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#32.一日一度は魔法修行



     1



 青い異世界の花は、おばばたちが呼んだ公園を管理する職員の人たちによって取り除かれた。

 未知の外来種(そりゃそうだ)だから、公園の生態系に悪影響があるかもしれないとの考えだった。

 ミナの世界の花だから、彼女のため持ち帰ろうかと思ったのに。残念だ。


「せっかくなので、ハジメと散策して行こうと思う」


 ミナがそういうと、おばばたちが「ぐふふふ」とふくみ笑いしてオレたちを見た。


 デートだと期待しているのだろう。

 残念ながらデートではない。〈ゲート〉の調査だ。


「手伝ってくれてありがとね」

「また来てね」


 おばばたちの期待の眼差しに見送られ、オレとミナは手をつないで一度広場から離れた。


 ホントにデートだったら良いのだけど……。


 ミナの手をにぎりながら、そんなことを考えてしまう。


 これはフリ。恋人のフリ。デートのフリだ。

 そもそもミナとオレとでは住む世界が違う。異世界だからというわけじゃない。

 ミナは皇女、帝国皇帝の娘だ。対してオレは一般市民。主役とエキストラ。ヒーローとモブほども違うのだ。だから円城寺一よ、


 ──勘違いするな。


 売店でレジャーシートとドリンクを買い、また広場に戻る。なるべく他の人たちから離れた場所にシートを敷いて、スマホでジョージに連絡する。


「異世界の花が公園にか! 環境面での侵略は盲点だったな!」


 ジョージが興奮していう。

 この時間だと店のカウンターで店番しているのだろう。


「侵略ってことはないだろ。それより、公園かその周辺で異変みたいなものはないか?」

「ちょっと待ってくれ」


 ノートパソを操作するらしい音が微かに聞こえる。店番しながら噂話を検索してくれていたようだ。


「公園周辺に、謎の光とかUFOの情報はないな」

「虫や花はどうだ?」

「そうだな…こんなのがあったぞ」


 スマホにリンクが送られて来た。

 開いてみると、Q&Aサイトで「公園でこんな虫見つけたけど、知ってるひといる?」という投稿だった。一緒の画像には地味なコガネムシみたいな虫があった。


「この公園か?」

「場所の記載は無いけど、多分、そうだ」


 パソで元記事を見ているジョージが答える。


「ミナは? ミナの世界の虫かな?」


 画像の写真を拡大してミナに見せた。


「なんとも言えぬな。私の世界に似たような虫はいるが……」


 とりたてて特徴的な虫じゃないからな。ミナもわからないようだ。


「これからは生き物についても気を配ろう」

「頼む、ジョージ」


 そう言ってジョージとの通話を終えると、ミナが何か考えていた。

 視線を追うと、広場の北、たくさんの木々が植えられている辺りを見ていた。

 広場の北側にある『桜の園』だ。

 五月後半の今、花はとっくに散って葉っぱだけになっている。


「思いついたことがある」


 ミナが振り向いて言った。


「探索のついでにハジメの修行をしよう」


 ええっ? 公園で魔法の修行を?



     2



 『桜の園』は、その名の通りソメイヨシノをはじめとする桜の木が千本以上植えられている。シーズンには桜の木の下で花見を楽しむ人で賑わうという。


 お花見の時期から一ヶ月は過ぎて葉桜となった今、花見する人はいないけど、レジャーシートを敷いてピクニックしている人たちはちらほらいる。


「ど、どんな修行をするのかな?」


 その『桜の園』で、オレの魔法修行をするというのだ。


「心配いたすな。組み手など目立つような修行ではない」


 オレの顔を見てミナが笑う。


 いや心配なのは。目立つことじゃなくて、またハードな修行じゃないかってことなんだけど。


「これから行うのは、他の存在の霊体を感じること。そして自分の霊体を同調させる訓練だ」


 そう言うとミナは、近くの桜のそばに行き、幹に触れた。


「こうして木に触れ、その魔力を感じてみろ」

「魔力? 霊体じゃなくて?」

「魔力とは世界にあまねく存在する力だ。魔力が凝集することで霊体となるのだが、この時、魂を核としたものが知性を持つ生き物となる。魂の核が小さければ知性の低い生き物になり、存在しなければ生命は宿らない」


 つまり、魂の核のあるなしが生物と物質の違いというわけか。

 こっちの世界では生物と物質の境界は曖昧だけど、ミナの世界──魔法文明では明確に分けられているんだな。


「霊体は生物、非生物どちらにも存在するが、生物の霊体は魔力が血液のように循環している。その魔力の流れを感じることで、霊体を認識することができるようになるのだ」

「脈をとることで血管の存在を認識する…みたいな感じかな?」

「良い例えだな。ではハジメもやってみるがいい」

「うん」


 取りあえず、ハードな修行でなくてほっとしたよ。


 ミナを真似て、桜の木に触れる。


「目を閉じて、木に意識を集中するんだ」

「木に意識を……」


 ちょっと冷たい、ごつごつした木の表面の感触……。


 第一の霊鎖を解いたから、手触り、手に伝わる温度、木のにおい、そういうものは鮮やかに感じられる。


 ……でも、それだけだった。霊体は感じられない。


「どうだ?」

「よく、わからないよ」


 カッコ悪いけど正直に答える。


「第一の霊鎖が解ければ、自然に感じると思ったのだが」

「……ゴメン」

「謝る必要はない。経験しないことには分からぬことは多い」


 ミナはそう言うと、樹皮に触れているオレの手に、彼女の手を重ねた。


「み、ミナ?」

「動くな。木に触れている手に集中しろ」


 耳のすぐそばで、ミナのちょっと舌足らずな声。

 息がかかるくらい近いぞ!?

