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#35.一つ鍋をつついた仲



     1



 ミナと家に帰ると、車で来ていたジョージが待っていた。


「おばばが、今日の礼に持ってけって言われたんだが……」


 野菜がどっさり入っているらしいレジ袋を持ち上げたジョージは、オレの顔を見て、


「どうした? ひどい顔してるぞ」


 と、言った。


「魔力を大量に使ったからだ」


 ミナが言う。


「あのヘリだな。イッチも魔法を使えるようになったのか?」

「いや、ミナに魔力をチャージする役だ」

「言うなればMpタンカーか。で、消耗したと」


 感心し、納得するジョージ。


 あの後オレとミナは、人々がヘリに注目する中、こっそりと公園を出た。


 公園を出て興奮が醒めてくると、どっと疲労が押し寄せて来た。


 だるい。眠い。足が重い。


 公園から家までは歩いて十五分ほどなのに、その何倍にも感じられた。


「私が何度も肩を貸すと言ったのに」

「目立つの避けたかったんだよ」


 不満げなミナに、帰るまでに繰り返した言い訳を言う。


 恥ずかしいということもあるけど、あんなヘロヘロな状態でミナに密着したら、ドキドキしすぎて家まで心臓が持たなかったと思う。


「ブラック企業に勤めていた頃みたいだぞ」

「そんなにひどい顔か?」


 ジョージに言われて、この疲労感は何日も残業し続けた頃に似ていると気づいた。


 腹が減っているのに食欲がなくて、眠いのに寝付けない…うう、忘れていたイヤな記憶がよみがえってきたよ。


「それじゃ晩メシも作れないだろう。オレが作ってやるよ」

「ジョージも料理ができるのか?」

「この野菜を見て、昔イッチとよく作っていたものを思い出したのです」


 ミナに答えると、ジョージは、おばばからの野菜をオレに渡して、車で買い出しに行った。


 袋の中の野菜は…大根と水菜とキュウリ…ジョージはアレを作る気だな。


 一〇分ほどしてジョージは戻って来ると、キッチンに入って支度を始めた。


「悪いな」

「なんの。オレも久しぶりに食いたくなったんだ」


 そんなことを話していると、シャワーを終え、着替えたミナが茶の間にやって来た。


「見慣れぬものがあるが、これは何だ?」


 ちゃぶ台に置いたカセットコンロを、ミナが興味津々という顔で見つめる。


 説明するより、見せたほうが早いな。

 そう思ったオレは、カセットボンベを装着、つまみを回して火を付けた。


「ほほう、小型のかまどか。魔力ではなく、気化した燃料が詰めてあるのだな」


 ミナが感心したところで


「お待たせしました」


 と、ジョージとクマちゃんが鍋と具材、食器なんかを運んで来た。

 小さめのステンレスの鍋には、昆布の顆粒だしのスープが張られ、ネギと豆腐とエノキが入っている。


「肉とこちらの野菜はこれから入れるのか?」


 豚肉と皮を剥いた大根、水菜が別の皿にあるのを見て、ミナが尋ねた。


「これはしゃぶしゃぶという日本の鍋料理です。このように──」


 と、ジョージは菜箸で豚肉を一枚とると、鍋のスープにくぐらせた。


「鍋のスープで温めて、頃合いになったものを食します。タレはこちらがポン酢、ゴマだれのお好きなほうをつけてください」


 頃合いになった肉を、ジョージはみそ汁用の椀に入れてミナに渡した。


「うむ…いただきます」


 手を合わせて、ミナは豚肉をポン酢につけて食べた。


「ほほう、獣肉なのにさっぱりとして、なかなか美味だな」

「これは基本の食べ方。ここからが本番です」


 そう言うと、ジョージは大根をピーラーで薄い板状にスライスしたものと水菜を鍋に入れ、新たな肉をスープにくぐらせた。肉が頃合いになったところで、


「野菜と肉を一緒に食してください」


 と、肉で水菜を巻き、それをまた大根で巻いたものを椀に入れた。


「おおっ! これはまた美味な!」

「これぞ我らが学生時代に愛した鍋、大根と水菜のしゃぶしゃぶです」


 笑顔のミナにジョージが誇らしげに言う。


 そんなドヤっていうほどのものじゃないんだけど。

 この鍋は、大学の頃、ジョージと部屋飲みでよく作ったものだ。安い、手間いらずと、オレたち学生の味方であった。

 これ食いながら、徹夜でアニメとか見たっけ。


「なるほど。ハジメとジョージは、一つ鍋のスープを食した仲なのだな」


 微笑んでミナが言う。


「我が帝国にある言葉だ。寝食を共にすることで絆を育んだ者たちを言い表している」


 日本にも「同じ釜の飯を食った仲」ってのがあったっけ。ミナの国にもあるんだな。

 豆腐を食べて感心しているミナを見ながら、そんなことを思っていると、


「ほら、イッチも」


 と、ジョージがオレの椀にもよそってくれた。


 久しぶりに食べたしゃぶしゃぶは、ほっとする美味さだった。

 気がつくと、ウソみたいに疲労が消えていた。



     2



「ああ、うまかった!」


 〆のおじやを食い終わった時、オレは体力、気力ともに復活していた。


 後片付けをした後、オレたちはあらためて公園で起きたことと今後について話し合った。


