1
「ヘリの件、思ったよりバズってないな」
朝。食後のコーヒーを飲みながらジョージが言った。
昨夜、遅くなったのでジョージは泊まっていった。翌日つまり今日、実家の金物店は休みだったというのもある。
「動画が少ないとか?」
いきなりのことだったし、動画撮影に成功した人が少なかったのか、とオレは思った。
「いや、スプライトに捕まったヘリの映像はそこそこあった。でも加工されたフェイク動画が上がってから、注目度が下がったようだ」
タブレットを操作しながらジョージが言う。
「姫とイッチが魔法で軟着陸させた件もそうだ。あれはオートローテーションだということになっている」
オートローテーションとは、ヘリのエンジンが停止した時に、落下する風圧を利用してローターを回転させ、その揚力で比較的ゆっくり降下させるワザ…要約するとこんなものだったよな。
でもあの時、ヘリのエンジンそしてローターは勢いよく回っていた。オートローテーションのはずはない。
「この説を言ってる評論家って、よくTVで見かけるよな」
「御用評論家ってヤツだ。陰謀論は好きじゃないが、政府の隠蔽工作っぽいよな」
横からタブレットをのぞき込むと、SNSでもそのことが指摘されていた。
しかしそのカキコミは、「電磁波兵器」、「エイリアンの攻撃」、「黙示録の兆候」、「アセンションの前触れ」など、陰謀論やオカルトをマジで信じているタイプばかりが目立った。これもあまりバズらない理由だろう。
アレは科学で解明できるシロモノじゃない。でも政府や自衛隊としてはそんなこと発表できない。だから適当にごまかして関心が薄れるのを待っている…そんなところじゃないだろうか。
「ミナが注目されなくて助かったよ」
「そうだな。しかし、こんなことが続くとそうも言ってられないぞ」
「早く感知器を用意、配置せねばな」
そう言うと、ミナはアルミの空き缶を手に立ち上がった。
昨晩、アルミが要るということで買ってきたコーラの空き缶である。
「今日のハジメの修行は、それを兼ねるとしよう」
「へ?」
どんな修行になるのだろう…と思いながら、ミナに続いてオレは庭に出た。
縁側でジョージが興味津々、見学している。
「前に、第二の霊鎖を解くには、自分の内なる力を感じることが必要だと言ったな」
「うん」
「内なる力を感じ、それを指先に集中することで、こういうことが可能になる」
そう言うと、ミナは空き缶に人差し指を当てた。
ミナの細い指が、ずぶりとアルミ缶を貫いた。ジョージが小さな歓声を上げ、あわててタブレットをミナに向けて撮影しはじめた。
ミナはジョージに微笑みかけると、指を横に移動させた。指の幅にアルミ缶が切り裂かれて行く。缶切り、いや豆腐でも切るみたいだ。
「すげ……」
思わずオレはつぶやいていた。
前にミナが、素手で木の枝を切り、樹皮を剥いで木刀を作ったことがあった。あれはこの技だったのか。
「ハジメもやってみろ」
「うん」
ひょいと投げられてよこされたアルミ缶。それをキャッチし、オレはうなずいた。
2
「集中……」
ミナを真似て、右手の人差し指と中指を揃えて立て、じっと見つめる。体内にめぐる力──魔力を、二本の指に宿るようイメージする。
「おっ?」
指先に力が集まるのを感じる。二本の指が微かに光っている。
「ジョージ見えるか? 指が光っている!」
「いや、見えんぞ?」
ジョージはそう言うと、タブレットの画面を拡大した。しかしやはり光は見えないようで、首を傾げている。
「ハジメ、その光──力は、目ではなく、霊体で見ているものだ」
「そうか、シックスセンスで見ているものか」
じゃあジョージに見えるはずはない。
オレはミナを真似て、右手の人差し指をアルミ缶に突き立てた。
「おっ?」
ちょっとした抵抗があった後、ずぶり、と指がアルミ缶を貫いた。
「おおおお…っ!」
ずぶずぶと第二関節くらいまで入った。
「ジョージ! 見てるか?」
「ああ、すごいな!」
と、ここで調子に乗ったのが悪かった。
「イテッ!」
指に鋭い痛み。
集中力が途切れ、指先にまとっていた力が失われたのだ。アルミ缶に開いた穴の縁で、指を切ってしまった。
アルミ缶から指を引き抜くと、血がだらだらと流れていた。
「集中を切らすとそうなる。気をつけろ」
ミナがオレの手を取って言う。
切った指を両手で包み込むようにする。治癒魔法をかけてくれるのだ。
ミナの治癒魔法を受けるのは一度や二度ではない。けれど、指を握られているだけなのに、すごくドキドキしてしまう。それはもう、息が苦しいほどで──
「ま、待って!」
オレは慌てて、ミナの手を振り払った。
「ハジメ?」
きょとんとするミナ。
「自分で治せるか、試してみたいんだ」
「そうか」
あわてて言い訳すると、切った指に、もう一方の手の平を向け、魔力を注ぎ込んだ。
すぐに痛みが消え、みるみる傷はふさがってゆく。
「できた!」
「うむ。見事だ」
傷跡も残らず治癒した指を見せると、ミナは微笑んでくれた。
その笑顔にほっとしながらも、ちょっと申し訳なくも思う。
「イッチ……」
視界の端で、ジョージがつぶやいて、ため息をついた。
3
午後、オレたちはジョージのミニバンで水晶を買いに出かけた。
天然石、パワーストーンを扱う店が、割と近くに、それも複数あるのには驚いた。
「水晶は、ある程度の大きさで、透明度が高いものが良い」
検知器に必要な水晶は二軒目の店で見つかった。
「車の後ろを借りるぞ」
クリッパーバンの後席を倒して広くしたところで、ミナは検知器を作り始めた。
握りこぶしくらいの大きさの水晶を左手に持ち、「はっ!」と小さな気合いとともに右手でチョップ。水晶がぱかっと二つに割れた!
