師の方を見て笑顔で言う。
「いいやクリア……、これは君のおかげだよ。君の視る力が、彼女たちの心の機微をしっかり診てあげられたからこそのことだ。今の私には出来ないことだよ。ありがとう」
医師も柔らかい表情で、彼女に返す。
この数年後、ゆっくりではあるが快方に向かっている二人の患者を全快を、二人の医者は見届けることができた。
――
「んだこらヘボ軍人があ! ジャンポールなんちゃらとか偉そうな名前で偉そうなこと言っといてスキルがなきゃ俺には勝てねえってか? 帝国軍人ってのは腰抜けしかいねえのか? なーにが世界統一だ、ばぁーか! 滅びちまえこんな国!」
かつて……いや、今も変わらず喧嘩屋の男は両手に木剣を握って軍施設で言うべきでないようなことを大声で宣う。
「……ブライ、流石にそれは……、いくら特別武術指南役だとしても、捕虜の分際が何処で誰に言ってんのかを考えろよ。脳容量が足りてないのは仕方ないにしろ…………ぶっ殺すッ‼」
かつて……いや、こちらも変わらず軍人の彼は打ち込まれた脇腹を押さえながらゆっくりと立ち上がりつつ、男へと堂々と返す。
そのまま彼は魔法で不可視の速度で動き、木剣を振る。
男は有り得ない速度で振り抜かれる剣撃を、二本の木剣用いて凄まじい反応で捌いていく。
同時に流れの終着点へ刃筋を通したところ、互いの木剣がぶつかり合って木剣を砕きながら弾け飛び、同時に対辺の壁に激突する。
互いに武器を失ったことで、同時に魔法で武器を召喚するが今度は本物の
真剣を握った二人は目からゆらりと炎を漏らして真っ直ぐ向かって剣を振ろうとした、その時。
「熱くなり過ぎだ馬鹿野郎共ぉ――――――――ッ‼」
大声を上げて、かつて……いや今も変わらず超絶美人な彼女は二人に間に割り込んで殴り抜ける。
「模擬戦で真剣禁止でしょ! やるなら物理障壁魔法と回復役複数人の立ち会い必須! 単純に規律違反だし始末書じゃ済まないわよ!」
彼女は倒れる二人に、
「……すまないキャミィ……熱くなってしまった。この男、強すぎるし腹が立つんだ」
彼は身体を起こしながら素直に彼女へ謝罪する。
「まあ確かに、ブライは腹が立つほど強いけど多分本気で殺し合いをやらないと決着はつかないんだから訓練だと割り切らないと……まったく……、打撲治癒」
彼女はそう言いながら彼の打たれた箇所へ回復の魔法をかける。
その様子を男は、頬杖をつきながら見て。
「…………俺も女作るかぁ」
男はそう、呟いた。
この後、男はまた無茶な模擬戦で怪我をして入院し、その病院で一人の淑女に恋をする。
――
「グリオン・ガーラ少尉、入室いたします」
かつて不死鳥と呼ばれたかった魔族の男は、そう言ってドアを開ける。
「少尉、待っていたよ。楽にしたまえ」
かつて異世界の知識を用いて国を発展させた王だった魔族の上王は、ソファで煙草を
「単刀直入に言うと君には密命を頼みたい。どうにも帝国内でスキル……サポートシステムを再現させようと実験している
煙をくゆらせながら、上王は男へと淡々と命じる。
「……了解いたしました。追加人員に関しては軍外の人間からの選出は可能でしょうか?」
男は上王へ任務に対する許容範囲を確かめる。
「問題はないが……、信用に足る人物かデイドリームやビリーバーなどに関する歴史を知る者に限る。サポートシステムやエネミーシステムについての機密を広めたくはない」
淡々と上王は男へと返し。
「了解いたしました! グリオン・ガーラ少尉! 直ちに任務へ取り掛かります!」
力強く、男は答えて部屋を後にした。
「期待しているよ、少尉」
上王はにやりと笑みを浮かべつつ、煙草を灰皿にすり潰しながら一人呟いた。
この後、男はこの任務が思った以上の大激闘になりその功績により大尉に昇進することになる。
