翌日の朝のことだった。エイラムたちは街の違和感を感じつつ、調査を続けていた。ソリアの街の住民たちは相変わらず、何も無かった、帝国軍が勝手にどっかにいってしまった、と口を揃えてそう証言する。
街の真ん中あたりにある教会には駐屯するマーガレットが率いるフェレン聖騎士たちにも同じ質問をすると返ってくる答えは答えは同じ。
進展がないまま、エイラムとアリシアは街を歩き回っていた。足が痛くなってきたとき、どこかで休憩を取ろうと考えたエイラムは街の通路脇に置かれている木製のベンチを見つけるとそのまま腰を下ろした。続いて、その隣にアリシアが座る。
彼女の手にはいつも間に買ったのか。包み紙に包まれたアップルパイを両手で持っていた。出来立てなのか、白い湯気があがっている。包まれた紙をめくり大きな口で頬張った。サクッという音とともにリンゴとハチミツの甘い香りがエイラムの鼻孔をくすぐる。
「ん~美味しい~」
アップルパイの酸味とハチミツの甘さが絶妙なバランスを保ち、香ばしいサクサクのパイ生地が触感を与える。彼女は幸せそうな顔をする。それにエイラムは目頭を摘まんで、能天気なアリシアに苦情を入れた。
「お前なぁ……こんなときによくそんなもの食えるよな? 一応、任務中だぞ」
「だって、屋台があったんですもん。そんなの食べないほうが失礼です!」
「そういう問題かよ……」
「そもそも私たち、どれだけ連続で勤務させられてると思っているんですか??」
問い詰めるように顔を近づけてくる。エイラムは視線をそらした。
「四十連勤ですよ??? 四十連勤ッ!!!」
東部地域にて、悪霊が現れたということで、討伐に出ていた。しかし、なかなか見つからず結局、空振りに終わることばかりだった。やっと見つかったと思ったら、今度は別の任務が入ったため、現地のフェレン聖騎士の部隊に任せて、馬を走らせて、北部へ。その移動中の睡眠時間はわずか3時間程度。遠征を終えて、報告を直接、帝都で行ったところ、今度は西部地域のソリアの街で魔王が現れたかもしれないと言われ、一日の休みをもらってから、ここに来たわけだ。エイラムが優秀なフェレン聖騎士だからこそ、厄介な任務が任される。
「一日、休めたんだからいいじゃないか」
「良くないです! 今日こそは絶対に寝ます!」
彼女は力説して言う。
「お前、昨日爆睡してただろうが」
昨日、オドが経営している宿屋の部屋でアリシアは腹を出して大いびきをかいていた。そのせいで、寝不足になったエイラムは恨むように睨む。
「うるさいですね!! とにかく今はフリータイムなんです」
任務中とは言えば、何かと戦う分けでもないし、調査をするだけなら食事くらいなら別に問題はない。ただ、食事の種類がエイラムは気に食わなかった。
腹を満たすくらいならパンとミルクで十分だ。それをアップルパイというデザートを食べているのだ。
食べるな、とまでは言わないでおいた。自分も40連勤させてしまったことに非があるからだ。
アリシアがアップルパイを食べ終えると包み紙を丸めて近くのゴミ箱に向かって投げ捨てる。放物線を描いて見事にごみ箱の中に吸い込まれるように入った。アリシアはそれを満足げに見つめ、どうですか、今の見ました?という目でエイラムを見る。
「はいはい、よかったなー」
適当にあしらうと、彼女は頬を膨らませて不満顔になる。
「ちょっと! もう少し褒めてくれてもいじゃないですか!!」
「はぁ……」
ため息をつく。少し間が空いたところで、アリシアもまだ口の中に残っているアップルパイをモグモグさせながら疑問を呈した。
「それにしてもこの街っておかしいですね」
エイラムは呆れながらも言った。
「……帝国兵は消えているし、住民の数も合わない。それに住民の中には妙な気配を感じる」
そういいながら視線を二人のカップルに目をやる。エイラムの視線を追うようにアリシアがカップルを見る。
二人の若いカップルは手を繋いで、仲良さげに会話をしている。お互いに笑いあってとても楽しそうだった。
「妬んでいるんですか?」
「ちがうわい!」
アリシアの言葉にエイラムはツッコミを入れる。
「よくみろ。あの二人、何か感じないか?」
「えっ?……言われてみれば確かに何か変なオーラが漂っているような気がしますね……」
エイラムの言葉にアリシアも気付いたようだ。二人はじっとそのカップルを観察する。
すると突然、杖をついた老人が二人の前に立ち止まる。見た目は白髪の老人だったが、足取りはしっかりしていた。瞳の色も死んでいない。生気がある。
