1
「警察はまだ姫を探していたのか」
スピーカーにしたスマホから、ジョージの驚きの声が流れた。
帰ってすぐ、オレはスマホでジョージに連絡した。
「ああ、〈姫騎士〉って呼んでるみたいだ」
「警察も時代に追いついてきたか」
ジョージの声に笑いが混じる。
警察も広報にアニキャラやVTuberを使う時代だ。捜査員の中にラノベやそれ由来のアニメ、ゲーム好きがいてもおかしくないよな。
「にしても、十人以上も動員するなんて意外だよな」
ジョージと同じ疑問をオレは持っていた。
ミナがやらかしたのは、せいぜい暴行傷害である。ぶっちゃけケンカだ。
甲冑姿ということで、瞬間的に注目を集めたけど、重大事件ってものではないはずだ。なのにどうして?
「こっちに来た日、ミナはヤクザを三人叩きのめしたけど、大ケガは負わせてないんだよね?」
隣のミナに確認する。
「しっかり手加減したぞ。せいぜい打ち身くらいだ」
「その三人以外に殴ったとか、何か壊したとかは?」
「ない。ハジメの家に来るまで、なるべく人を避けていたからな」
不本意だ、という顔でミナが言う。
オレの知らないところで、誰かを叩きのめしたり、車を真っ二つにしたりしてなかったか。
いや、そんなことしていればニュースになっていたはずだ。
そうなると警察が熱心にミナを捜す理由がわからない。この街の警察はヒマなのか?それとも、大きな剣を持ってたから銃刀法違反で?
「なんにせよ、警察署には近づかないほうがいいだろうな」
「うむ。空間の歪みが検知されない限り、引きこもっていた方が良いだろう」
そう言うとミナは、小さくため息をついた。
おばばたちと仲良くなったのにな。あの公園も、警察署が近くにあるから行けないし。
「イッチもだぞ。姫と一緒のとこを見られたんだ。外出する時は注意しろ」
「ああ、オレもしばらくは引きこもりだな」
しかし翌日、そんなこと言ってられない事件が起きた。
2
それは朝の魔法修行が終わった時のことだ。
いつものようにミナがシャワーを使いに行き、オレは縁側に腰掛け、なんとなく庭を眺めていると──
どんっ! と何かがぶつかったような音がした。
見ると、庭にハトが転がっていた。翼にウロコみたいな模様があるキジバトという野生のハトだ。
窓ガラスにでもぶつかったのだろうか。
そのまま転がしておくのはかわいそうだ。庭のすみに埋めてやろうと、拾い上げようとしたら、
「わっ、生きてた」
キジバトが弱々しく羽を動かしたので、オレは思わず手を引っ込めた。
そこに、シャワーを終えたミナが出て来た。
「どうした?」
「ハトが壁にぶつかったみたいなんだ」
ミナは庭に転がっているキジバトを見て、
「昼食にするのか?」
と、訊いた。
「食べないよっ」
「なぜ?」
心底不思議そうな顔をするミナ。
あ、久しぶりの異世界の価値観だ。
ミナの世界の感覚では、庭に紛れ込んできた生き物を食べるのは普通のことなんだろう。
「オレはハトの捌き方とか料理法を知らないし」
とりあえず、そういうことにしておいた。
「そうだ、治癒魔法の練習台になってもらおう」
「何事も修行に結びつけるのは良い心がけだ」
ミナがそう言った時、縁側に置いたスマホが着信音を鳴らした。
ジョージからだった。
「至急! これを見ろ!」
というメッセージにリンクが張られている。リンク先を開いて驚いた。
「ミナ!」
スマホをミナに見せると、彼女は「これは…!」と息を呑んだ。
リンク先は動画投稿サイトだった。
そこにはニュース速報の動画が流れていて、動画のタイトルは、
──駐屯地に謎の青い花
国営公園のそばにある陸自の駐屯地。その敷地に青い花がびっしりと咲いていた。
異世界──ミナの世界の青い花だ。
カメラが切り替わり、ヘリからの映像になった。
南北に細長い長方形の敷地、その南西の角のあたり二割くらいが真っ青に染まっている。あの異世界の花はこんなにも咲いているのだ。
ぞっとする光景だった。
「あの花って、こんな広い範囲に咲くものなの?」
「ああ、条件が良いところではな。しかし、これは……」
ミナは、ちゃぶ台の上に置いた検知器の親石クリスタルに手をかざした。
「この動画の場所はどこだ?」
「この前行った公園のすぐとなり、えっと…東側だ。墜落したヘリもこの基地の所属だよ」
