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38. リハーサル

夏休みが終わり学校が始まった。

衝撃だったのは大木さんが髪型をポニーテールに変えていたことだ。

もちろんよく似合ってるしかわいい。

一緒にお祭り行ってキスしたのは夢だったんじゃないかと思ってしまう。


佐々木さんもいつにもましてきれいに見える。

あんな美人と初体験が出来たなんて奇跡だろう。


そんな二人にもし告白すれば付き合えるのだろうか?

してもらえるのだからある程度可能性はあると思う。

ただ佐々木さんは同情でさせてくれたと明言しているし、

大木さんも最初の方の会話を思い出すと同じだと思う。

もし告白して「そういうつもりじゃなかったのに」

と言われたら……。


「哲也くん、どうしたの?」

「あ、いや、何も」


俺が悩んでいる様子を見て真紀が声をかけてくれる。

こういうちょっとした仕草が嬉しい。

(真紀とも仲良くできるようになったんだよな)

やり直し前は真紀と会話することすらほとんどなかった。

それが今はこんなに簡単に会話出来る。


これ以上の関係を望んで全てが壊れるのは怖い。

それでもなお勇気を出すとするなら相手は山本さんしかいない。


・・・


今日は初めての合同練習だけど実質リハーサルと言っていいかもしれない。

というのも、もう予約が殺到していてろくに借りられない。

照明設備単体でも取り合いだけど、

うちの班は夏休み前に準備や練習を終えているので問題ない。


「じゃあ打ち合わせ通りあたしは照明機器のある部屋に行くわ」

「俺はスポットライト側に行くよ」


二手に分かれたほうがなにかあった時に対応しやすい。

それに山本さんと佐々木さんを一緒にすると喧嘩するだろうから、

俺がスポットライト側に行くのも当然だ。


「けっこう大掛かりね」

「人が足りなかったというのもわかる」


大道具ものすごく大きいな。

細工も凝っていてかなり時間がかかっていそうだ。

人手がほしいというのも案外嘘じゃなかったのか。


「結構緊張するわね」

「え、そうなの?」

「あ、その顔は緊張しないと思ってたな」

「いや、いつも余裕そうに対応してるし」

「水面下ではいつも必死なのよ」

「そういうものなんだ」


本来なら人に見せない部分を見せてくれているのは、

信頼の証と考えてよいのだろうか?


「始まるわよ」

「あ、はい」


合同練習が始まった。

最初はスポットライトで舞台中央を照らしつつ、

演者の登場に合わせて照明が切り替わる。

さすがにみんな練習してきてるらしく、

セリフに淀みがないし動きに迷いもない。


「すごいな……」

「きちんと練習してきてるね」


佐々木さんはまっすぐ舞台を見ていた。


「あれ? 台本は?」

「この暗さじゃ見えないでしょ?」


そうか、今はスポットライトが点いてるから明るいんだ。

消えたら何も見えない。


「じゃあどうやってタイミングを?」

「台本を覚えるしかないよね」


さらっと言ってるけどそれはすごく大変なことだ。

俺も一度台本を覚えたから分かる。

それに俺の時はミスしても構わない状況だったけど、

佐々木さんはミスできない状況だから緊張感が違う。

(こんなに佐々木さんに負担をかけていたのか……)

そこまで考えが及ばなかった。


「大道具の移動に手間取っているわね」

「え?」

「ほら、演者が退場するのにまだ動かしてる」

「ほんとだ」


本来なら退場前に大道具が移動し終わっていないといけない。

それなのにまだ結構な人数で動かしているので、

退場のじゃまになっている。


「まずいわね」

「え、何が?」

「テンポが狂うと予想外の問題が起きるから」


ガキンッ!!


「あっ!?」

「あちゃあー」


頭に手を当てる古典的な仕草をしている佐々木さん。

(あれは照明が干渉した音?)

