目次
ブックマーク
応援する
2
コメント
シェア
通報

#38.一羽を二人でシェアする



     1



 ハトになって飛ぶのは不思議な感覚だった。


 まず見えている世界が違う。

 色の種類は多く、遠くまで見える。でもクリアに見えるかというとそれは微妙で、色によってはぼんやり光って輪郭がはっきりしない。


 視界は広く、パノラマ撮影みたいに広い範囲が一度に見える。その代わり正面がよく見えない。いや見えているけど、意識しないと正面に注意が向かないんだ。

 見えているのに見えてない、という感じだ。


 鳥が窓ガラスにぶつかるのは、ガラスに映り込む空や森を本物と見間違うからというけど、この正面が「見えているのに見えてない」のも理由かもな。


 音のほうは、モニターの音声ボリュームを五割増しにしたくらい大きく聞こえる。大きすぎてうるさいくらいだ。


 でも一番の驚きは、空気そして風の感じ方だった。


 翼で感じる空気が、場所や高さで変わるんだ。

 下の地面が日なたと日陰では日陰のほうがはばたくのにちょっとだけ力が要る。地面が平らな場所とそうでない所。高い建物の近くでは、翼の左右でかかる力が違う。


 まるで空気の中に、見えない坂道や砂利道、バンクしたカーブがあるみたいだ。


 そして風が吹くと、それがそよ風であっても空気の状態が変化する。


 いきなり下り坂が上り坂に変わったり、平らな道がバンクになったりするんだ。


 はた目には何もない空が、こんなにも変化に富んでいたなんて驚きだ。


 そんな感じで飛んでいたら、あっと言う間に太刀川駐屯地の上空に来た。

 敷地の南西の辺りに、何十人もの自衛官が出て青い花を刈っている。


「どうだ?」

「今基地に着いたよ。降りるよ」


 ハトに降りろ、と念ずる。


「あ、あれ?」


 着地までは問題なかった。しかし着地したキジバトは、自衛官たちと反対方向に歩いて行こうとする。

 人間、それも大勢がいるから近づきたくないのか。


「そっちじゃない。こっち、こっちに向かえ!」


 声に出して命ずる。

 よし、方向を変えてくれた…と思ったら、地面にいた小さな虫をついばみ、口に入れた!


「うげげげ…!」


 ハトとは味覚が違うので味は感じない。でも動く虫が口の中、舌の上、ノドへと移動してゆく。その感触がたまらなくおぞましい! その上、ハトのほうはご飯食べて嬉しいみたいで、その喜びが伝わってくる。

 このおぞましい感触に喜んでいるのが、よけい気色が悪い。


「集中を切らすな。水晶が外れてしまうぞ」

「そんなこと言っても、口の中に虫が……!」


 水晶が外れたら、ハトをコントロールできなくなってしまう。


 でも、この生理的な嫌悪感は耐えられない。

 もうパニックだった。イヤでおそろしくて、泣きそうだ。


「ハジメ!」


 ミナが、両手でオレの頬を包み込むと、額と額を合わせた。



     2



「み、ミナ!?」

「落ち着け。集中しろ」


 至近距離にあるミナの顔。

 その息づかい。オレの顔をつつむ手と額に、彼女の体温が伝わって来る。


 驚きでパニックは収まったけど、代わりに心臓がバクバクいっている。


「視覚と聴覚に集中して、味覚を遮断しろ」

「そうか、そういうこともできるんだ」


 視覚と聴覚に意識を集中し、他は感じないように意識する。


「で、できた!」


 ふいに、口の中にあった感覚が消えた。成功したんだ。


 でも、オレが悶絶している間に、ハトのヤツは草刈り部隊から離れたところに飛んでいってしまった。


 このハト、言うことを聞け! そう強く念じた時だった。


「花くらい、ほっとけばいいじゃないか?」


 後ろからそんな声が降って来た。


 ハトを振り向かせると、二〇メートル近く離れたところにいる自衛官の声だった。ハトの聴覚って高いんだな。すぐ近くだと思ったよ。


 三人の自衛官は休憩中らしく、木陰で汗を拭いていた。


「キレイなもんじゃんか。わざわざ刈らなくてもいいだろうに」

「不気味だろうが」


 別の自衛官が答えた。


「昨日まではなかったんだぞ。それが一晩でこれだ」

「異世界の花かもな」


 三人目の自衛官が、茶化すように言う。


「鉗口令が敷かれているが、例のヘリ、未知の現象につかまったって話しだぞ」

「自衛官がオカルト話しを言うな」

「でもさ、バイロットたちは精密検査の名目で隔離されているじゃないか」

「見たヤツの話しだと、着陸体勢に入る前、かき消えたかと思ったら、公園上空にいたとか」

「バミューダトライアングルかよ。今時はやらないぜ」


 そんなことを話しながら、三人の自衛官は休憩を切り上げ、また作業に戻っていった。


「やっぱり、あのヘリは、ここの上空で歪みにつかまったんだ」

「調べてみよう。同調のレベルを上げる。ハジメはハトの制御に集中してくれ」


 そう言うと、ミナは目を閉じた。


 オレの霊体を介して、ミナもキジバトに感覚をリンクさせるつもりだ。

 ハト一羽を、オレとミナでシェアするなんて、なんか奇妙な感覚だ。


 超至近距離に目を閉じたミナの顔がある。照れくさくて視線を下げたら、彼女の豊かな胸が目に入った。

 深い呼吸をしているミナ。その呼吸に合わせて、大きな胸が微かに上下している……。


 いかんいかん! 集中しないと!


 オレはぎゅっと目を閉じた。

 すると今度は、ミナの息づかいが意識された。


 はぁ……すう……。


 ミナは吐息もかわいくて、そしてエロい……。

 触れているおでこが熱い。


 ……ヤバい。

 ドキドキが限界突破しそうだ。


「……ハジメ」

「ひゃ、ひゃい!」


 いきなり声を掛けられ、裏返った声を上げてしまう。


「あ……」


 思わず、ミナから身体を離したら、ぽろりと額の水晶が取れた。

 その瞬間、ハトとのリンクも切れてしまったようで、二分割の景色が一つに戻った。


「ハジメ……」

「……ゴメン」


 ミナにジト目で睨まれ、オレは謝った。


「まあいい。調べたいことは分かったからな」

「じゃあ、〈ゲート〉は?」

「魔力の異常は感じられなかった。あの場所で〈ゲート〉が開いたわけではなさそうだ」

「そっか……」


 と、言った後で気になった。


「ハトはどうなったのかな?」

「ハジメの水晶が取れたのと同時に、ハトの水晶も取れただろう。あちらも元通りだ」


 キジバトも自由になったか。そうだと思っていたけど、ミナの口から聞いてほっとした。


「ハトを気にして、集中を切らしたのか」


 ミナが困った顔をして言う。


 集中が切れたのは、ミナにドキドキしていたから…とは言えない。


「明日からの修行は、集中力を鍛えるものにすべきか」

「それって、ハードな体育会系じゃないよね?」

「さぁな」


 と、ミナが笑った時だ。


 スマホがメッセージの着信音を鳴らした。

 またジョージからのメールだった。


「えっ……」


 そのメールをみて、オレは固まってしまった。


「どうしたハジメ?」

「今さっき、おばばが竜巻に遭って、病院に運ばれた」


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?