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#36.一度や二度ではないけれど



     1



「ヘリの件、思ったよりバズってないな」


 朝。食後のコーヒーを飲みながらジョージが言った。


 昨夜、遅くなったのでジョージは泊まっていった。翌日つまり今日、実家の金物店は休みだったというのもある。


「動画が少ないとか?」


 いきなりのことだったし、動画撮影に成功した人が少なかったのか、とオレは思った。


「いや、スプライトに捕まったヘリの映像はそこそこあった。でも加工されたフェイク動画が上がってから、注目度が下がったようだ」


 タブレットを操作しながらジョージが言う。


「姫とイッチが魔法で軟着陸させた件もそうだ。あれはオートローテーションだということになっている」


 オートローテーションとは、ヘリのエンジンが停止した時に、落下する風圧を利用してローターを回転させ、その揚力で比較的ゆっくり降下させるワザ…要約するとこんなものだったよな。


 でもあの時、ヘリのエンジンそしてローターは勢いよく回っていた。オートローテーションのはずはない。


「この説を言ってる評論家って、よくTVで見かけるよな」

「御用評論家ってヤツだ。陰謀論は好きじゃないが、政府の隠蔽工作っぽいよな」


 横からタブレットをのぞき込むと、SNSでもそのことが指摘されていた。

 しかしそのカキコミは、「電磁波兵器」、「エイリアンの攻撃」、「黙示録の兆候」、「アセンションの前触れ」など、陰謀論やオカルトをマジで信じているタイプばかりが目立った。これもあまりバズらない理由だろう。


 アレは科学で解明できるシロモノじゃない。でも政府や自衛隊としてはそんなこと発表できない。だから適当にごまかして関心が薄れるのを待っている…そんなところじゃないだろうか。


