「な……なんのつもりだよ」
通学路における唐突なゲルの登場に狼狽えた俺があからさまに警戒していると、ゲルはにへらっと顔を崩しながら、道すがら鉢合わせたお節介なおばちゃんのようなジェスチャーで「やだなあ!」と明るく否定してくる。
「これは調査! 調査っすよ! 監視っす! 全くやましい気持ちはないっす!!」
「お前はホルン専属の〜、みたいに言ってなかったか……?」
適当なことをほざくゲルにほとほと呆れる。いったいどういうつもりなんだ?
屋敷でしか会わないと思っていない相手が日中、俺が一人でいるタイミングに俺が通う学校の近くに現れる。つまりはゲートの位置も実家の位置も恐らくは特定されてしまっているわけで、深読みをすれば脅しや警告とも取れる行為に俺の心はピリつく。
「……何が狙いだ?」
「だから、世間話っす! うち、好きな人相手にそんなことも許されないんっすか!?」
地団駄を踏むゲル。このアホそうな言動を見ていると、深読みする必要さえないのかもと馬鹿らしくなってくる。
やれやれと首を振った俺は、目の前に立ち塞がるゲルの隣を通り抜ける形で再び帰路に就こうとした。
「良いってことでいいっすか!?」
すると、嬉しそうな顔をしたゲルはぴょこぴょことアヒルの子のように俺の後ろを付けてくるようになった。
……まあ、情報収集はしたい。
くだらない質問だったら無視をして、気になる内容があったら少しだけ掘り下げてみようと思う。
「好きな食べ物ってなんっすか?」
「………」
「休日によく行く場所とかあるんすか?」
「………」
「趣味とかどうっすか?」
「………」
「好きな女の子のタイプとかあります?」
「―――んんお前はなんなんだ本当に!?」
くどくどと飽きもせず繰り返されるしょうもないインタビューに俺は足を止めて振り返る。するとゲルは反応してもらえたのが喜びなのか「あっ♡」と顔を赤らめるから非常にやりづらく感じる。
本当に、なんなんだこいつ……!!!
「なんでそんなに俺のことが好きなんだよ!」
人生で一度も言うとは思っていなかった台詞だ。吐き捨ててから徐々に羞恥心が込み上げてくるが、必死に目を背けてゲルを睨む。
ゲルは端的に「顔っす!!」と答えた。
ふざけないでほしい。
「俺よりかっこいいやつなんかいっぱいいるだろ!?」
「でももうきょーみないっす!!」
「おいふざけんなお前!」
天穹陸を駆け回ったことがこんなトラブルに繋がるなんて思いもしなかった。ゲルにとっての初対面の男が俺だったばっかりにこんな執着されるなんて、貧乏くじにも程がある。
苛立ちを誤魔化すように後頭部を荒く掻いて、どうすればゲルの興味を失わせられるのだろうかと考えた。
「……お前、俺のことが好きなんだろ?」
「はい!」
「俺はお前は嫌いだ」
「直球すぎないっすか!?」
「だからもう二度と近寄らないでほしい」
「なんでそこまで言われなきゃならないんすか!?!」
俺だって人の心がある人間なので、ここまで言い切るのはいくら迷惑な相手だとしても心苦しいものがある。ゲルは力をなくしたように項垂れて意気消沈していたが、それから呟くようにぼそりと何か言った。
「……なに?」と、俺は思わず聞き返す。
ゲルは涙を堪えた表情でこちらを見上げ、とんでもないことを言った。
「やっぱりもう、ホルンとえっちなことしたんすか?」
「はっ!? な、何言ってんだお前!!」
こいつの思考回路が分からない……!!
飛躍しすぎた妄想の意図を汲み取ろうとして頭がぐるぐると回るが、やはり辿り着けない域だ。そもそも俺の人生においても大したラブロマンスの記憶がないから、世の女子はこういうものなのかとそんなはずはないのに変な勘繰りまでしてしまう。
つ、疲れる……! 早く帰りたい……!!
「してねえよ!」
「じゃあまだうちにもチャンスがあったっていいじゃないっすか! まだホルンのものじゃないんでしょ!?」
「ホルンのものってなんだよ!!」
人を所有物みたいに……ッ!
一度、冷静に考えてみよう。つまりこいつの目線では、俺はホルンと取り合いの対象ということだ。結局はホルンに対する当てつけである可能性があって、そこを詰めていけば俺に対する好意なんて本当はなかったとボロが出る可能性がある。
「うちは本当におにーさんのことが好きなんす! でもホルンはそうとは限らないじゃないっすか! うちは本当に運命を感じたんすよ!? なんでホルンはよくて、うちはダメなんすか!?」
うちはこんなにも愛しているのに!! と、日没時の住宅街で堂々宣うゲルに俺は追い詰められる。今すぐにでも走り去りたいくらいの逆境だけど、こいつはこのまま放置したらどんどんとエスカレートしそうだ。
だから俺は核心に触れてちゃぶ台を返すことにした。
「だいたいっ、お前は俺と触れられないだろ!」
「うち、触れられてもいいんすよ……?♡」
「ハァ!?!?」
頭を掻きむしりたくなる気分だ。そのトーンダウンは切実にやめてほしい。
いっそのことゲルを掟破りにしてしまってワルキューレ生命を終わらせるのもありだが、仮にそうしてしまえばスクルドやレギンレイヴは直ちに契約を破断して俺たちを敵と見做すだろう。
そんなことをできるわけがない。起きていいはずはないことなのに、ゲルが歓迎的だからややこしくなる。
こいつは人狼ゲームなどでよく言われる、役割放棄して自分のしたいことをしたいだけの〝リア狂〟ってやつなんじゃないだろうか……。
「とにかく! うちはもう、それくらい好きって意味っすよ!! もう止められないす! これは、無理なんす!! 本当はホルンなんかとはもうお喋りさえしてほしくないっす、うちと楽しく話してほしいっす、ただうちは、おにーさんのことが心の底から知りたいだけなんすよ……!」
言葉を失う。理解のできない熱量だ。
……だからといって、付き合ってはいられない。
俺は苦々しい顔をする。
「うち、ずっと奪われ続きだった」
そんななか、おもむろにゲルは独白をした。
「……?」
「おにーさんの存在は、そんなうちが絶対に欲しいと思えた、生まれて初めての人なんす!」
どうすればその勘違いを辞めてもらえるのか、俺にはよく分からなかった。