「「おおーっ!」」
思わず声を上げたオレたち。
割れた水晶の一つの下に、光る魔法陣が現れた。すると水晶がぱかぱかと割れてゆき、指先くらいの塊が二〇個くらいできた。
「大きいほうが親石だ。小さいほうを子石と呼ぶ」
ミナがそう言うと、アルミ缶の下に魔法陣が現れ、缶を空中に浮かせた。缶は空中て赤熱し、みるみる溶けて行く。
ミナがその細い指をくいくいっと振ると、溶けたアルミの一部が、小さな雫のように滴り落ちた。
赤熱する雫は糸みたいに細くなって伸びてゆき、割れた水晶の大きい方つまり親石に巻き付いてゆく。
オレもジョージも、声を上げることもできずにそれを見ていた。
赤熱するアルミの糸は親石に螺旋状に巻き付いた。その後、子石それぞれにも同じ形で巻き付いてゆく。
赤熱するアルミの糸はすぐに冷えて固まり、アルミ線が巻き付いた大小の水晶ができあがった。
「これが空間の歪みの検知器か」
「そうだ。見た目は少々不格好だが役に立つはずだ」
そう言うと、ミナは手の甲で額の汗をぬぐった。
× × ×
その後、オレたちは子石を配置して回ることになった。
ジョージは車で駅の南側を、オレとミナは歩きで北側を担当する。
「この辺りだよ」
「うむ」
ジョージが用意してくれた探知機配置マップをスマホで確認。それに従って子石を土に埋めてゆく。
この近くで空間の歪みが発生すれば、それが親石に伝わる。この時、親石の魔力の流れを読めば、どの子石が信号を送っているのかがわかるという仕組みだ。
ちなみに埋めるのは、人や動物に拾われたりしないためだ。
「誰かに見つかったら、騒ぎになりそうたな」
そんなことをつぶやきながら、子石を埋める。
硬い水晶にアルミの糸が半ば埋まる形で巻き付いているのである。水晶の融点はアルミよりずっと高いはずなのに、どうしてこうなったのだろう。
現代日本にある工具を使っても、制作難易度は高いだろう。ヘタするとオーパーツ扱いされるかもしれない。
作業は問題なく進み、気がつくと夕方近くなっていた。
「こちらハジメ。これから最後の石の配置に向かう」
「こちらジョージ。こっちもあと一コで終わりだ」
スマホで連絡すると、ジョージもう終わるところだった。
「じゃあこのまま解散とするか。イッチ」
「ああ」
「助かったぞ。ジョージ」
ジョージと挨拶した後、オレとミナが向かったのは、ヘリが歪みに捕らわれたあの公園だった。
公園は閉鎖されていたので、南側にあるゲートの近くに子石を埋めた。
「入れぬとは残念だ」
並んで歩きながら、ミナが言った。
「事故の後始末しているからね。おばばも残念がっていたよ」
「いずれまた、ハジメと共に来たいものだ」
ミナの言葉に、またドキっとしてしまう。
それは、デートってこと? いやいや、憩いの場所としてだろう。
早とちりするなよ、自分。
「……今日のハジメは口数が少ないな?」
しばらく歩いているとミナが言った。
なんて答えよう…と、考えてたら、いきなりミナが腕をからめてきた。
「み、ミナ!?」
「騒ぐな」
慌てるオレに、ミナは低い声で言った。
「我らを尾行しているものがいるぞ」
ええっ?