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~エピソード8~ ④ 初めて理化学波動研究同好会に追われた日。~3~

 俺と延岡理事の話を黙って聞いていた延岡さんが、俺をしばらく見ると、今の気持ちを率直に言った。


「三上さん…。伯父を目の前にして、こんなことを言うのも、複雑な気持ちがありますけどね…。」


 俺は延岡さんをじっと見てうなずいた。


「伯父は厳しい人だから、大学の理事たちからも少しだけ距離を置かれていることで有名だけど、三上さんは臆することなく、強く意見を言えるのが凄かったわ。私も、あそこまで言えないもの。」


 延岡さんの神妙な顔を見て、延岡理事はお腹を抱えて笑った。


「ははっ!!。深雪、三上君はね、私の怖さなんて関係ないのだよ。彼の大切な仲間たちや婚約者の霧島さんを危険にさらした事に対して、大学に対して怒りを露わにしたのだよ。私にだけ怒りを向けた訳ではないよ。彼は個人の感情を切り捨てながら、みんなを守るために私に厳しい意見を言ったのだよ。こんなに若い子なのに、なかなかできないよ。」


 それを聞いた延岡さんは俺を見て、何か言おうとしたが、言葉がまとまらない感じだった。

 代わりに、その場にいた良二が、延岡さんが質問したいことの答えを言うかのように、俺のことを語りだした。


「延岡委員長さん。こいつは、こういう場面になると、自分のことよりも周りの事を優先するような人間です。普段は面倒くさがって、リーダーになることを逃げようとしますし、無理矢理にやらせられると愚痴もタップリと吐きますが、それでも最後までやり遂げる奴です。だからこそ、みんなは、彼の人間臭さに面白みを感じながら、惹きつけられてしまうのですよ。」


 延岡さんは良二の意見に笑顔を浮かべながらうなずいた。

 そして、延岡理事が良二の俺の話にしっかりとうなずいて、笑顔でそれに答えた。


「そうだね。彼の怒りには、そういう意味が含まれていた。あの言葉の裏には、他の学生が闇サークルに引っかからないように、大学に対してなんとか対処をしてくれと、必死に訴えている心の叫びが聞こえたよ。他の理事にも今の言葉を聞かせてやりたかった。だから、私は三上君に怒りを向けることも叱ることもないよ。むしろ、可愛く思っている。」


 俺はそれを聞いて頭をかいた。


 それは当然のことを言ったまでだし、理化学波動研究同好会のメンバーにあとをつけられて、みんなに危険な想いをさせておいて、今後も理事たちから現場と乖離している勝手な指示を出されたら、こっちの身が持たないからハッキリと言ったまでだ。


 それに振り回される俺や陽葵、仲間たちのことを想うと、目の前にいる大学理事に対して厳しい言葉を投げかけなければ、俺たち再び危険にさらされてしまう。


 正面に座っている延岡さんをふと見ると、俺を恨めしそうに見て、長い溜息をついていた。


「伯父さま、三上さんが霧島さんのご両親から絶対的な信頼を得て、まだ大学生なのに婚約者になっているのは、この部分でしょうか?。私は、この2人がうらやましくて、しかたがありません…」


 延岡さんの姿を見ていた延岡理事が、もういちど、お腹を抱えて笑っていた。


 しばらくして、笑いが収まると、延岡理事は、延岡さんにジッと見て微笑んだ。


「深雪よ、ようやく分かったか。そういう人を見つけるのが将来の課題だからね。私が見ても、三上君と霧島さんは、おしどり夫婦になるのが分かるよ。どんな事があっても、お互いに手を離さないだろうね。三上君は若さ故に少し鉄砲玉のような性格をしているから、若いときは苦労をするだろうが、私ぐらいの歳になって大器晩成するよ。我慢しながらもジッと構えられる子だ。」


