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#インターミッション04



 ──陸自ヘリの墜落事故。その現場に〈姫騎士〉がいたようだ。


 鎚田署長からそれを聞いた碇屋刑事は「またか」と思った。


 騒ぎがあるところ、あの〈姫騎士〉は現れる。

 とはいえ、これで協力者の手掛かりがつかめれば、と碇屋は期待を持った。


 しかし、その動画を見て碇屋刑事は失望した。


 動画の端の方に寄り添う男女が映っていたのだが、あまりにも距離が遠く、SSBC(捜査支援分析センター)の機械をもってしても、〈姫騎士〉かどうかも確定できなかった。


 それでも、碇屋刑事の足は公園へと向いた。


 犯人は現場に戻って来る…ではないが、そんな気がしていたのである。署に近いからということもある。


 公園はまだ閉鎖されたままだった。

 一部のゲートに自衛官が見張りに立っているところをみると、墜落したヘリの回収もまだなのだろう。


「さすがの〈姫騎士〉でも忍び込めねぇな」


 ひとりごちて碇屋は署へ戻ろうとした時だった。


 ──〈姫騎士〉だ。


 碇屋の二〇メートルほど先を、〈姫騎士〉と若い男が並んで歩いていた。


 後ろ姿で顔見えないし、髪は黒い。しかし碇屋には彼女だという確信があった。


 碇屋は顔で人を判別しない。

 このご時世、顔なんかいくらでも変えられる。花粉症だコロナだで一年中マスクしている者もめずらしくない。

 だが歩き方、仕草はそう変えられるものじゃない。碇屋刑事はそれを見るのである。


 それに〈姫騎士〉は特徴的だった。


 若い連中は、彼女のみごとなスタイルにばかり注目しているがそこじゃない。

 〈姫騎士〉はその姿勢が格別に良いのだ。

 あの歳で、あんな背筋を伸ばしてきびきびと歩く女はそうそういない。あの姿勢、あの足運びは社交ダンスあるいは剣道や古武道を、それも相当やっている人間くらいだろう。


 突然、〈姫騎士〉が協力者の男に腕を絡ませた。


 二人は親しい関係にあるようだ。

 しかし恋人にしては男の仕草がちょっとぎこちない。それほど深い仲ではないのかもしれない。


 二人は公園南側の通りを進み、交差点を左に折れ、北上してゆく。

 碇屋はスマホを取り出すと、部下の岡下に連絡を入れた。


「岡下か。〈姫騎士〉を見つけた」

「ホントですか? だったらグループメッセージに──」

「尾行の真っ最中なんだよ。ポチポチやってられるか」


 小声で怒鳴りながら碇屋の目は先を行く二人から離さない。


「〈姫騎士〉は協力者と見られる男と都道153号を北上中。今、みどり橋を過ぎたところだ」

「え? それって──」

「グループにはお前からメッセージを入れといてくれ。じゃあな」


 通話を切ると、碇屋は〈姫騎士〉と連れの男に集中した。

 直線の通りは見失うことはないが、向こうに気取られるおそれがある。


 いい加減、このめんどくさい件を終わらせたいぜ。


 前を行く二人の背中を見つめながら、碇屋は内心でつぶやいた。


 あの〈姫騎士〉は何ものか? 何故上は〈姫騎士〉を見つけたいのか、それも極秘で。


 映像から〈姫騎士〉は日本人でないことは間違いない。

 そのことから若い連中は、ヨーロッパの小国の王族か政府首脳の子女ではないかと噂している。

 VIPの娘が、日本国内で何かあったら国際問題だ。だから上は極秘で捜査しているのだと。


 それはない、と碇屋は考えている。


 そんなVIPの娘なら、捜索する警察官に身元は告げるはずだ。

 それと、前にSSBCに行った際、鎚田が担当者に頼んで、〈姫騎士〉の顔を世界中の写真、ムービーに検索をかけた。ヒットはゼロだった。

 今時、ネットに写真一枚、動画ひとつない人間がいるだろうか?


 疑問はまだある。〈姫騎士〉がはじめて動画に撮られたあの時の格好だ。

 あのコスチュームのアニメ、ゲーム、マンガのキャラクターは存在しなかったのだ。

 手作りかオーダーメイドの可能性も考え、その手のショップやクリエイターを当たったが見つけられなかった。


 あの女には、存在した記録や痕跡が何一つない。まるで、いきなりこの世にポンと現れたかのように──


「馬鹿馬鹿しい」 


 碇屋は頭をふって、その考えを追い出した。


 とにかく、あの女を保護でも逮捕でもして、この件を終わらせる。上が何を企んでいるのか知ったことか。


 スマホに通知が入った。グループメッセージだ。

 碇屋がそれを読もうとした時、


「あっ!」


 〈姫騎士〉と男が突然、走り出した。


 尾行がバレたか。


 一瞬、迷ったが碇屋も後を追って駆け出した。


 前を走る二人の足は早い。碇屋は全力で追っているのに引き離されてゆく。


 広い交差点に出た。信号は赤。


 なんとか追いつけるか。


 碇屋がそう思った時、二人は交差点を渡って、反対側の通りへ向かった。その先にあるのは──


 ──太刀川警察署だ。


 〈姫騎士〉と協力者の男は、なんと警察署に逃げ込んだのだ。


 何考えてやがる!?


 二人を追って交差点を渡る碇屋。その視界が、敷地に植えられた木々で遮られた。


「碇屋さん!」


 碇屋が署の敷地に駆け込んだ時、私服、制服の応援を十人ばかり連れた岡下と鉢合わせした。


「そっち! 〈姫騎士〉が…そっち!」


 ゼェゼェあえぎながら、碇屋は声を絞り出し、〈姫騎士〉たちが向かった方を指差した。


 そこは署の南側、一般用の駐車場だった。

 四,五台の車が並んでいる。しかし、二人の姿はどこにもない。


 碇屋が息を整える間、岡下たちが車の陰などを見て回る。


「いませんよ」

「まだ遠くに行ってないはずだ。探せ!」


 碇屋は怒鳴ると、小走りに駐車場を出て行く。あわてて岡下たちもそれに続いた。




 警官たちが駐車場から出て行った後、車の陰からミナとハジメが姿を現した。


 隠形の魔法で隠れていたのだ。ちなみに、二人がわざわざ駐車場に駆け込んだのは、隠形の魔法を使う際に現れる魔法陣を見られないようにするためだ。


「後を付けていたのは警察だったとはな」


 ため息をついたミナが言う。


「時にハジメ、この建物はなんだ?」

「警察署…この街の、警察官たちの拠点だよ」

「なんと! では、しばらく隠形の魔法をかけていたほうが良いな」


 足下に魔法陣が現れ、そして二人はまた姿を消した。


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