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第83話 見え透いた悪意

「ご苦労だった」


 降り立ったレギンレイヴは、開口一番にひどく事務的で味気ない言葉を俺たちに投げかけた。

 すでに疲労困憊気味で気持ちがやさぐれていた俺は、疎ましい存在の登場に、ケッ、とあからさまに嫌悪感を滲み出すスタイルで出迎える。


 レギンレイヴは気に障った様子だったが、その背後からひょっこりと顔を覗かせたゲルがウザったいくらいのスマイルをこちらに向けてくるので、俺もスンと顔を無の状態にさせた。

 まるでジャンケンのような三すくみだ。


 次にゲルはホルンへ目を向けると、少々の気の迷いを感じさせる目線の動きのあと、ツンデレ女が少しだけ心を許したときのようなノリで彼女の実力を認める。


「お、思ったよりやるんすね、ホルン」


 すかさず釘を刺すようにレギンレイヴが呟いた。


「及第点だ」

「まぁー及第点っすね!!」


 ……いったいなんだろう、このコントは。

 くるくると二転三転するゲルの手のひらに辟易とするものを感じる。

 ホルンも流石に対応に困った反応をしていて、どうやらこの二人の関係性は、ゲルの向ける拗らせた矢印が厄介事を引き寄せる種になっているように感じた。


「………」


 まあ、そんなことはいまはいい。


 レギンレイヴの身勝手な評価に、オリヴィアさんが少しだけ厳しい顔をして、シグルドさんの支えを得ながら前に出る。

 代表して意見した。


「人が悪すぎるわ、レギンレイヴ。今回の目標は討伐隊のワルキューレが三人掛かりで対処するような魔物。それが二匹も」

「………」

「貴女たちに、約束を守る気があるとは思えない」


 それは肌で感じた不公平感だ。今回はなんとか退けたからいいものの、難易度設定がおかしい。

 口では綺麗なことを言って、こちらの全滅を目論んでいるようにしか思えない。


「二点のみ訂正する」


 レギンレイヴは二本の指を立てて弁明した。


「一つ、契約を違えるつもりはない。あくまで今回は不測の事態であり、斯様な状況でありながら死力を尽くして対応する姿には、真の実力が映ると言えよう」

「………」

「二頭も目標とする獣がいたのは我々にとっても想定外だったが、本来の趣旨を阻害するものではないと判断してそのまま任務を続行させた」


 強力な魔物である鵺が二匹も現場にいたことについて、真相は分からないが、あくまでレギンレイヴは白を切っていくつもりみたいだ。

 今後も今回のようなケースが起こり得ると思うと、正直かなりキツいところはあるが……。


「次に、目標とする中型魔物の討伐は貴様らの承諾を得て進行しているはずだ。今回の件を踏まえ、今後も『人数が足りない』『勝てない』と思うのなら受けなければいいだけのこと。それが実力というものだ」


 レギンレイヴの言葉に、場の空気は一気にトーンダウンする。勝ちを噛み締める暇もなく、こちらを不快な気分にさせるのがワルキューレという奴らはとことんお上手なようだ。

 事実上の選択肢はこちらへ与えられていなかったのに、選択肢があったように見せられるのはまったく持って理不尽である。


「……作戦会議をしたい」

「好きにしろ」


 ホルンがどんどんと思い詰めた表情に戻るのが視界の端に見えていたので、一度挙手をして流れを断ち切る。


 俺はみなで寄り集まって、作戦を考えることにした。

 俺は戦闘要員じゃない。だからこそ、こういったときは第三者目線で冷静な意見を述べようと思うのだ。


「まず、これは挑発だと思う。意地を見せようとしたらそこにつけ込まれて、またで困難な状況に立たされるヤツだ」


 皮肉を込めて一部分を強調しながら俺は言葉を吐き捨てた。だけど、今後のことを考える上でこれは重要なポイントだ。

 俺は、夫妻とホルン――特にホルンに向けて部活のコーチのように言い聞かせる。


「背追い込みすぎはよくない。オリヴィアさんも今回のことで、多分相当力を消耗しちまった。ここは見返していきたいという気持ちよりも、安パイな択を取ったほうがいいと思うんだ」


 つまり、本来の実力の――一段下の任務を受注していく。今回のような思わぬ伏兵は、絶対に用意されていると考えて、最悪を想定して動いていかないと俺たちはいつか身を滅ぼすことになる。