「あのスプライト──空間の歪みとはなんだったのですか? 〈ゲート〉になる前の存在とか?」

「歪みは〈ゲート〉が現れる前兆だ」


 ジョージにミナが答える。


「例えるなら〈ゲート〉は火山の噴火であり、歪みは地鳴りのようなものだな」


 歪みが育って〈ゲート〉になるわけじゃないんだな。


「また歪みは現れるのかな?」

「おそらくな。次も今回のように早めに処置できると良いのだが」

「それについて。歪みはどのようにして処置するのですか?」


 ジョージが聞く。


「空間の歪みは、力の不均衡によって生まれる。流れを整えるよう魔力を注入すれば、歪みは消える」

「もし、歪みを放置するとどうなるの?」

「今行った通り、歪みは不安定なもの故、いずれ力を放出して消える。歪みが小さな時は光や落雷、突風などが起きる」


 謎の発光現象は、小さな歪みが消える時のものか。


「歪みの現れた場所が地上なら、生き物や物体を別の場所に運ぶこともある」

「ファフロツキーズか!」


 ジョージが叫んだ。


 魚とかカエルとかが空から降って来る現象だ。

 何年か前、日本でもあったけど。もしかして〈ゲート〉と関係があったのかもしれないな。


「歪みが大きくなれば、放出される力も大きくなる。竜巻、雷、地震あるいはそのすべてが一度に起きることもある」


 ディザスタームービーみたいなことが一度に起きるってことか。想像してオレはぞっとした。


「オレが調べた限りだと」


 ジョージがタブレットに太刀川駅を中心としたマップを標示した。WEBサービスの地図をスクショして、発光現象や異変があったとされる場所をプロップしてある。


「姫が現れた場所はこの辺り。その前後に起きた発光現象は場所が特定できないが、この辺りだと思われる。そして、今回のスプライトが出た公園はここだ」


 最初は駅の南側。公園は反対、駅の北側にあって、距離もかなり離れている。


「〈ゲート〉って移動するものなのかな?」


 ミナに聞く。


「私は専門家ではないが…不安定ならば位置が変わることもあると思われる」

「地球の自転・公転の影響もあるのかもな」


 と、ジョージ。


「この後どうしたらいいの?」

「歪みが現れた際に、〈印〉を打ち込む。グリムリ対策のアレとおなじようなものだ。打ち込んだ〈印〉を追えば〈ゲート〉の発生を予測できるはずだ」


 魔力で作ったプローブみたいなものか。


「でも、それには歪みが現れた場所にいないとダメだよね?」


 いつどこに出るか分からない歪み、どうやってプローブを打ち込めばいいんだ?



     3



「……手はなくはない」


 ミナが言う。


「歪みを検知する魔法具を作り、街中に配置するのだ」

「おお、歪みを検知するセンサーですな」


 ジョージが興奮して身を乗り出す。


「なくはない、ってことは、難しいのかな」

「ああ、この魔法具を作るには希少な材料がいるのだ」


 なるほど、そういうことか。


「大丈夫です! イッチの財力なら! なあ」

「う、うん。多分、だけど」


 宝くじで得た金はまだ八億くらい残っている。


「必要な材料は二つ。まずは水晶だ」

「水晶なら、宝飾店、天然石を扱う店で手に入るな」


 と、ジョージが早速タブレットで近くのショップを検索する。


「しかし、もう一つは、この世界にあるだろうか……」


 ミナの言葉、オレとジョージは固まった。


 そうだった。魔法の道具の材料だ。こちらの世界にはないかもしれないんだ。


「プラーガ──貴き白銀と呼ばれる金属だ。熱や魔力を通しやすい性質を持ち、魔法具には必須の素材だ」


 聞いたこともない金属だ。魔法金属だろうか。


「そんな金属はないな……」


 タブレットで検索したジョージが言う。


「でも、似たものならあるかも? そのものではなくても近いものなら、魔法具に使えるんじゃないかな」

「なるほど。プラーガとはどのような金属なのですか?」

「そうだな…見た目は銀に似ている。鉄のように錆びることはなく、銀のように黒ずむこともない。鉄より軽く、柔らかい。そのため、作り出せば加工は容易なのだ」


 銀色で、錆びない、変色しない。軽くてやわらかい。あと熱伝導が高い?


「これに似てる?」


 オレは、小銭入れから一円玉を取り出してミナに渡した。


「そんなわけないだろイッチ。こっちにある、ありふれた物が別の世界や星で希少品、なんてネタは定番すぎ──」


 ジョージの言葉の途中で、ミナが叫んだ。


「これだ! まさにこれがプラーガだ!」

「「マジでぇ!?」」


 オレとジョージは同時に叫んだ。


 後で調べて知ったのだけど、アルミニウムは元素としてはありふれていても、金属として利用できるようになったのは一九世紀になってからだった。

 ミナの世界では錬金術で精製しているらしい。


 それにしても…ほんとに「貴い白銀」がアルミニウムだったなんて。ミナの関わることは定番、お約束が多い気がする……。


 とにかく、これで歪みを知らせるセンサー作りの目途が立ったぞ。

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