目次
ブックマーク
応援する
2
コメント
シェア
通報

#39.一生の不覚……



     1



「大したことないのよ。ちょっと頭ぶつけちゃっただけよ」


 大部屋のベッドで、頭に包帯を巻いたおばばが笑って言った。


 ジョージからのメールで急いできたけど、おばばが無事でオレはほっとした。


 竜巻が発生したのは、オレたちがキジバトの使い魔ドローンの準備をしていた頃だった。


 場所は太刀川駅北側にあるメインストリート。伊勢丹、高島屋など十階建て以上のビルが立ち並ぶ通りだ。


 竜巻が発生した時、赤坂のおばばは高島屋の屋上にいた。

 このデパートの屋上には野菜やハーブを育てる会員制のシェア畑があって、おばばはそこに来ていて竜巻に遭遇したのだった。

 竜巻は局所的、瞬間的だったらしく、通りを西から東に数百メートル移動し、消えたという。


 病室は、同じく竜巻でケガをした人たちと、その見舞いに来た人たちでいっぱいだった。


「ほんとうに大事ないのか?」

「大丈夫よミナちゃん。入院たって、念のため、一晩様子を見るためよ」


 泣きそうな顔でおばばの手を握るミナ。その手を、おばばがやさしく撫でた。


「無事でほっとしました」

「ハジメくんも、ありがとうね。心配かけてゴメンね」

「……竜巻ってどんなでした?」


 オレは気になっていたことを尋ねた。


「どうもこうもないわよ。お天気だったのに、いきなりすごい風が吹いてきて、看板とかが葉っぱみたいに巻き上げられて…すごく怖かったわ」


 と、言うわりにおばばは笑っていた。


「真っ青な空に向かって伸びる竜巻は、それはすごい迫力で、爆音上映なんて目じゃないくらいだったのよ。長生きはするものね」


 と、大興奮である。

 まあ、大したケガしなければそう思うのかもしれない。


「こんな所で竜巻だなんて、やっぱりアレ? 温暖化の影響かしらね」

「そう…かもね」


 おばばその一言に、オレは冷や汗を掻いた。


 来る途中、ジョージからのニュース動画やなんかでざっと調べたのだけど、この竜巻は異常だった。


 普通、竜巻は積乱雲の下、広い場所に発生するものだ。

 ところがこの竜巻は、天気は晴れ、ビルの谷間という場所に、何の前触れもなく現れたのだ。

 常識的にはあり得ない竜巻だ。


 おそらく、いや間違いなく〈ゲート〉に関係した現象だろう。


 ミナもそう考えていたのだろう。


「すまない、おばば殿」

「あらあらどうしてミナちゃんが謝るの?」


 戸惑うおばばに、ミナは頭を下げたままだった。



     2



 おばばの入院した病院を出たオレたちは、竜巻が発生したという通りに向かった。


 ミナは、ずっと無言だった。


 竜巻──〈ゲート〉がらみの異変を察知できなかったからだ。


「なんたる未熟、何が剣聖か!」


 ようやく口を開いたと思えば、自分を責めるミナ。


 それはオレも同じだった。


 おばばがケガをして救急車で運ばれている頃、オレはミナにドキドキしていたんだ。

 何の関係もないと頭でわかっていても、自分をぶん殴りたい気分になってしまう。


 しばらく歩いて、オレたちは竜巻が発生した通りに着いた。

 通りはまだ車、人ともに通行が禁止され、進入禁止のバリケードが立っていた。


 オレとミナは、バリケードの近くから通りを見たのだが、


「これは…ひどいな」


 想像以上の被害に、オレは息を呑んだ。


 通りには、看板や砕けたブロック、木の葉、割れたガラスが散乱していた。

 通りの両側に立ち並ぶビルの窓ガラスは、半分くらいがひびが入るか割れている。信号機が取れてなくなっている交差点もあった。

 そんな有様が数百メートルも続いてるのだ。まるでポストアポカリプスの廃墟を見ているようだ。


「この位置なら、検知器が反応するはずだ」


 ミナが唇を噛んだ。


 この通りは、検知器を置いた国営公園の南側から一キロと離れていなかった。


「やはり私の魔法具作りが未熟だったのだ」

「オレたちがハトを操るのに集中していて、見逃したとか?」

「もしそうなら、なおのこと私は自分が許せぬ。一生の不覚だ……」


 ミナは自分に怒り、そして落ち込んでいた。


「重傷者も、街の被害も少ないみたいだよ」


 通りを西へ、駅からウチに帰る道に向かいながら、オレはフォローのつもりで言った。


 でも、こういう災害って、後になって犠牲者数がどんどん増えるんだよな……。

 と、自分の考えにぞっとなってしまう。


 こんな時、ジョージならうまくフォローできるだろうに。


 でも、今ヤツは店のことで手が離せない。おばばの入院で、ジョージの両親は手続きや準備で家を空けているからだ。


 なんとかミナを元気づけたい。でもどうしたら……。


「お腹空かない?」


 せっかく街に出たんだ。ミナがまだ食べたことない料理を食べれば……


「いや、空腹ではない」


 ダメだった。

 あとは、あとは何がある? ミナが喜びそうなことは……そうだ!


