1
「大したことないのよ。ちょっと頭ぶつけちゃっただけよ」
大部屋のベッドで、頭に包帯を巻いたおばばが笑って言った。
ジョージからのメールで急いできたけど、おばばが無事でオレはほっとした。
竜巻が発生したのは、オレたちがキジバトの使い魔ドローンの準備をしていた頃だった。
場所は太刀川駅北側にあるメインストリート。伊勢丹、高島屋など十階建て以上のビルが立ち並ぶ通りだ。
竜巻が発生した時、赤坂のおばばは高島屋の屋上にいた。
このデパートの屋上には野菜やハーブを育てる会員制のシェア畑があって、おばばはそこに来ていて竜巻に遭遇したのだった。
竜巻は局所的、瞬間的だったらしく、通りを西から東に数百メートル移動し、消えたという。
病室は、同じく竜巻でケガをした人たちと、その見舞いに来た人たちでいっぱいだった。
「ほんとうに大事ないのか?」
「大丈夫よミナちゃん。入院たって、念のため、一晩様子を見るためよ」
泣きそうな顔でおばばの手を握るミナ。その手を、おばばがやさしく撫でた。
「無事でほっとしました」
「ハジメくんも、ありがとうね。心配かけてゴメンね」
「……竜巻ってどんなでした?」
オレは気になっていたことを尋ねた。
「どうもこうもないわよ。お天気だったのに、いきなりすごい風が吹いてきて、看板とかが葉っぱみたいに巻き上げられて…すごく怖かったわ」
と、言うわりにおばばは笑っていた。
「真っ青な空に向かって伸びる竜巻は、それはすごい迫力で、爆音上映なんて目じゃないくらいだったのよ。長生きはするものね」
と、大興奮である。
まあ、大したケガしなければそう思うのかもしれない。
「こんな所で竜巻だなんて、やっぱりアレ? 温暖化の影響かしらね」
「そう…かもね」
おばばその一言に、オレは冷や汗を掻いた。
来る途中、ジョージからのニュース動画やなんかでざっと調べたのだけど、この竜巻は異常だった。
普通、竜巻は積乱雲の下、広い場所に発生するものだ。
ところがこの竜巻は、天気は晴れ、ビルの谷間という場所に、何の前触れもなく現れたのだ。
常識的にはあり得ない竜巻だ。
おそらく、いや間違いなく〈ゲート〉に関係した現象だろう。
ミナもそう考えていたのだろう。
「すまない、おばば殿」
「あらあらどうしてミナちゃんが謝るの?」
戸惑うおばばに、ミナは頭を下げたままだった。
2
おばばの入院した病院を出たオレたちは、竜巻が発生したという通りに向かった。
ミナは、ずっと無言だった。
竜巻──〈ゲート〉がらみの異変を察知できなかったからだ。
「なんたる未熟、何が剣聖か!」
ようやく口を開いたと思えば、自分を責めるミナ。
それはオレも同じだった。
おばばがケガをして救急車で運ばれている頃、オレはミナにドキドキしていたんだ。
何の関係もないと頭でわかっていても、自分をぶん殴りたい気分になってしまう。
しばらく歩いて、オレたちは竜巻が発生した通りに着いた。
通りはまだ車、人ともに通行が禁止され、進入禁止のバリケードが立っていた。
オレとミナは、バリケードの近くから通りを見たのだが、
「これは…ひどいな」
想像以上の被害に、オレは息を呑んだ。
通りには、看板や砕けたブロック、木の葉、割れたガラスが散乱していた。
通りの両側に立ち並ぶビルの窓ガラスは、半分くらいがひびが入るか割れている。信号機が取れてなくなっている交差点もあった。
そんな有様が数百メートルも続いてるのだ。まるでポストアポカリプスの廃墟を見ているようだ。
「この位置なら、検知器が反応するはずだ」
ミナが唇を噛んだ。
この通りは、検知器を置いた国営公園の南側から一キロと離れていなかった。
「やはり私の魔法具作りが未熟だったのだ」
「オレたちがハトを操るのに集中していて、見逃したとか?」
「もしそうなら、なおのこと私は自分が許せぬ。一生の不覚だ……」
ミナは自分に怒り、そして落ち込んでいた。
「重傷者も、街の被害も少ないみたいだよ」
通りを西へ、駅からウチに帰る道に向かいながら、オレはフォローのつもりで言った。
でも、こういう災害って、後になって犠牲者数がどんどん増えるんだよな……。
と、自分の考えにぞっとなってしまう。
こんな時、ジョージならうまくフォローできるだろうに。
でも、今ヤツは店のことで手が離せない。おばばの入院で、ジョージの両親は手続きや準備で家を空けているからだ。
なんとかミナを元気づけたい。でもどうしたら……。
「お腹空かない?」
せっかく街に出たんだ。ミナがまだ食べたことない料理を食べれば……
「いや、空腹ではない」
ダメだった。
あとは、あとは何がある? ミナが喜びそうなことは……そうだ!