「そこのお嬢さん」
「はい?」
声をかけられたのでアリシアは返事をした。
「隣に座ってもよいかの?」
「あっはいどうぞ」
アリシアは少しエイラムの方に寄って座り直し老人はゆっくりとした動作でベンチへ腰掛けた。彼は自分の名前を名乗る。
「ワシの名前はロウコウ」
「わたしはアリシアと言います」
「俺はエイラムだ」
エイラムは自分の名前を告げた後、質問をする。
「あんた何者だ?」
それにはは、と笑ったあと言う。
「ただの老人じゃよ。それよりお主らこそ、この街の人間ではないだろう。どうしてここにいるんじゃ?」
ロウコウと名乗った老人は鋭い眼光を向けてくる。それはまるで自分たちの正体を見抜いているようでもあった。
「俺らは当てのない旅人さ。たまたまここに立ち寄っただけだ」
「ほう……それにしては、この街で起きたことを聞きまわっているように見えたが?」
それにエイラムは目を細めた。腰に差す長剣の柄に手を忍ばせる。それに気が付いたロウコウも表情を変える。殺気がした。
「おぬしら、フェレン聖騎士じゃろう?」
その問いにエイラムは右手でアリシアの肩を掴み自分の方へと引き寄せ、そのまま後ろへと跳躍する。そして素早く抜刀した。
「ほぉ、なかなか良い動きをするのう」
「お前、何者だ?」
エイラムはロウコウに向かって言い放つ。ロウコウは不敵な笑みを浮かべながらゆっくりと立ち上がった。
「さつきも言っただろう。ただの年老いた老人じゃよ」
「ただの年老いた老人にしてはバチバチに殺意を飛ばしてくれるじゃないか」
「ほっほっほ、バレてしまったかの」
「ずっと付け回してたのはお前だろ爺さん」
「やはり気づいておったか。流石はフェレン聖騎士というところか」
ロウコウはそう言って笑う。その笑顔には余裕があった。エイラムはその態度に苛立ちを覚える。ずっこけているアリシアを一瞥したあと視線をロウコウへ戻した。
「アリシア、このジイさんは魔族だ。それも相当強い」
エイラムの言葉にアリシアは驚きつつも武器を構え、エイラムに並ぶ。それにロウコウは持っていた杖を地面にコンと叩いた瞬間、杖が変形していき、一本の細身の剣になる。
それを手に持ち構えると静かに構えた。熟練の、いや、鍛え上げられた戦士のような静かな構えだ。どこにも隙がなく、それでいて力強さを感じる。エイラムも同じように剣を構えた。しかしロウコウと違いこちらは構えからわかるほど力が入っていない。リラックスしているようだ。
「ほう……これは驚いたわい。お主は剣士なのか?」
「さぁな。まぁ、どうでもいいことだろう? それよりも、どうして俺らを付けていたのか答えてもらおうか!」
エイラムはロウコウに向かって叫ぶように言うとロウコウはニヤッとした表情を浮かべる。そして手に持っている剣をクルっと回転させたあと構え直す。
「ほっほっほ! そんなもの決まっておろうて! 我らが至高なるお方の邪魔をする人間どもを排除しに来たんじゃよ!」
「至高なるお方……なるほど。それで俺たちを始末しに来たってわけか」
「その通りじゃ」
「なら捜す手間が省けたぜ……。ジイさん、その至高なるお方とやらが誰なのかを言え。そうしたら楽に死なせてやる」
「ほっほっほ、それは出来ん相談じゃのう」
ロウコウはそう言いながらゆっくりとエイラムたちに近づく。
「わしらが仕えるのは唯一無二、あの御方だけじゃ」
「それだけ忠誠を誓うってことは、誰なのか大体の想像がつく」
「……ふむ、そういうことにしておくかの。だが、あまり詮はしない方が身のためじゃぞ? 下手なことを口にすれば……」
ロウコウはそこまで口にすると一気に間合いを詰めてくる。そして素早い動きで剣を振るった。エイラムは剣で防ぐ。火花が散り、金属音が鳴り響く。
(――――くそ、はえぇ)
エイラムはロウコウの剣刃を目視できなかった。それよりも早く、それでいて重い一撃だった。まるで空気の壁を突き破ってくるような感覚に襲われる。一瞬でも反応が遅れれば確実に首が落ちていただろう。
振り上げの一撃のあと、ロウコウはすぐに切り返し、上から振り下ろす。エイラムはそれをなんとか受け止めるが勢いまでは殺しきれず後ろへ吹き飛ぶ。アリシアがそれを見てすぐにフォローに入り、横薙ぎの一閃を放った。
しかしロウコウは後ろへとバク転しながら回避し、着地と同時に再び距離を縮めようと走る。アリシアは左手を突き出す。
「ぬ?」