「エリカさんの店に寄ってこうか?」


 エリカさんなら、あのキャラなら、いい気分転換に──


「下着は足りてるぞ」


 ダメだった。


 ……いや、落ち込むな!

 落ち込んでいるのはミナのほうだ。自分が落ち込んでどうする! 考えろ! 考えるんだ!


「すまないハジメ。気を遣わせて」


 内心、頭を抱えたオレに、ミナが笑って言った。


「フォローするつもりが、されてしまった……」

「なんだそれは」


 ミナの笑いはまだ固かったけど、それでも落ち込んでいるよりはずっといい。



     3



「あれ?」


 歩いていて、妙なものが見えた。

 電柱に小さな魔法陣みたいな光がある。


 なんだあれは?


 ミナに声をかけようとした時、スマホから着信音が流れた。ジョージからだった。


「すまん。網戸のはり替えに呼ばれてな。連絡できなかった」


 直後に、後ろからクラクション。振り向くとジョージのクリッパーバンがいた。

 ハンズフリーで連絡していたのか。


 ミナとオレはジョージのミニバンで送ってもらうことになった。


「検知器が反応しなかったのか?」


 ハンドルを手にしたジョージが言う。


「ああ、私の魔法具作りが未熟だったのだろう」


 後席のミナが言う。


「そもそもですが…あの竜巻は〈ゲート〉関連の現象ですか?」


 しばらく考えてからジョージが言った。


「いや、あんな異常な竜巻、〈ゲート〉関係以外考えられないだろう」

「珍しい現象かもしれないぞ? 地球温暖化で異常気象は多いしな。異変のすべてが〈ゲート〉と考えるのはどうかな。ここ何日かはバードストライクが多いという話しもある」


 バードストライクとは、鳥が飛行機や建物にぶつかることだ。

 あのキジバトもそのひとつだったのか?


「ジョージは、あの竜巻は〈ゲート〉に関連したものではないと言うのか?」

「御意。姫に心当たりはありませんか? 〈ケート〉以外で、かような現象を引き起こすものに」


 ふむ、とミナは考え込んだ。


 なるほど、ミナはこういうふうに理詰めでフォローすれば良かったのか。

 ジョージにはかなわないな…と、外を見た時、


「あ、まただ」


 ちょうど信号待ちしていた時だったので、オレはミナに言った。


「ミナ、そこの信号機に。光る魔法陣みたいなものが見えるんだけど」

「ああ、あれか。あれはグリムリの時に付けた〈印〉だ」

「あれがそうなんだ」


 グリムリは霊体化している時は、ほぼ完全なステルス状態になる。でも何か悪さする時は実体化する必要がある。

 ミナが魔法で付けた〈印〉は、グリムリが実体化すると、ミナの気配を発して警告する、魔法の警報器のようなものだ。


 あの時は見えなかったけど、第一の霊鎖を解いた今、オレにも見えるようになったんだな。


「そうだ! ジョージ、竜巻のあった近くに行ってくれ」


 何か思いついたようにミナが叫んだ。


「ぎょ、御意!」


 いきなりの命令に、ジョージは進路を変え、元来た道を戻った。

 そのまま走ること数分。


「停めてくれ」


 ミナの命令で、ジョージが車を停めた。

 竜巻があった通りから少し離れた場所の信号機のそばだった。


 ミニバンが停まるとミナはすぐに飛び出した。


「やはりだ」 


 信号機のそばでミナがつぶやいた。


「やはりって何が?」

「ここに付けておいた〈印〉がない」


 車から降りたオレとジョージに振り向いてミナが言った。


「それって、つまり?」

「この近くで、何者かが魔力を使ったということだ」


 きょとんとするオレたちにミナが言う。


「歪みや〈ゲート〉の影響ではなくて?」

「それはない。この〈印〉は魔力が使われた時に反応するようにしてあったからな」


 オレとジョージは、顔を見合わせた。二人して同じ事を思ったのだ。


「じゃああの竜巻は…!」

「ああ、魔物の仕業だ。この地に、新たな魔物が現れたのだ」


 険しい表情で、でも闘志を燃やした力強い眼で、ミナが言った。


 新たな魔物が現れたのだ。落ち込んでいる場合ではない。


 でも、竜巻を起こす魔物って…どんなヤツだ?


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?