 相手は滲み出す悪意を隠そうともしない奴らだ。

 懸念点を熱心に訴えかける。


「でも、それじゃ、私はやっぱり……」

「ごめんなさい、ホルンちゃん。私もこの件についてはシグマちゃんに賛成だわ。不測の事態が起こることを否定しないあの言い回しは、確実に裏がある」

「でも……」


 ホルンが言い淀む気持ちも分かる。

 認められたいと逸る気持ち。それに加え、ホルンは根本的に性善説を信奉し続けている節がある。

 だから『契約を違えるつもりはない』という言葉も、『不測の事態だ』という言葉も、そのままの意味で信じたくなるのだろうが……。


 人の悪意を知っている人間の俺や、地上で何百年間も生きてきた夫妻は、本当の本音のところではワルキューレの集団をろくでもない奴らだと見下げ果てているのだ。

 オリヴィアさんをそれを容受した上で向き合うが、ホルンはまだ精神的に未熟で、騙されてしまう。


「………分かりました」

「対策は時間をかけて考えていこう。まだタイムリミットはある」


 俯くホルンの頭を優しくぽんぽんと叩くと、彼女はおずおずとした調子で頷いて、いまは呑み込んでくれた。


「話は終わったか?」

「答えは次の任務発生のときに答える。意見はまとめられた」


 断固とした意思を持って今度は俺が前に出ることにした。「そうか」と特に感想もなく受け応えるレギンレイヴに対し、「それで、お前たちは何かまだ言いたいことがあるんじゃないのかよ?」と、そもそもこの場へとやってきた理由を尋ねる。


「ああ、そうだな」


 レギンレイヴはすっと前に伸ばした左手で、後方にいたシグルドさんのことを指差した。


「そいつはなんだ」


 その言葉には強い憎しみのような感情が滲んでいるように思われた。恐れているとも言える、感情の発露。

 その正体を追求するような言葉に、「………」深く息を吸い込んだシグルドさんはゆっくりとした歩調でレギンレイヴへと歩み寄る。


 ――このときの俺は竜化した状態のシグルドさんのことを知らないので、何をどうしてそこまで警戒されているのか理解していなかった。


「何か、言いたいことでもあるのか?」

「……っ」


 五十センチ以上の身長差。相対してただの華奢な少女のようにしか思えなくなったレギンレイヴは、ひたすらにシグルドさんの醸し出す威圧感にたじろぐ。

 一歩足を引いたレギンレイヴは、それでも息を入れ直して言葉を吐いた。


「貴様の介入は認められない」

「安心するがよい。我輩が直接手を下したのは〝二頭目〟のヌエだけである。貴様らが言うところの本来の討伐目標である〝一頭目〟は、我が妻とその妹君が倒したものだ」

「ッ……」


 ああ、これはシグルドさんの仕返しだ、と思った。顔には出さないが、圧されるレギンレイヴを見て少し痛快な気分になる。

 しかし、レギンレイヴも負けじと果敢に言い返す。


「その力は神性の魔物を由来とするものだ。今後も振るうのであれば、我々は貴様を〝魔物〟を見做す」


 強い言葉だった。俺やホルンは思わず息を呑む。

 だけどすぐそばにいたオリヴィアさんは安心させるように俺たちを見て首を振り、シグルドさんも悠然とした態度で問う。


「よもや、何も知らないのか?」

「……なんだと?」

「我が魂は死後、エインヘリャルとして天上へ捧げることが決まっている。この穢れた我輩の力は、父神がそれでも必要としたものだ」

「……!?」


 大きく狼狽えるレギンレイヴの姿を見た。

 エインヘリャルとは、北欧神話上で、終末に備えるオーディンの命令を受けてワルキューレが集めに回ると言われる英雄の魂のことだ。

 オリヴィアさんは、シグルドさんの言葉に頷く。


「故に、我が天命の阻害はできると思うな」


 レギンレイヴは何も言えなくなってしまったようだった。

 そんなおり、こっそりと俺たちに近づいたオリヴィアさんはいたずらっぽい顔をして耳打ちしにくる。


「ダァリンの命は〝御父様〟の予約によって寿命までは必ず生きられるようになっているの。でもね、ふふ、その強力な運命力を逆手にとって、私は彼に永遠の命を与えちゃった」


 うっかりうっかり、とでも言っちゃうような調子でとんでもないことを打ち明けてくれるオリヴィアさんに、俺は引きつった苦笑いを浮かべる。

 そんなことを知る由もないレギンレイヴは追及を諦めたように身を引いた。


「まぁ、よい。次回も期待している」


 逃げ帰るような突然の話の切り上げだった。慌ててゲルも「うっす! 期待しているっす!! またー!!」と大手を振って別れを告げ、夜空に飛び立っていく。

 こちらの言葉を待たずしてだ。


 そうして去っていくレギンレイヴらを見送った俺たちは、肩を竦ませて一難去ったことを実感する。


「これが、一ヶ月か……」


 考えるだけで気の遠くなる日々の幕開けだった。



 ―――それから。


 次の任務が発令されたのは、二日後の朝方のことだ。

 基本的にこの活動は夜間が基本かと思われたが、現状の魔物出現のペースは早くてそうも言っていられないらしい。


 日中は俺も学業の都合があって参加できず、結果としてベストを尽くし続けることも難しくなり、全員合意の上で方針転換後の作戦に則って安パイな任務を受注していくことになった。

 夫妻やホルンも俺を本分を気遣ってくれて、以降の作戦には俺自身の参加はマチマチとなる。


 日中は学校へ通い、時間があれば遅れを取り戻すように受験勉強を重ねて、必要があれば俺も協力に出て、普段はホルンからその日の出来事を聞かせてもらう。

 そのようなサイクルが構築され出していた頃、事件は突如として起こった。


「おいっす! ちょっとお話ししませんか?」


 校舎からの帰り道。十字路の角から飛び出してきたゲルが、俺を誘ってきやがったのだ。




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