深夜、二人で並んでコンビニへ入店。
あの頃とは違ってホルンも慣れた様子だし、俺も後ろに続く彼女を煩わしくは思わないし、服装が季節に合っているから店員に悪目立ちすることもない。
同じようにシーフード味のカップラーメンを選んで、同じようにおにぎりコーナーでは塩おむすびを選ぶ。
レジで手早く会計を済ませると、給水ポットのお湯をカップに注いだ。イートインスペースは利用時間外だったので、店前で寒さを堪えながら頂くことにする。
三分間の待機。徐々に香り立つ海鮮系の匂いには、図らずもくるるると腹が鳴ってしまう。
なぜだかそれに嬉しそうな顔をしたホルンは、じっと俺の顔を見つめて微笑む。そのリアクションがなんだかこそばゆくて、「……聞くな」と目を逸らしながら俺は返した。
三分が経つのはとても早かった。
「いただきます」
「いただきます」
声を揃えて食べる。こんな時間にこんなボリューミーなものを、寒空のなかで食べるなんて不摂生と不健全の塊だ。今後、絶対に太るしニキビもできる気がするが、いまだけは目を瞑る。
その点ホルンは、通常の人体とは違う構造をするワルキューレであるためか、そんな悩みなどはないように思える。
腹の減りや睡眠欲こそあれど、どんな外気温でも一定に保たれる体温に、体調の変化が影響しない体。
羨ましい限りだ。でもだからこそ彼女は、こんな時間でも大変美味しそうに、俺に付き合って夜食を食べてくれていた。
特に何か会話をするわけでもない、無言の共有。
居心地は悪くない。
だからこのままでも別によかったが、やはり最近は別行動する時間が増えたこともあり、いま二人きりだからこそ出来る話があるんじゃないのかと思った。
「最近、ホルンは上手くやれているのか?」
思春期の娘の近況を探るパパみたいな温度感で尋ねてしまった。
ホルンは小さな口で啜っていた麺を途中で噛み切り、丁寧に咀嚼して呑み下すと、少しだけ困った様子で言う。
「はい。……いまは、なんとか」
「そうか」
自習に頭を使い続けているせいか、俺は話の広げ方が下手になってしまったかもしれない。
少しの間また無言が訪れて、だけど今度はホルンからぽつぽつと語ってくれる。
「先日から、私たちの任務にはゲルが討伐隊見習いとして同行するようになりました」
「……討伐隊見習い?」
「はい。元々、彼女がカーラの空いた席に座る予定だったみたいです」
しかし、ゲルはまだ実力不足であるため、オリヴィアさんやホルンの任務活動に同行することで実戦経験を積んでいくことになったと。
「……お荷物すぎないか? そんな余裕、こっちにだってないだろ」
「は、はい……」
ホルンは疲れた顔で受け応えた。ホルンが正直に愚痴ってくれるようになった成長は喜ばしく思う反面、なんだかなぁ、とその状況に気を揉む。
ズズ、とカップラーメンの汁を啜った。
「私だってまだ御姉様から学んでいる最中なのに、彼女は私の個別監視者だから、なんでもかんでも私に質問してくるんです。大して、話も聞いてくれてないくせに」
「そ、そりゃあだいぶ疲れるな……」
いままで話してくれたことのない事情だった。
鵺との戦い以降、変わった習慣のなかでその日の出来事だったりオリヴィアさんから新しく学んだことをホルンは俺に語り聞かせてくれるが、いつも調子のいい報告という感じだったから。
「でも、彼女は真面目そうでした」
「意外なのか?」
その声のトーンは冷淡で、どこか不満気でひどく投げやりで、珍しいほど冷たい印象があった。
俺が質問すれば、彼女は眉頭をきゅっと上に上げて苦悩したように言う。
「……よく分かりません。あの子は、私が喉から手が出るほど学びたいと感じていた頃に、充分に学べる時間と立場があったにも関わらず、不真面目に過ごしていた」
「………」
「多分、許せないんだと思います」
彼女の吐露を聞いて、俺は後頭部がぐわあっと熱くなるのを感じた。ガリガリと掻いて、どうにかできないものかと必死に頭をフル回転にさせる。
だけどホルンは、か弱く言葉を続ける。
「でも、無視することもできない……。私は一度それで痛い目を見ているから」
そう言ったホルンはその言葉を最後にして、深く俯き沈黙してしまった。
両手で抱えるカップラーメンの汁には、ホルンの顔が薄ぼけて反射する。
そこに、はらりと滑り落ちる雪の結晶がある。
……また天候が悪くなってきたようだ。
これ以上寒空にいては体に支障が出るかもしれないが、しかし俺はすぐには「帰ろう」と提案せず、この時間の共有の継続を望んだ。
「俺も一つ、聞きたいことがあったんだ。ホルンとゲルの過去の話なんだけど」
「………」
「少し、長くなるけどいいか?」
「……はい」
俺は今日起きた出来事をホルンに話す。
「実は今日、ゲルが通学先にまで来てさ。あいつ、ホルンの一ヶ月後の試験で最後に決闘をさせてもらうつもりらしいんだ。スクルドの許可は得たみたいだった」
「え……」
ホルンの話を聞いたあとだと、それも合点が行く。
つまりはこの決闘でゲルがホルンに勝つことができれば、ゲルの実力は確かに証明されたことになり、ゲルは討伐隊の一員として認めてもらえる。
現状のホルンとオリヴィアさんはあくまでカーラの穴埋めであるから、彼女たちが不要だと見せつけられればそれはゲルの思惑の勝利だ。
恐らく、奴の狙いはソレで。
「ホルンはどう思う?」
「……いや、一瞬で、終わると思います。あの子は私には絶対に勝てません」
「その心は?」
「彼女には〝欠陥〟があります」
欠陥。それはゲル自身から聞かせてもらった話のなかにも度々見られたキーワードだ。彼女は何かしらのコンプレックスを抱えており、だからこそ才能のあったホルンに最初から意識を向けているようだった。
「あの子は、ドラウプニルを操作できないんです。だから自分で戦える力を持ちません。レギンレイヴ姉様の前ではまだ誤魔化しているようですけど、それもいつかは明らかになる話で……」
ドラウプニルを、操作できない……。これまで散々ワルキューレと対峙してきて、その戦い様を間近で見てきた一人の人間として、ドラウプニルがどれほど彼女らの武器であり鎧であるかを心得ている。
それが使えないというのは、正しく〝欠陥〟という他にないだろう。
「だから不思議なんです。彼女は討伐隊の見習いを自称しました。正直なところ、それが本当のことなのか、彼女が勝手に言っていることなのかも分からない。あの子は、本当に分からない人なんです」
「なるほどな……」
その気持ちは俺もすごくよく分かる。
ゲルの底はまるで知れない。
俺に向けてくるあの感情も、どこか上滑りしているような感じでどこまで本気なのか分からないのだ。
「いや、それでな。その時、ゲルから天穹陸での学舎時代の話を聞かせてもらったんだ」
俺が話の軌道修正を図るためにそんなことを口にすると、ホルンはハッとして顔を上げた。
「十三期生と十二期生の間に何があって、どうしてこんな歪な上下関係が生まれてしまったのかも聞いた。あいつはあいつで、ホルンを恨んでいるみたいだったんだけど」
「あぁ……」
ホルンは遠い目をして顔を逸らす。心当たりはあるみたいだ。
「……詳しく聞かせてもらってもいいか?」
「はい。あの子から聞いた話に嘘があっても嫌ですから」
それから、ホルンはぽつぽつとあの頃の話を俺に聞かせてくれた。