以前操作練習してる時に覚えがある。

タイミングを調整して干渉しないようにしたはずだけど、

おそらく進行の遅れが影響したんだろう。


原因は分かっているのですぐに解除された。

ただその間は舞台が止まっているので本番だと大事だっただろう。

リハーサルが終わってすぐ山本さん達の所に向かう。


「もー、大木さんのせいだよ」

「ごめんなさい」

「友里恵、無理言わないの」

「だって見れば分かるよね、まだ動いていないって」

「……気づかなかったの」

「よそ見してたんじゃないの?」

「ストーーップ、何があったの?」


斎藤さんと大木さんが喧嘩?

というか斎藤さんが一方的に怒っていると言うべきか。

あまり絡まない二人なのに珍しい。


「あ、高木君、聞いてよ、大木さんが装置干渉させたんだよ」

「うん、外からでも見えたよ」

「ごめんなさい」


大木さんはかなり落ち込んでいるように見える。

(無理もないか、ミスして周りに迷惑かけたら落ち込むよな)

大木さんと目が合うとすぐ視線を逸らされた。

それ自体はいいのだけどその視線の先が……佐々木さんを見てる?

何かあったかな?


「謝ればいいって問題じゃないよ」


本人も失敗したことは分かっているんだから、

これ以上言っても意味がない。

そう口を開きかけた時のことだった。


「あたしも止められなかったしごめんなさい」

「そんな、希望ちゃんは関係ないよ」


山本さんがフォローに入ってくれた。

斎藤さんも山本さんには強く出れないらしい。


「そうよね、山本さんが止めればよかったじゃない」

「台本見てて気づいたらぶつかってたのよ」

「台本なんて見てるからよ」

「なによ、見ないと進行分からないじゃない」

「覚えていないの?」

「要所要所は覚えていても全部は無理でしょ」

「相変わらず努力が足りないわね」

「人のことばっか言ってあんただって覚えてないでしょ!!」

「覚えてるわよ」

「は?」

「それぐらい当然よね」

「嘘ばっか」

「いや、本当だよ、台本持ってすらなかった」

「え?」

「つまり山本さんの努力不足ね」

「っ、覚えてくればいいんでしょ!!」


いつもの売り言葉に買い言葉。

すぐ喧嘩になる二人だけど今はありがたい。

大木さんがただ責められるだけなのは見たくないから。


「今回のミスはともかく、非常時の連絡方法は必要だと思ったよ」

「何か非常時用のサインがあるといいかな」

「そうだね」

「字を書いたスケッチブックみたいなのを用意する?」

「目が悪い人は見えないよね」

「あんたは頭が悪いだけで目は悪くないからいいでしょ」

「私の所は明かりがないんだけど頭のいい山本さんなら見えるんだよね?」

「はいはい、喧嘩しない」

「哲也くん、なんか対応が雑になってない?」

「もう慣れたよ」


じゃれあうってほど軽いことではないけど、

本気で殴りあうってほど重いことでもない。

落ち着いて対応すればいい。


「明かりで連絡したらどう?」


黙っていた大木さんが口を開いた。

以前もそうだったけど大木さんの発想は面白い。


「明かり……ねぇ」

「点滅でモールス信号送る? でもモールス信号なんて誰も知らないわよね」

「別に知らなくてもいいでしょ」

「知らなくてどうするの?」

「決まった条件と内容を決めればいいでしょ、点滅は非常事態とか」

「……たしかにそうね」

「柔軟さが足りてないんじゃない?」

「山本さんの頭の柔軟さはきっと胸から吸い取ったのね」

「あんたはそのスカスカの頭に胸の脂肪でも詰め込んだらどう?」

「はいはいはーい、そこまでにして条件決めよう」


・・・


「これでOKだね」

「後は明かりの調達よね、あたしがやるわ」


ふう、これでなんとか対処できるか。

一時はどうなることかと思ったけど、

今はむしろリハーサルで問題が分かってよかったかもしれない。


「じゃあ今日は解散で」

「おつかれさま」

「おつかれ」

「……さようなら」


みんな挨拶するなか、斎藤さんだけ無言で帰っていった。

そういえばあれからずっと黙っていたな。


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