――
「パパぁー、みてみてー!」
かつて赤子だった子供はそう言いながら、父親に駆け寄って自身で描いた父親と母親と自身が並ぶ似顔絵を見せる。
「……おいおいおい、なんだよこれ……て、天才じゃないか。将来は画家になるのか……? お歌も上手で、絵も描けて、可愛いなんて……リコー! 無敵なのか……? うちの娘は……」
かつてただの冒険者だった父親は、感動のあまり震えながら子煩悩なことを子供の母親に洩らす。
「……馬鹿ねバリィ。ライラはまだまだいっぱい色んなことが出来るようなるのよ。ねーライラー」
かつてただの冒険者だった母親は、子供の父親に呆れながら返して子供を後ろから抱きしめる。
「うーん……そうか。そうだよな」
父親は優しい顔でそう言って、身を
「でも、もう少しゆっくりでもいいからね。色んなことをできるようになっていこう」
続けて父親は子供の頭を撫でながら、今しかないこの時を切り取って噛み締めるように、しみじみと言った。
父親と母親はこの日子供が描いた絵を、子供が色々なことが出来る大人になった日に見直して、今日という日を思い出す。
――
「ごめん! もうすぐ出なきゃ、朝イチ会議が入ってた! 今日朝ご飯私の番なのにホントごめん! シロウの離乳食は作り置きがあるから温めて! あ! ごめぇん……、昨日洗濯も出来てない……」
かつて特別になりたかった妻は、寝坊してバタバタと身支度をしながら赤子を抱く夫に捲し立てるように言う。
「落ち着いてくれセツナ。今日は全部僕がやるから全然あわてなくて良い、何なら転移で送ろうか? デイドリーム本社で良いんだろう?」
かつて超ブラックギルドのワンオペ職員だった夫……、つまり
「うーんごめーん……」
そう言いながら妻は落ち込むので、僕は妻の乱れた髪を撫でて整えて。
「転移で送るなら朝ご飯食べる余裕あるだろ? 支度してて、さくっと作っちゃうからさ」
僕はそう言ってからおんぶ紐でシロウを背負って、台所に立ち朝ご飯を作る。
手際よくフライパンを熱して卵を割り入れてウインナーを焼いて凍らしていたスープとご飯を離乳食と一緒に温める。
あれから二年。
かなり僕は遅くなったというか、みんなと同じ時間が流れる世界で生きられるようになった。
それでもまあ、急ぐことや速くすることは止められない。
「うっし、出来た。ほーらシロウ、こっちに」
「うーっ」
僕は持ち上げた浮遊感を口を
三人で食卓を囲む。
僕はさっさと食べ終えて、ゆっくりシロウの口へと離乳食を運ぶ。
「ごちそうさまでした! ホント助かる~……、この埋め合わせはまた――」
「僕がやりたくてやってるんだ。助かっているのはこっちだよ」
ちょうどシロウも食事を終えたところで、妻も手を合わせてそう言ってきたので、言わせないように僕の感謝を伝える。
「よし、じゃあ行こうか」
「うん」
「うーっ!」
僕はそう言って、シロウを抱っこしながらセツナの手を握って。
転移魔法で跳んだ。
世界は変わった。
僕はクロス先生が、もうこの世界に居ないことを認めることが出来た。
髪を元の色に戻した。
燃えすぎて真っ黒に焦げ付いた瞳も少しづつ元の色に戻ってきた。
世界が変わって生きる理由を失った。
でも、すぐに理由は出来た。
いや出来ていた。
世界が変わっても人は生きていけるし、幸せみたいなものにもなれるかもしれない。
東の果て、どっかの田舎で。
超ブラックギルドのワンオペ職員が、ついに辞めて。
超常的なスキルや魔物との苛烈な戦いを
傍から見たら、面白おかしく興味深い大衆娯楽のようなこの世界で。
様々な影響の連鎖と伝播で色んなことが起こった。
世界は少し、つまらなくなった。
まあ全然、悪くはないんだけどさ。
おしまい。