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#33.一度ならず二度までも



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 うぞぞぞ…と、木の幹から大量の虫が湧いて出た!

 ぱらぱらと頭の上にも虫の群れが落ちてくる。


「なんだこれ? わぁっ! 背中に入ったぁ!」


 アブラムシだかトビムシだか毛虫だかにまみれてしまい、オレはパニックになった。


「落ち着け! ハジメ!」


 オレの背中をミナの手がぱぁん! とはたいた。

 すると、オレの内から衝撃波のようなものが発生し、虫たちを吹き飛ばした。


「わぁ! わぁああ!」


 たかっていた虫はいなくなった。それは認識していたが、虫の群れが身体をはいまわる感触が残っていて、オレはしばらく悲鳴を上げて、バタバタ暴れていた。


「大丈夫だ。虫は吹き飛ばしたぞ」

「う、うん。ありがとう」


 落ち着いたら、途端に恥ずかしくなった。

 情けない。恥ずかしい。いたたまれない。口を利くことも出来ないくらいだ。


「突然のことでパニックになったのだろう。恥と思うほどのことではないぞ」


 ミナはぽんぽんとオレの肩を叩いて、やさしく言った。


 そのやさしさがオレにはツラかった。罵倒されたほうがマシかもしれない。


 ……でも、いつまでも黙ってうつむいているわけにはいかない。


「今のは異世界の虫なの?」


 恥ずかしさをごまかすため、オレは顔を上げて尋ねた。


「おそらくこちらの世界の虫だろう。卵やサナギの形でいたものが、ハジメの魔力で孵化したのだろう」

「そんなことあるの?」

「治癒と成長は似て非なるものだが、強い魔力が注がれた場合、両方の効果が出てしまうのだ」

「つまり、力加減を間違えた…みたいな?」


 そういやあの時のオレは、魔力を注入することだけを考えていた。

 それが虫たちを孵化したり羽化させたりしてしまった、と。


「才能のある者、規格外に大きな魔力を持つ者にはよくあることだ」


 珍しくミナがおだてるようなことを言う。

 きっと落ち込んだオレをフォローしてくれているのだろうな。

 ああ、こんなこと考える自分がイヤだ。


「もう一つ、虫を吹き飛ばした技は何?」


 ネガティブ思考を切り換えるため、オレは別の話題に変えた。


「あれは私の霊体をハジメの霊体と反発させたのだ。応用すれば水の上を歩くことも、空を翔ることも可能になる」

「マジで!?」


 思わず声を上げたオレに、「マジだぞ」とミナは笑って答えた。


「水上歩行は第三の霊鎖を、空を翔るには第四の霊鎖を解く必要があるがな」

「そんなに先かぁ」


 第二の霊鎖でさえ解けるかわからないオレには、はるか先のことだ。


「では次は、霊体反発の修行をやるとしようか」

「え? それって……」

「そのように警戒するな」


 つい構えてしまうオレにミナが苦笑する。


「何、単純なものだ。互いの手の平を合わせるのだ」

「う、うん」


 差し出されたミナの左の手の平に、オレの右手を合わせた。


「魔力を手の平に集中し、霊体だけで押すんだ。──こんなふうに」

「おおっ?」


 軽く重ねた手の平と手の平。その間に、見えない力が発生し、オレの手を押し返してきた。

 これが霊体同士の反発か。


「こ、これは…!」

「腕力ではない。霊体で押し返すんだ」


 ミナは手加減している。でもぐいぐい押し込まれ、腕に力が入ってしまう。


「片手ではバランスが悪いな。両手でやるぞ」

「わ、わかった」


 オレとミナは向き合い、両の手の平を合わせた。そこに──


「アルプス一万尺?」


 という声がかけられた。振り向くと、


「エリカさん?」


 そこにいたのは、ランジェリーショップのデキるメガネの店員さん、エリカさんだった。



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「こんな所でお目に掛かるとは、奇遇ですね。お二人さん」


 銀縁のメガネをキラリン、と光らせてエリカさんが言う。


「どうしてエリカさんがここに?」

「今日はお店がお休みなもので」


 言われてみれば、今日のエリカさんはスーツではなくラフな服を来ていた。


「エリカさんは一人で?」


 カレシか友だちと来たのかと思ったけど、エリカさんの近くには誰もいない。


「お一人さまですよ。私、下着ランジェリーが恋人ですから!」


 男だったら変態だと思われるようなことを、キリっとして言うエリカさん。


 それにしても、一人でもこういう場所に来る人っているんだな。そんなことを考えていると、


「お二人は正式にお付き合いをはじめたんですか?」


 と、エリカさんが言った。


「うむ、先ほどからな」


 不意をつかれて言葉が出ないオレに代わるように、ミナが言う。


「先ほど? ついさっき告白した、と?」


 レンズの向こうで、エリカさんの目が細められた。


「その割には、こう…恋人同士が持つ雰囲気というか、においがありませんね」


 じっとオレたちを見るエリカさん。


「そんなことはないぞ!」

「うん、そうそう!」


 ミナとオレは同時に叫ぶと、


「ほら、こんなに仲良し!」


 と、二人で手をつないだ。


「……小学生か」


 オレたちを見て、エリカさんが呆れた。


「まずいな。おばば殿たちと違い、エリカは疑っているぞ」


 うん、まさか一度ならず二度までも恋人のフリをすることになるなんて……。


 って、今、ミナの声が、頭の中でしたぞ?


「霊体による交信だ。緊急時故、同意を得なかった。すまない」


 なるほど、今オレとミナは手を握っていて、そのついでにお互いの霊体を接触させ、それで交信しているというわけだ。接触テレパシーってヤツだ。


「エリカの疑いをどう晴らしたものか……」


 ミナの声が、頭の中に聞こえる。

 ……なんか、すごく幸せな気になるのはなんでだろう。


「接触による霊体交信は、互いの感情も伝えてしまうからな。私とハジメは親しいから…その、好意が伝わっているんだ」


 ミナのテレパシーが、ちょっと熱くなった。


「そうか…ハジメも私と同じように感じてくれているのだな」


 ちらりと横を見ると、ミナの耳が少し赤くなっていた。


 これって、まさか……。


「あら、ふたりして幸せそうな顔をして。私の勘違いみたいですね」


「「いや! これは!」」


 オレとミナはあわてて手を離してしまった。


「いえ、ホント。私、消えますので。どうか心置きなく、続きを」


 そそくさと離れてゆこうとするエリカさん。


 エリカさんをごまかす事には成功したけど、すごく恥ずかしい。


「ハジメ」


 くいくいっとミナに袖を引かれた。


 見れば周りに居る人たちが、オレたちのほうを見ている。


 注目集めてる? バカップルと思われたか?

 ってエリカさん、スマホ向けてるし! 他にも何人もの人がスマホやタブレットを向けている。写真まで撮ることないだろ。


「ハジメ、そっちじゃない」

「え?」


 ミナに言われ、エリカさんたちがスマホを向けているのは、オレたちではないことに気づいた。


 みんながスマホを向けていたのは、オレたちの後ろ、もっと高い位置だ。

 その視線を追って振り向くと、


「うそ…!」


 すぐ後ろにあった桜の木に花が咲いていた。


 だいたい三分咲きくらいだろうか。周りが葉桜ばかりだから、一際美しく感じられる。


「ハジメが注いだ魔力が弱った木に花を咲かせたのだ」


 ミナがそっと囁いた。


「今の時点でこれだ。第二の霊鎖が解かれた時、ハジメにどんな能力が発現するか楽しみだ」


 そう言ってミナは微笑んだ。

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