「エリカさんの店に寄ってこうか?」
エリカさんなら、あのキャラなら、いい気分転換に──
「下着は足りてるぞ」
ダメだった。
……いや、落ち込むな!
落ち込んでいるのはミナのほうだ。自分が落ち込んでどうする! 考えろ! 考えるんだ!
「すまないハジメ。気を遣わせて」
内心、頭を抱えたオレに、ミナが笑って言った。
「フォローするつもりが、されてしまった……」
「なんだそれは」
ミナの笑いはまだ固かったけど、それでも落ち込んでいるよりはずっといい。
3
「あれ?」
歩いていて、妙なものが見えた。
電柱に小さな魔法陣みたいな光がある。
なんだあれは?
ミナに声をかけようとした時、スマホから着信音が流れた。ジョージからだった。
「すまん。網戸のはり替えに呼ばれてな。連絡できなかった」
直後に、後ろからクラクション。振り向くとジョージのクリッパーバンがいた。
ハンズフリーで連絡していたのか。
ミナとオレはジョージのミニバンで送ってもらうことになった。
「検知器が反応しなかったのか?」
ハンドルを手にしたジョージが言う。
「ああ、私の魔法具作りが未熟だったのだろう」
後席のミナが言う。
「そもそもですが…あの竜巻は〈ゲート〉関連の現象ですか?」
しばらく考えてからジョージが言った。
「いや、あんな異常な竜巻、〈ゲート〉関係以外考えられないだろう」
「珍しい現象かもしれないぞ? 地球温暖化で異常気象は多いしな。異変のすべてが〈ゲート〉と考えるのはどうかな。ここ何日かはバードストライクが多いという話しもある」
バードストライクとは、鳥が飛行機や建物にぶつかることだ。
あのキジバトもそのひとつだったのか?
「ジョージは、あの竜巻は〈ゲート〉に関連したものではないと言うのか?」
「御意。姫に心当たりはありませんか? 〈ケート〉以外で、かような現象を引き起こすものに」
ふむ、とミナは考え込んだ。
なるほど、ミナはこういうふうに理詰めでフォローすれば良かったのか。
ジョージにはかなわないな…と、外を見た時、
「あ、まただ」
ちょうど信号待ちしていた時だったので、オレはミナに言った。
「ミナ、そこの信号機に。光る魔法陣みたいなものが見えるんだけど」
「ああ、あれか。あれはグリムリの時に付けた〈印〉だ」
「あれがそうなんだ」
グリムリは霊体化している時は、ほぼ完全なステルス状態になる。でも何か悪さする時は実体化する必要がある。
ミナが魔法で付けた〈印〉は、グリムリが実体化すると、ミナの気配を発して警告する、魔法の警報器のようなものだ。
あの時は見えなかったけど、第一の霊鎖を解いた今、オレにも見えるようになったんだな。
「そうだ! ジョージ、竜巻のあった近くに行ってくれ」
何か思いついたようにミナが叫んだ。
「ぎょ、御意!」
いきなりの命令に、ジョージは進路を変え、元来た道を戻った。
そのまま走ること数分。
「停めてくれ」
ミナの命令で、ジョージが車を停めた。
竜巻があった通りから少し離れた場所の信号機のそばだった。
ミニバンが停まるとミナはすぐに飛び出した。
「やはりだ」
信号機のそばでミナがつぶやいた。
「やはりって何が?」
「ここに付けておいた〈印〉がない」
車から降りたオレとジョージに振り向いてミナが言った。
「それって、つまり?」
「この近くで、何者かが魔力を使ったということだ」
きょとんとするオレたちにミナが言う。
「歪みや〈ゲート〉の影響ではなくて?」
「それはない。この〈印〉は魔力が使われた時に反応するようにしてあったからな」
オレとジョージは、顔を見合わせた。二人して同じ事を思ったのだ。
「じゃああの竜巻は…!」
「ああ、魔物の仕業だ。この地に、新たな魔物が現れたのだ」
険しい表情で、でも闘志を燃やした力強い眼で、ミナが言った。
新たな魔物が現れたのだ。落ち込んでいる場合ではない。
でも、竜巻を起こす魔物って…どんなヤツだ?