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Chapter7 - Episode 21


――――――――――――――――――――


困惑していた。

何故喰らいつくことが出来ない。

何故あの餌に近付くと傷が出来る。

何故餌が抗う。

無数の何故が思考を埋めていく。


身体は既に力が入らない。

力が、足りない。

血の塊が近付く度に、身体から力が抜けていく。


力が。喰らうために身に付けた力が消えていく。失われていく。

あれは餌ではないのか。

あれは自分を殺す『敵』なのか。

ならば――


――――――――――――――――――――


「ッ!」


イタチザメの動きが変わった。

HPバーが残り僅かとなったからなのかは分からない。だが、転移の間隔が短くなり……そしてさらには、


「分身!?……【血狐】!」

『――不明。目標同一』


その巨大な身体を一回り小さくさせながらも、もう1体のイタチザメが出現したのだ。

それも幻影などではなく、質量を持った本物として。


当然ながら、敵の数が増えれば攻撃を受ける回数も増える。

幸い、数が増える相手とは自分のホームで何度も戦った経験があるから良いものの、今回は相手が相手だ。


まだ瞬間移動の種を掴み切れておらず、尚且つその素早さは分身し小さくなった影響かさらに加速している。

今までのように回避していたのではいつか首元に噛み付かれてしまうだろう。

だからこそ、


「【血狐】、止めて」

『――了承』


私の一言で、空中からこちらへと突っ込んでこようとしていた無数のイタチザメが動きを止めた。

否、完全には止まっていない。

その身体を時折歪ませながら、私の足場である氷の上で苦しみのたうち回っているのだ。


「……終わりかな?あっさりだけど」


油断せず、イタチザメ達を丁寧に切り刻んでいくとその身体の特殊さに目を引いた。

抵抗しているのか、それともこれが能力なのか……一瞬だけ物体ではなく液体を切っているかのように感じるのだ。

姿が歪むのと何かしら関係があるのだろうと一旦頭の片隅に置いておきつつ、最後の一匹のイタチザメへと刃を突き立てる。


【ボス討伐戦をクリアしました】

【『刹来の鼬鮫』との対話が可能です】

【『刹来の鼬鮫』を討伐しますか?】


弱かった、そう感じてしまうのは驕りだろうか。

相性が良すぎた、というのは確実にあるだろう。

通常ならば、水中で戦う事になるであろう相手。そこにサメ本来の移動速度と瞬間移動能力が用いられるのだから。


「んー……ん?待って?」


ここで一つ、疑問に思うことがあった。

今回私がキザイアと共に挑んでいたダンジョンは『神出鬼没の古戦場跡』。

そしてそのボスエリア直前でここへと落ちてきた。

そう、落ちてきたのだ。


果たして――ここは、同じダンジョン内なのだろうか?


急ぎログを開き、長ったらしいボス演出のテキストを飛ばし。

私が落ちたと思われる時間帯へとログを遡ると、そこには。


【ダンジョンに侵入しました】

【ダンジョン『神出鬼没の地下湖畔』 難度:7】


つい舌打ちが漏れてしまう。

だがこれで確定だ。

ここは別のダンジョンで、キザイアとパーティ上は繋がっているものの、お互いに別のダンジョンに挑んでいる状態になってしまっている。


「あー……これ、一旦外に出ないとダメかな。というか、そうかぁ……」


そして思い出す。

以前、フィッシュや灰被りが特殊なダンジョンが存在する云々の話をしていたことを。

そのダンジョンの特徴として、基本的に探索出来るフィールドは存在せず、入った瞬間にボス戦が始まるという……事前準備をダンジョン外で行わないといけない初見殺し系のダンジョンの話だ。


基本的に第5フィールドから発生し始めるらしいのだが……数は少ないものの、第4でも発生するということなのだろう。

そこに『神出鬼没』という特性が組み合わさって、他のダンジョン内にトラップ的に発生……そして今。

何とも傍迷惑な話だ。


だが、これも高難度に足を引っ掛けた洗礼という物だろう。

これより先のフィールドではもっと酷い環境が待っているという話なのだから。


「……うん、とりあえず良い所だし、残しておこう」


『対話』を選択した瞬間、私が足場としている氷に、ワカサギ釣りをする時のような丸い穴が開く。

といっても、その大きさは私がすっぽり入ってしまうくらいには巨大なものなのだが。


そこから顔を覗かしてみれば、その下には一匹のイタチザメがこちらをじっと見つめていた。


「あー、なんというか。少し待っててもらっても良い?今ちょっと立て込んでるからさ。……ってここに戻ってくるのも面倒か……?」


そう思ったのも束の間。

顔の横に新たな半透明のウィンドウが出現する。

その内容は、


「……あー、いいねこれ。許可で」


ダンジョン同士を連結させるか否かの選択肢だ。

連結させた場合、元々管理しているダンジョンか新たに管理する事となったダンジョンのどちらかを基として、その内部から両方へとアクセス出来るようになる……という、早い話が吸収合併的なモノ。


これで後からいつでも自分のダンジョンからアクセス出来るようになった、と自分の落ちてきた穴へ向けて跳ぼうとした瞬間。

『刹来の鼬鮫』が、その場で一度空中へと飛び上がった。


「……どしたの?私一応急いでるんだけど」


ちょっとだけ嫌味を込めて言うと、イタチザメは少しだけ申し訳なさそうな雰囲気を漂わせたものの。

すぐに私の目の前に水の玉が浮き上がる。


「これは……成程。確かに君が渡してくるならこういうのになるのね。ありがとう、今の状況にはぴったりじゃん」


私はその中にあるものを見つけ、そして笑ってその場を後にした。


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