「ミナが注目されなくて助かったよ」

「そうだな。しかし、こんなことが続くとそうも言ってられないぞ」

「早く感知器を用意、配置せねばな」


 そう言うと、ミナはアルミの空き缶を手に立ち上がった。

 昨晩、アルミが要るということで買ってきたコーラの空き缶である。


「今日のハジメの修行は、それを兼ねるとしよう」

「へ?」


 どんな修行になるのだろう…と思いながら、ミナに続いてオレは庭に出た。

 縁側でジョージが興味津々、見学している。


「前に、第二の霊鎖を解くには、自分の内なる力を感じることが必要だと言ったな」

「うん」

「内なる力を感じ、それを指先に集中することで、こういうことが可能になる」


 そう言うと、ミナは空き缶に人差し指を当てた。


 ミナの細い指が、ずぶりとアルミ缶を貫いた。ジョージが小さな歓声を上げ、あわててタブレットをミナに向けて撮影しはじめた。


 ミナはジョージに微笑みかけると、指を横に移動させた。指の幅にアルミ缶が切り裂かれて行く。缶切り、いや豆腐でも切るみたいだ。


「すげ……」


 思わずオレはつぶやいていた。

 前にミナが、素手で木の枝を切り、樹皮を剥いで木刀を作ったことがあった。あれはこの技だったのか。


「ハジメもやってみろ」

「うん」


 ひょいと投げられてよこされたアルミ缶。それをキャッチし、オレはうなずいた。



     2



「集中……」


 ミナを真似て、右手の人差し指と中指を揃えて立て、じっと見つめる。体内にめぐる力──魔力を、二本の指に宿るようイメージする。


「おっ?」


 指先に力が集まるのを感じる。二本の指が微かに光っている。


「ジョージ見えるか? 指が光っている!」

「いや、見えんぞ?」


 ジョージはそう言うと、タブレットの画面を拡大した。しかしやはり光は見えないようで、首を傾げている。


「ハジメ、その光──力は、目ではなく、霊体で見ているものだ」

「そうか、シックスセンスで見ているものか」


 じゃあジョージに見えるはずはない。


 オレはミナを真似て、右手の人差し指をアルミ缶に突き立てた。


「おっ?」


 ちょっとした抵抗があった後、ずぶり、と指がアルミ缶を貫いた。


「おおおお…っ!」


 ずぶずぶと第二関節くらいまで入った。


「ジョージ! 見てるか?」

「ああ、すごいな!」


 と、ここで調子に乗ったのが悪かった。


「イテッ!」


 指に鋭い痛み。

 集中力が途切れ、指先にまとっていた力が失われたのだ。アルミ缶に開いた穴の縁で、指を切ってしまった。


 アルミ缶から指を引き抜くと、血がだらだらと流れていた。


「集中を切らすとそうなる。気をつけろ」


 ミナがオレの手を取って言う。

 切った指を両手で包み込むようにする。治癒魔法をかけてくれるのだ。


 ミナの治癒魔法を受けるのは一度や二度ではない。けれど、指を握られているだけなのに、すごくドキドキしてしまう。それはもう、息が苦しいほどで──


「ま、待って!」


 オレは慌てて、ミナの手を振り払った。


「ハジメ?」


 きょとんとするミナ。


「自分で治せるか、試してみたいんだ」

「そうか」


 あわてて言い訳すると、切った指に、もう一方の手の平を向け、魔力を注ぎ込んだ。

 すぐに痛みが消え、みるみる傷はふさがってゆく。


「できた!」

「うむ。見事だ」


 傷跡も残らず治癒した指を見せると、ミナは微笑んでくれた。

 その笑顔にほっとしながらも、ちょっと申し訳なくも思う。


「イッチ……」


 視界の端で、ジョージがつぶやいて、ため息をついた。



     3



 午後、オレたちはジョージのミニバンで水晶を買いに出かけた。

 天然石、パワーストーンを扱う店が、割と近くに、それも複数あるのには驚いた。


「水晶は、ある程度の大きさで、透明度が高いものが良い」


 検知器に必要な水晶は二軒目の店で見つかった。


「車の後ろを借りるぞ」


 クリッパーバンの後席を倒して広くしたところで、ミナは検知器を作り始めた。


 握りこぶしくらいの大きさの水晶を左手に持ち、「はっ!」と小さな気合いとともに右手でチョップ。水晶がぱかっと二つに割れた!


「「おおーっ!」」


 思わず声を上げたオレたち。


 割れた水晶の一つの下に、光る魔法陣が現れた。すると水晶がぱかぱかと割れてゆき、指先くらいの塊が二〇個くらいできた。


「大きいほうが親石だ。小さいほうを子石と呼ぶ」


 ミナがそう言うと、アルミ缶の下に魔法陣が現れ、缶を空中に浮かせた。缶は空中て赤熱し、みるみる溶けて行く。


 ミナがその細い指をくいくいっと振ると、溶けたアルミの一部が、小さな雫のように滴り落ちた。

 赤熱する雫は糸みたいに細くなって伸びてゆき、割れた水晶の大きい方つまり親石に巻き付いてゆく。


 オレもジョージも、声を上げることもできずにそれを見ていた。


 赤熱するアルミの糸は親石に螺旋状に巻き付いた。その後、子石それぞれにも同じ形で巻き付いてゆく。

 赤熱するアルミの糸はすぐに冷えて固まり、アルミ線が巻き付いた大小の水晶ができあがった。


「これが空間の歪みの検知器か」

「そうだ。見た目は少々不格好だが役に立つはずだ」


 そう言うと、ミナは手の甲で額の汗をぬぐった。


     ×   ×   ×


 その後、オレたちは子石を配置して回ることになった。

 ジョージは車で駅の南側を、オレとミナは歩きで北側を担当する。


「この辺りだよ」

「うむ」


 ジョージが用意してくれた探知機配置マップをスマホで確認。それに従って子石を土に埋めてゆく。


 この近くで空間の歪みが発生すれば、それが親石に伝わる。この時、親石の魔力の流れを読めば、どの子石が信号を送っているのかがわかるという仕組みだ。

 ちなみに埋めるのは、人や動物に拾われたりしないためだ。


「誰かに見つかったら、騒ぎになりそうたな」


 そんなことをつぶやきながら、子石を埋める。


 硬い水晶にアルミの糸が半ば埋まる形で巻き付いているのである。水晶の融点はアルミよりずっと高いはずなのに、どうしてこうなったのだろう。

 現代日本にある工具を使っても、制作難易度は高いだろう。ヘタするとオーパーツ扱いされるかもしれない。


 作業は問題なく進み、気がつくと夕方近くなっていた。


「こちらハジメ。これから最後の石の配置に向かう」

「こちらジョージ。こっちもあと一コで終わりだ」


 スマホで連絡すると、ジョージもう終わるところだった。


「じゃあこのまま解散とするか。イッチ」

「ああ」

「助かったぞ。ジョージ」


 ジョージと挨拶した後、オレとミナが向かったのは、ヘリが歪みに捕らわれたあの公園だった。


 公園は閉鎖されていたので、南側にあるゲートの近くに子石を埋めた。


「入れぬとは残念だ」


 並んで歩きながら、ミナが言った。


「事故の後始末しているからね。おばばも残念がっていたよ」

「いずれまた、ハジメと共に来たいものだ」


 ミナの言葉に、またドキっとしてしまう。


 それは、デートってこと? いやいや、憩いの場所としてだろう。

 早とちりするなよ、自分。


「……今日のハジメは口数が少ないな?」


 しばらく歩いているとミナが言った。


 なんて答えよう…と、考えてたら、いきなりミナが腕をからめてきた。


「み、ミナ!?」

「騒ぐな」


 慌てるオレに、ミナは低い声で言った。


「我らを尾行しているものがいるぞ」


 ええっ?


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