「近くに置いた水晶に反応はない。いや、微弱な反応があるが誤差程度だ。本職ではない私が作ったものではこの程度か」
悔しそうに言うミナ。
「自衛隊とは、警察とは別の騎士団のようなものだったな。やはり警備は厳重か?」
「厳重だと思う。たくさんのカメラがあるだろうし、カメラ以外の監視装置もあるんじゃないかな」
ミナの
気がつくと、もう正午近かった。
「続きは、昼メシを食べながらにしようか」
考え込むミナにそう言って、オレが縁側から家に入ろうとした時、
「ハトを使おう」
と、ミナか言った。
「だから、オレはハトを捌けないって」
「そうではない」
ミナは苦笑し、
「あのハトを使って、この基地を調査するのだ」
そう言った。
3
朝炊いたご飯で作ったチャーハン。それにモヤシのナムルとみそ汁で昼食を手早くすませた。
オレが昼食を作っている間、ミナは検知器作りで余っていた水晶で何やら魔法具を作っていた。
食後、ミナは治癒魔法でハトを治すと、
「このハトを即席の使い魔にする」
そう言って、ハトの頭に小豆くらいの大きさの水晶を押し当てた。
「うわ…」
ずぶずぶとハトの頭に水晶がめりこんでゆくのを見て、オレは声を上げた。
「これ痛くないの?」
「半霊体化してハトの霊体とつないでいるから大丈夫だ。役目が終われば痕も残さずとれるぞ」
ホントかな。でもハトが暴れないとこをみると、痛くないのだろう。
「もう一つの水晶はハジメの額に埋め込む」
「痛くない? ほんとに痛くない?」
「私を信じろ」
と言うと、ミナが大豆くらいの水晶をオレの額に押し当てた。
ずぶずぶと水晶が額にめり込む。たしかに痛くはないけど……。
「……気味悪いなこの感触」
痛くはないけど、水晶が額と霊体にめり込み、繋がる感触はある。
「できたぞ。これでこのハトはハジメの使い魔となった。ハジメの意思でハトを操り、見るもの、聞くものを感じることができるのだ」
検知器と同じだ。親石・子石の関係にある二つの水晶はリンクしていて、それを利用してオレとハトをつないでいるのだ。いわばテレパシーで操作する、生きたドローンっていうわけだ。
「まずは額の水晶を意識しろ。次に、水晶を通してハトに意識をつなげるんだ」
「うん」
ミナに言われた通り、額にある水晶に意識を集中する。
……あるぞ。微かな、つながりがあるのを感じる。
これを辿るとハトにつながるのか。
「うわっ?」
いきなりハトの視覚と聴覚がつながった。
色がごちゃついて、写りの悪いTV画面みたいだ。音はちょっとこもった音質のヘッドホンをしているみたいで、やたら大きく聞こえる。
ハトのヤツも落ち着かないのかキョロキョロとあちこち見回している。
その視点の移動が、人間のそれとは微妙に違うみたいで違和感がある。ヘタなVRゲームで、頭を動かした時にあるズレ、あれに似ている。
「酔いそう……」
「異なる種と感覚を共有するとそうなる。最初は戸惑うが、すぐに霊体が調整する。少しの辛抱だ」
ミナが言う通り、次第に違和感が減っていった。
「なんとか同調できてきたみたいだ」
ハトを操るというか、言うことを聞かせるコツをつかんだ。
「てば、そろそろ飛んでみろ」
「よし……テイクオフ!」
はばたけ、飛べと念じ、ハトを飛び立たせる。
「お? おおおおお?」
それは飛行機とはまた違う感覚だった。加速Gを感じない。自分の足で走るみたいに空を飛んでいる。
一気に二階の屋根くらいの高さまで上がった。まだまだ高く飛べる。
ハトの視力は思ったより良くて、遠くまでよく見える。聴覚もいいけど、こちらは大きくてうるさい。特に高い音は頭にクる。
「どうだハジメ?」
となりでミナの声。
そちらに意識を向けると、ミナの姿が見えた。でもハトが見ている景色も見えている。
これも奇妙な感覚だ。二つのモニターで作業するみたいに、自分の目とハトの視点を同時に見ることができる。
「楽しい…けど、やっぱり奇妙だよ」
ミナに答えながら、ハトに意識を向ける。
ハトの目を通して、遠くに、緑に囲まれた滑走路が見えた。
あれが太刀川駐屯地だ。
こちらから見て右のほう、国営公園に隣接している敷地の二割くらいが真っ青になっている。
異世界の花は、あんなに広がっているのか。
すると〈ゲート〉は駐屯地に開いたのだろうか?
そんなことを考えながら、オレはハトの進路を駐屯地へと向けた。