 こ、ここんなの集中できるわけ──


「……あっ?」


 いきなり目の前が明るくなった。


 いや目は閉じたままだから、明るくなったというのとは違う。視覚ではない感覚で、オレは桜の木を、世界を感じているのだ。


「今、私の霊体をハジメのそれと重ねている。私が見て、感じているものがハジメに伝わっているだろう」

「これが、ミナが見ている、感じている世界なのか!」


 ミナに、そして触れている木の中にある力の流れが感じられる。これが生命のエネルギー、そして魔力なのか。


 はじめての感覚なのに、なぜか知っている気がした。

 多分これが第六の感覚シックスセンスというヤツなのだろう。

 元から持っている感覚だけど、あまりに感度が低くて感じられなかったんだ。


「なんか…感動だ」


 世界はこんなにもキレイで、力強かったんだ。

 その感動に、うっとりしてしまう。


「意識を木に向けてみろ」

「うん」


 ミナの言葉に従い、意識を桜の木に向けると、桜の木のなかに、木の形をなぞるように魔力が流れているのがわかった。


 もっと意識を集中する……と、桜の木に重なって、半透明な桜の木が〈見え〉た。

 桜の木のスタンド…じゃなくて霊体だ。


「霊体を同調するコツをつかんだようだな」


 すっとミナの手が離れ、世界は元に戻った。


「次はハジメだけでやってみろ」

「できるかな……」


 そう言いながら、オレは不思議とできるような気がしていた。



     3



「キターっ!」


 再び桜の木に触れると、さっきの感覚がやってきた。

 魔力とその流れが感じられる。霊体を見ることができる。

 シックスセンスが開眼したんだ。


「別の木でも試してみろ」


 ミナに言われ、となりの木の霊体をみてみた。


「おおっ? まるで違う!」


 肉眼で見た時、二つの桜の木に大きな違いはなかった。大きさは同じくらいだし、枝ぶりも葉の色も同じようなものだ。明日またここに来たら、どっちがどっちだったかなんて見分けがつかないだろう。

 ても、霊体を比べてみたら、全然違った。例えるなら──


「ギャルとボクっ娘くらい違う」

「……なんだそれは?」


 きょとんとするミナ。


 違いがわかった感動で、うっかり二次元キャラ的な比喩になってしまった。


「とにかく、大きな違いってことで!」


 ごまかして別の木の霊体をチェックする。


 次の木も、そのまた次の木も。

 肉眼では大した違いがわからなかったのに、霊体をみると個性、健康状態にかなりの違いがあった。


「ハジメからみて違和感のある木はないか?」

「違和感? ……ああ、探索ついでの修行ってそういうことか!」


 修行をはじめる前、ミナが言っていたことを思い出した。

 こうして木やなんかの霊体をチェックすることで、異世界からの植物とかが近くにないか、見つけようというのだ。


「我らは草木や虫を見ても違いが分からぬ。しかし霊体をみれば、この世界のものか否か判別できるだろう」

「わかるものなのかな?」

「ハジメはこちらの世界の人間だ。私より見つけやすいと思うぞ」


 前にグリムリ探しの時もそんなこと言われたっけ。


 よし、違和感を探すぞ!


 そうしてオレたちは『桜の園』にある桜の木の霊体をチェックして回った。

 しばらくして──


「ミナ、ちょっと」


 触れた桜のひとつに違和感を感じ、ミナを呼んだ。


「この木か? ふむ……」


 オレが違和感を感じた桜の木に、ミナが手を触れてチェックする。


「これは、内側から腐っているな」

「えっ、単なる体調不良の木?」


 ちょっとガッカリだ。


「そんな顔をするな。せっかくだ。この木で治癒魔法の練習をしてみよう」

「治癒魔法って、オレが?」


 魔法を使えるようになるには第二の霊鎖を解く必要があったはずだけど。


「治癒魔法の初歩ならできないことはない」


 そう言うと、ミナはオレに手の平を向けた。


「治癒魔法の基本は、対象に自分の魔力を注ぎ、治癒力を高めるというものだ。小さな傷、軽い病なら、第一の霊鎖を解いたハジメでも治せるだろう」

「なるほど。やってみるよ」


 オレは体調不良の桜の木に手を触れた。魔力の流れに意識を向け、霊体を視覚化する。


 ……なるほど。言われてみればこの木の霊体は弱っている。さっきはこれを違和感と勘違いしたわけだ。


 自分の中にある力──魔力を意識し、それを手の平から木に注入するようイメージする。

 治れ~、治れ~と、念じながら魔力を注入する。


 ……考えたら、内側から腐っているなんて、体調不良っていうより重傷じゃないか。オレ程度で治せるのかな?


 ……木に変化はない。


 魔力が注入されてる手応えはある。木の霊体もちょっと元気になったように見える。


 ……でも、変化はない。


 やはりオレ程度ではダメなのか。いや、それだけこの木が重傷だということかもしれない。

 と、弱気になった時──


 ──何かがつながった。


 そんな気がして、オレは思わず目を開いた。


 微かに、木が揺れている…そんな気がした。


 視力に意識を集中すると、ゴツゴツした桜の木の表面が泡立っているように見える。

 なんだろ? と、思って見ていると、


 うぞぞぞ…と、木から大量の虫がわいて出たきた!


「わひゃああ!」


 こんな虫が大量に湧き出るなんて!

 まさか異世界の虫が大量に巣くっていたのか?


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