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第82話 決着

 それからほどなくしてのことだった。

 ホルンの機転に窮地を救われることとなった志久真は、彼女の稼いでくれた時間を無駄にしないように必死になって車を突き進めた。


 慣れない道に路面凍結の気配、悪天候による視界不良があっても、一人の仲間として、責任をもって与えられたその役目を果たすことに従事する。


 目的のキャンプ場、その手前の空いた駐車場に乗り捨てるような形で車を急停車させると、さっそく志久真はホルンと一緒になって転がり出でるように降車した。


 すぐさま駆け出したホルンが、起き上がりに遅れる志久真へ退避を呼びかける。


「しぐまは御姉様のところへ向かってください!」

「わ、分かった!」


 そうして間もなく後方を追いかけてくる二匹の黒雲鵺は、予め迎え撃つために駐車場付近に待機していたシグルドと、そちらへ合流したホルンが盾を構えて引きつけることになった。

 再び抜き出した魔剣・グラムを振るうことで発生する禍々しいエネルギー状の斬撃飛ばしと、ホルンが片手に作り出したブラスターから放つ細かな射撃。


 それらはもちろん、黒雲状態の鵺には確かなダメージになり得ないが、ひとたび攻撃を加えればその姿は分散し寄り集まる時間を必要とする。煩わしい攻撃の主に強い敵愾心を剥き出しにした黒雲鵺は立ち止まり、まるで二匹とも力を合わせるようなそぶりでこれまで以上に劇的なイカヅチを見舞った。


 そんななか、非戦闘員の志久真は雷撃に巻き込まれることだけをただ恐れて頭を抱えながら懸命に駆ける。

 林を抜けて、高原へ。


 そこには、地面に引いた幾何学図形の中心で壮大な魔力を練り上げるオリヴィア――もとい、ワルキューレの長姉・ブリュンヒルデの凛々しい御姿を確認する。


「もうすぐ来ます!」


 安全な場所に移動しながら通り掛けに志久真が声を掛けると、頭上に輝かしい光輪を浮かべたブリュンヒルデは彼を一瞥してから術式を最後の仕上げの工程に移らせた。


 舞のように踊って、高め上げられていく魔力。

 読み上げる詠唱。

 遅れて黒雲鵺を引き連れてくる二人。


 ブリュンヒルデは、ルーン・ガルドゥルを完遂する――。



約定逃れ得ぬEk bið guðana um loforð, 天命の神々へ乞い願うþví at engi flýja má vilja þeirra guðdómlega.


 我が願望の成就にEk mun enn einu sinni treystaいま一度力を託されんþér með valdinu til að framkvæma mínar óskir.


 天に扉、地に鎖Hlið í himni, keðjur á jörð.、大気に我が意思を乗せるEk mun veita vilja minn til lofts.


 この言の葉は呪となりてÞessi orð verða bölvun,漂える者に無間の牢獄をeilífur fangelsi fyrir fljótandi manninn.


 隔てられし裂け目にて、その終を迎えよÍ gjá skilnaðarins mætir dýrið sínum endi.



 瞬間、ぶわっと吹き荒れる陣風に退避していたはずの志久真の体は奪われ、眼前で巻き起こる異様な景色に息を呑んで心震わせる事態となった。

 至近距離で目の当たりにする魔術が、その威力が、これまで志久真の目には見えていなかったものをその〝眼〟に映し出させる。


 星が散るように煌々と燦めき、ハリケーンのようにうねりを上げて高く立ち昇っていく魔力の波動。


 急速に変化していく大気のオーラに二匹の鵺は戸惑いを露わにする。その位置を中心にして、取り囲むように四隅の空間に黄金の柱が立ち、立体正方形の〝結界〟が作り出される――。


「捕まえたっ!」


 ホルンが興奮した様子で声を上げた。

 二匹の鵺は結界に取り押さえられる。


 それは、危機を悟った黒雲鵺がいまさら高密度のイカヅチを放ったところで破壊されてしまうようなこともなく、あっさりとその攻撃は黄金色の障壁に阻まれ、一ミリの隙間もない結界には黒雲の姿を持ってしても抜け出すことが叶っていない。


「これで……勝ちなんだ」


 そうして徐々に縮小していく結界が、不定形で捉えどころのなかった獣をようやく封じ込めて圧縮してみせる。


 それはまるで、テレビモニターの電源を落としたときの液晶画面のように、ぷちっ、と跡形もなく、その存在は消滅させられることとなった。


「! リヴ!」


 力を使い果たし、へたり込むブリュンヒルデに、シグルドが真っ先に駆け寄った。


 ▲▽▲▽▲▽▲


 …………………


 ……………


 ………


「しぐま? しぐま?」


 それから、しばらく時間を置いてのこと。


 思わぬ光景を目の当たりにすることになり、尻餅を付いた体勢で目を点のようにしたまま動けずにいた俺に向かって、肩の力が抜けたようなホルンは心配した様子で手を差し伸べてくる。


 ようやく気を取り戻した俺は、ホルンのその不安そうな顔に目を合わせ、「あ、ああ」と取り繕うような言葉を言いながら彼女の手を取って立ち上がった。


「ようやく、終わったんだな。長かった……」


 心の底から深々と出てくるため息だった。

 薄闇のなか、辺りに目を回してみると奇妙な感懐を覚える。

 俺自身は夫妻やホルンのように体を張ったことをしたわけじゃないが、確かに俺たちはチーム一丸となって、いやらしいワルキューレから与えられた困難なミッションをどうにか無事に果たすことができた。

 勝利だった。

 その喜びが、俺の体を打ち震えさせる。


「……向こうと合流するか」

「そうですね」


 少し離れた場所では、俺たちと同じように互いを労わり合うオリヴィアさんとシグルドさんの姿が見える。

 鵺討伐後、ホルンは彼らと勝利を祝うよりも早く俺を気遣ってこちらへ駆け寄ってきてくれていたのだな、と思い至りながら、改めて彼女の勝利を祝うために夫妻へ合流しに向かった。


 地面の幾何学図形であったり、落雷などの戦闘の痕跡。どうしても激しかった戦いに、ド派手に荒らし回ってしまったような気もするが、いまは結果だけに目を向けることにする。


「おつかれさまでした!」

「よくやったわ二人とも!」

「うむ」

「本当にっ、ありがとうございます……!」


 先んじてみなを労う俺と、一番力を尽くしてくれたであろうに俺とホルンの頑張りを認めてくれるオリヴィアさん。言葉少なに首肯するシグルドさんに、深々とホルンは全員に向かって頭を下げ感謝する。


 辛勝ではあったが、勝ちは勝ち。


 一ヶ月の検証期間はあるものの、第一回目の魔物退治にしては、文句を言わせない戦果にはなったように思う。


 晴れ晴れとした表情をする俺たち。

 そんな戦勝ムードの俺たちのもとに、二人のワルキューレは水を差すような空気を持ち込んで空からやってくるのだった。

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