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Chapter7 - Episode 45


先程から思う事が1つある。

何故、私は『白霧の森狐』による尻尾の一撃を避けれたのだろうか。

見えてもいなければ、予想していたわけでも無い。

ただ近づいた瞬間に、漠然と『下がらないと終わる』という感覚が襲ってきたから下がっただけの事。


戦闘のセンスが華開いたとか、よく言うゾーンに入った、とかではない。

単純に危険である領域が分かるというだけの勘にも似た感覚。

私は戦闘中に成長するタイプではないし、何ならリアルでも武術を習っているわけでもない。

戦場に身を置いたこともなければ、指南を受けたのはフィッシュとの組み手くらいなものだ。

ならば、何故分かるのか。


……これ、かな。

視界の隅に映る簡易ステータス。

そこには先ほどから糸玉を模したアイコンが点滅していた。

【偽霊像:アリアドネの糸】を発動させてから付いているバフらしきもの、『導き』。

これの効果自体はTipsを読んでも漠然とし過ぎていて分からない。だが、もしも。

これが危険を察知する効果を持っているのならば。


「……行こう」


減っていくHPをインベントリから取り出したポーションによって回復しつつ、私は前を見据える。

こちらが攻めてくるのを待っているのか、薙刀を構えたままに微動だにしない男。

当然だ。彼の持つ得物は基本的には後の先を得意とするもの。下手に先手を取ろうとすれば懐に入られる危険があるのだから。

だから、私は行った。自身の感覚と、それを確証づけるかもしれないバフを信じて。


ゆっくりと歩くように、彼に近づき。

射程内に入った瞬間、薙刀がこちらに向かって突き出され……その前に身体を半身にする。

――避けれた。

そのまま横に薙刀が振るわれ……る前にしゃがむように身体を落とす。

――頭上に薙刀が通っていった。

身体を回転させ、先程と同じように尻尾の短剣をこちらの頭に当たるように振るわれ……それと同時に前転し、更に前へと入り込む。

――尻尾の一撃は当たらない。

まともに相手の事を見ずに、私は攻撃の全てを紙一重で避けていく。


先程から感じている予感に身を任せ、嵐のように薙刀を振るう男の目の前……手で顔を触れられる距離に難なく立って。

その端正な顔を驚愕に染めているのを見て、にっこりと笑う。


「ごめん、これも糸の力っぽくてさ」

「そうか」

「残り時間も少ないっぽいんだよね」

「そうだろうな」


男に生えている尻尾が2本に増え、その2本共に凍り付き私へと襲い掛かる。

避けねば顔面を貫くであろう軌道。だが、私は避けない。

避ける必要がない。

インベントリ内から2枚の羊皮紙を取り出し、尻尾と顔の間に盾のように持ち上げる。

すると、氷の尻尾がそれに触れた瞬間に砕け散り羊皮紙からは霧が大量に吹き出てきた。

かつて、魔術言語の検証用に作っていた、『霧の発生』だけを刻んだ羊皮紙。

特徴として、触れたモノの魔力を吸い刻まれたモノを発動させるだけの、本来ならばトラップにもならないようなもの。

しかし、今のような状況ならば別だ。

私の顔に毛並みの良い白い尻尾が2つぶつかるものの、ダメージは無い。


「捕まえた」


私はその顔にぶつかった尻尾を掴み取ることで、『白霧の森狐』に距離を取らせない。


「……次は」

「ん?」

「次は、もっとまともな顔してそれを使え。狐の女子がそうでは我も気が乗らん」

「……あは、次。次ね……分かったよ」


そう言った後に男の首を横一線に切り裂いた。

武器の効果がこんな時にも発動したのか、3つ並んだ傷から真っ赤な血が噴水のように噴き出していく。

白い狐が見慣れた赤に染まっていくのを見ながら、私は溜息を吐いた。


【試練完遂】

【報酬確認……完了】

【報酬:『獣人回帰の種』】

【試練を完遂した為、新コンテンツが解放されました。コンテンツの開始にはイニティの図書館へ訪れる必要があります】


ログが流れた後、私の視界は移り変わり、いつものボスエリアへと続く道の前へと立っていた。

瞬間、魔術効果によってデスペナルティとなり……私はイニティへと送られた後、その日はログアウトする事にした。


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