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Chapter7 - Episode 24


駆ける。

『神出鬼没の地下湖畔』から脱出し、落ちる前の位置に戻ってきた私は、周囲にキザイアが居ないのを確認してボスエリアへと走り出した。

と言っても、ある程度状況を確認しつつの為、自身の出せる最高速度よりも緩やかにだが。


魔術言語によって氷の礫を大量に作り、私の装備の入れられる部分に詰め込めるだけ詰め込んでおく。

現状、私の周囲に敵性モブが居るわけではないものの。

灼熱の砂漠という環境下で、私の魔術のコストにもなり得る霧が何時でも使えるようにしておくのは重要だ。


部分的に『脱兎之勢』……ニーハイブーツというよりかは、スニーカーのような形で展開したそれを使い、跳ぶようにボスエリアへと近づいて。

そして飛び込むように砦の中へと侵入した。


【ダンジョンボスが出現しました】

【ボス:『出没の故戦場』】

【ボス險惹シ戦を開始します:参加人数2人】


「……ん?」


少しの違和感。

その違和感の元を確かめる前に、私はキザイアを発見することが出来た。

まるで闘技場のような円形のフィールドの中心に、彼は独りで、こちらに背を向けて立っていた。

……ボスが居ない?


「キザイア?」


手に『面狐・始』を握り、警戒しつつも話しかける。

ボスが居ないのもそうだが、キザイアがこちらに話しかけてこないというのも不審感が強いのだ。

ボスエリアという閉鎖空間に、私の霧が薄く広く展開していく中。

声が響く。


「……アリアドネ、これから私は情けない事を言うわ」

「……?」

「ここのボス戦はね?ゴースト種の群体が延々と出現するタイプの方式……だと思ってたの」


語りだした彼の言葉に嫌な予感を感じ、ある程度の霧を足に集め『脱兎之勢』を何時でも展開できるように準備をしていると。


「でもね?そうじゃあなかった。というより、こんなボス戦の方式ありなのか?って運営に言いたい所ではあるんだけど」

「……何が言いたいの?」

「どれがどう作用してるのか分からないけれど、こういう事よ」


キザイアは振り返る。

身体に変わった様子はどこにもない。しかしながら、顔は違う。

見た事の無い半透明の仮面をつけ、その奥にある瞳には光がない。


「それは……」

「ゴースト種の塊、『瞬霊の仮面』……こんなアイテムがあるなんて思ってなかったのだけど。簡単に言えば、催眠、操人系の状態異常を与えるものよ。つまり――」


彼はこちらへと拳を構える。

無手ではあるが、薄っすらと紫色の魔力が彼の拳に宿っているのが見えてしまい嘆息した。

複数聞きたい事はある。けれど、この状況……こちらに向けられている拳を見た上で判断できることはある。

つまり、


「「――君(アタシ)を倒せば、ボス戦は終わる」」


そう言った瞬間、私とキザイアは動き出した。

キザイアは構えていた拳をこちらへと突き出すように。

私は準備していた『脱兎之勢』によって、瞬間的にキザイアの側面へと移動した。

瞬間、先ほどまで私が居た位置の地面が抉れ土埃が舞う。


見た事のない魔術だ。

だが私が避けるのも分かっていたのだろう。

いつの間にか召喚されていた蛸を彷彿とさせる触手が、私に巻き付こうと数本伸びてきていた。


「それはもう見たッ!」


自身の狐尾を地面に叩きつけ【血狐】を。

それと同時、足先で地面を蹴ることで【路を開く刃をネブラ】を発動させた。


私の身体から湧き出るように出現した【血狐】は、何かを言う前に目の前に迫って来ていた触手を逆に絡め捕る。【血狐】の体内に取り込まれた触手は藻掻きながらも、徐々に先端から潰されていった。

それと共に、私を中心に衛星のように回る霧の刃を背中側の防護に回す。

本当ならば攻撃用の魔術ではあるものの、キザイアを相手に回した場合は攻撃に回すよりは防御に回す方が絶対に良い。その理由としては、


『ヂジュジュッ!?』


【ジェイキン】。

人面鼠が虚空から私の首元を狙って出現してきたものの、霧の刃によって切り刻まれる。

だが攻撃されているだけでは終わらない。

手に持っていた『面狐・始』を横に居るキザイアの首……ではなく、半透明の仮面に向かって振るう。

ただの武器による攻撃。しかしながらキザイアは彼から見て左側に大きく跳ぶことで距離をとった。


私の習得している魔術……【魔力付与】の効果をある程度知っているからこその動きだろう。

武器を受けたり、その場で躱すよりも、距離を取る。

私が【魔力付与】を使っていた場合、距離をとることで最小限のダメージに抑えられるという考えだろう。

逆に言えば、彼の持っているであろう防御系の魔術では【魔力付与】の掛かった『面狐・始』の攻撃は防ぐことが出来ないと見る事が出来る。


「こうして面と向かって戦うのは初対面以来だよね?」

「……そうね」


キザイアと戦ったのはそれなりに前。

あの時とは出来る事はかなり増えた。しかしながら、私が手札を増やしたという事は相手も同じという事。

現に【ジェイキン】の知らない運用方法や、高速で移動する私に対して対応するように魔術を行使するという芸当をしてきているのだ。


以前と同じように勝てるとは思えない。だが勝つしかないのも事実。

ボス戦だからこそ負けてしまったら外にボスが出てしまうのもある。

しかしながら、正直な話をすれば……それ以外の理由で負けられない。

……一度勝ったことがある相手に負けるなんて、そんなの出来るわけないじゃん。


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