ゴルムは丘の上に馬を進めた。トゥーダム神殿を一望できる丘だった。そこに魔物たちの野営地を見て驚く。彼らにそれほどまでの知識があるとは思っていなかったからだ。ただの獣の群れくらいとしか考えていなかった。両脇からクロード男爵、それにファブリス男爵が居並び、同じように驚いたような様子だったが、クロードが言う。
「どうやら、ただの魔物だと侮ってしまったようですな」
「うむ……。敵に軍律があるらしいな。馬防柵まで用意しているとは」
まったくの予想外だった。
簡易的ではあるが、騎兵の突撃を防ぐための木柵が用意されていた。しかし、完全なものではないようで、急いで設置したようにも見える。それでも、騎兵による正面攻撃を防ぐには十分な効果を発揮している。
ゴルムたちも魔物と戦うことは始めてではない。領内に出没したゴブリンの集団やオーク、それにオーガなどの魔物を多く討伐している。しかし、それら魔物に対して、戦略も戦術も必要なく、ただ殲滅するだけだったのだ。
それに対して、今、眼下にいる魔物たちは明らかに違った。軍隊として機能させ、組織的に動いているように見える。そして、骸骨兵でも騎士の身なりをしているものが多かった。
「ゴルム卿、いかがいたしますか?」
クロードが尋ねる。それにゴルムは即答で答えた。
「ふっ。例え相手に知性があったとしても、我が軍は6000。それに比べて相手は300も満たない。戦いになるわけがないではないか」
そう言って、彼は笑った。それは彼の自信の表れでもあった。それにファブリスもクロードも同意するように笑いを上げる。確かに数だけ見れば圧倒的に有利なのはゴルムたちの方で、地形でも有利だ。
こちらの動きは事前に察知したのか、それとも斥候を放っていたのか分からないが、迎撃の準備を整え終えていた。
トゥーダム神殿のある丘陵地帯はそれほど広くなく、どこまでも平原が続いているため、大部隊を展開が容易にできる。それに対して、魔物の野営地では騎兵の姿がどこにもないことに警戒すべきであるが、起伏もない地形なので、伏兵を置いているとは考えにくい。さらには魔物たちの軍勢はトゥーダム神殿を背にている。これは背後からの攻撃を避けようとしたのだろうが、逆を言えば、退路を自ら断っている。いくら知的な行動をしても、圧倒的な兵力差の前に敗北するのは明らかだった。
しかし、アストラインはそこに引っかかっていた。なぜ、自ら退路を断つような布陣をしたのか。そして、自分たちのことを察知しているのにもかかわらず、逃げることもなく、どっしりと身構えていることにも気になる。恐れや混乱、そういったものが、まったく感じられないのだ。そんなことを考えている間に、ゴルムが騎兵部隊へ前進の号令を発した。
丘の上から2000の騎兵が下り、隊列を組んだ。その後ろに剣兵、槍兵、弓兵と続いた。ゴルムはアストラインへと視線を向けてきた。
「アストライン様は動かないので?」
その質問にに対して、アストラインはわざとらしいほどに笑みを浮かべ、嘘をついた。
「ははは。今回はゴルム卿に手柄を譲ろうと思いましてね」
「ほぉ? よろしいので?」
「えぇ。ご采配をお任せしますよ」
すると、ゴルムは嬉々として声を上げた。この場において、ゴルムは名声を上げるには絶好の機会だった。それにゴルムだけではなく、ファブリスとクロードも手柄を立てる機会である。ゴルムは意気揚々と全軍に命令を下す。
まずは相手の出方を伺うために騎兵のみで攻め込むことにした。
ゴルムが剣を勢いよく引き抜き、振り下ろして指示を出す。
それを合図に、2000の騎兵が一斉に動き出した。騎兵たちが馬の腹を蹴り、喚声と共に土煙を上げながら駆けていく。
その姿をアストラインは見つめていた。隣にいるリアに視線を前に向けたまま、誰にも聞かれないように小声で言う。
「分析魔法を張り巡らせておいてくれ。あの黒髪の少年少女が気になる。何者なのか知りたい」
彼女は小さく首肯して持っている白い杖を握り、魔法の詠唱を始めた。
『―――ディテクション・ブースト―――』
まずは探知範囲を広げるため、強化魔法を使った。それから魔法探知を行う。
『―――ディテクション・マジック―――』
これは何者かが魔法を使おうとした瞬間、それを察知する魔法だ。
「該当なし」
今のところ、何も反応はなかった。リアは続いて、詠唱する。
『―――ディテクション・アンデッド―――』
「該当あり。これは骸骨騎士たちね。そのうちの一人は上位種みたい」
「あの漆黒の騎士か。よし続けろ」
『――――ディテクション・ライフ―――』
彼女の視界の中に青白い光点が浮かぶ。それが意味することは、魔物たちの中に人間がいるということだ。それにアストラインは眉がピクリと動いた。
「人間だと?」
魔物の群れの中に人間がいることが信じられなかった。
「数は?」
「……今のところ、1人かも?」
それを聞いて、アストラインは首を傾げた。その人間は一体何者なのか、そして、何を企んでいるのか疑問するも、情報収集を続ける。
「その人間の能力が知りたい。やれるか?」
「任せて」
そう言って、リアは魔法を唱える。
『―――ディテクション・ヒューマン―――』
人間に対して使う探知魔法。これで相手がどんな人物か分かる。杖の先端部分にある水晶石が淡い光を放ち、赤い光が点滅し始めた。それはまるで脈動しているようにも見える。
その変化を見て、リアは驚いたような顔をする。
「なに……この反応……?」
その瞬間だった、突然、杖が熱を帯びたかのように熱くなり、粉々に砕け散る。その衝撃で、リアはしりもちをついた。アストラインは慌てて、彼女に近づき、怪我がないかどうか確認する。彼女は大丈夫と言って立ち上がると、足元に落ちている折れた白い杖の破片を見つめた。アストラインは破片を拾い上げると尋ねる。
「何があった?」
「何者かに強力なカウンター魔法を喰らったみたい……」
「魔法が使える奴もいるということか」
「……これをみて」
そう言って、彼女が差し出してきたのは真っ赤な血のような色をした水晶石で、アストラインはそれを受け取り、じっと見つめると、すぐに理解できたのか、納得するように言う。
この色は解析不能の色。つまりは未知なる存在ということを示していた。アストラインは苦笑いを漏らす。