 荒巻さんは微笑みながら延岡さんにもう一つのダメ押しをした。


「そうそう、延岡さん。三上くんや霧島さんはね、もう、お互いのご両親が顔を合わせて、親類のようなお付き合いをしているからね。私もそれを聞いたときは驚いたよ…」


 それを初めて聞いた延岡さんはポカンと口を開けていた。

 延岡理事は微笑んでいたから、荒巻さんからその話は聞かされていたようだ。


 一方で、俺にとっては、そんな情報を荒巻さんが延岡さんに伝えたところで、面倒な会話を強要させられるだけなので、内心は嫌な気持ちでいっぱいだった…。


 ふと、脇にいる陽葵を見ると、両目をハートマークにして俺を見ているが、とりあえず放置した。

 この状況で可愛すぎる陽葵ちゃんとイチャつくわけにはいかず、陽葵の会話に付き合ってしまうと、場の空気が訳の分からぬ事態になることが容易に予測できたからだ。


 高木さんがそれを見て、お淑やかな振る舞いで陽葵の頭を軽くなでると、俺に向かって話しかけた。


「延岡理事とお話をされている間にね、三上君のお母さんにも、この件を話をしたけど…。わたしが電話を掛ける前に、霧島さんのお母さんからお礼の電話があったらしいわよ。そして、三上くんのお母さんは、ウチの恭介のことはどうでも良いけど、霧島さんの家に1週間も入り浸りだと、ぬるま湯に浸かりすぎるから、それが終わったら、寮で今まで通りの生活をさせてやって下さい、なんて言われたのよ…。」


 それを聞いた延岡理事が大きな声で笑った。


「はははっ!!。三上くんの家は、そういう家庭だから、三上君もシッカリしているのか。いやぁ、ご両親が顔を合わせている強さもあるが、これは凄いね。もう、両家の家族が阿吽の呼吸で動いている感じだ…。」


 俺はとっさに話題を変えた。


 このまま、このネタで会話を続けていれば、俺の居場所なんてないぐらい恥ずかしくて嫌な雰囲気だ。

 それと同時に、村上や泰田さんたちの事情聴取が早く終わらないかを祈っていた。


「荒巻さん、話を少しだけ本題に戻しますが、今週末、私の実家に戻って、車を取りに行って構いませんか?。この事態が起こったなら安全を見て、陽葵の家まで私が大学まで送り迎えをしたほうが、時間効率も良いし、私の親の懸念も払拭できると思います。」


 荒巻さんは俺の要望にシッカリとうなずくと、先に延岡理事から口を開いた。


「三上君、その件は荒巻君から聞いているから、いまここで承諾をするよ。大学と寮と霧島さんの家を往復するわけだから、この事件が解決する間は倍以上のガソリン代を大学から出すし、寮の管理人が使っている駐車スペースを供給して、大学の駐車場の手配もすぐにやろう。」


「延岡理事、本当にありがとうございます。それでも都合で電車に乗るケースも多々あるでしょうが、車の送り迎えを増やす事で、相当なリスク分散になると思います。実家が遠すぎるのが面倒ですけどね…」


 延岡理事の言葉に俺はうなずいて真っ先に感謝の言葉を言った。

 そうしたら、今度は俺の携帯に母親から電話があった。


 すぐに電話に出ると、うちの母親が少しだけ心配そうな声色になっている。


「恭介。陽葵ちゃんは、変なヤツに追いかけ回されたのかい?。陽葵ちゃんのお母さんや、大学の職員から電話があったけど、お前なんて怪我をして入院しても構わないから、絶対に陽葵ちゃんだけは助けるんだよ。あとは、1週間も霧島家にお世話になるから、両親によろしくと伝えておくれ。」


「お袋、分かったよ。俺も、こんなことがある度に、ぬるま湯に浸かるのはアレだから、今週の土曜日に家に帰って、車を取ってくるのに帰りたい。陽葵をしばらくの間、車で送り迎えしようと思っているよ。」


「それは良い考えだよ。それじゃぁ、土曜日に待っているからね。このまま、寮に戻らずに陽葵ちゃんの家にいたら、骨抜きにされちゃって、お前はボーッとするだろ?。ボーッとしたままじゃ、陽葵ちゃんなんて助けられないから言っているんだよ!」


「お袋、俺もそう思っているから大丈夫だよ。ガソリン代などは、こんな事情だから、大学から出して貰えることになったし、駐車場の問題も無料でクリアできそうだよ。ただ、事件が解決するまでの間だけどね…」


「それで良いんだよ。陽葵ちゃんの家みたいに、あんな都会に駐車場付きの家を買っても、車なんて要らない状況だからね。今はお前がどうなっても構わないから、陽葵ちゃんをしっかりと守りなさい。これで陽葵ちゃんが訳の分からぬ輩に襲われて、怪我や暴行なんてあったら、お前は絶対に勘当だよ!!」


「分かったよ、俺もそれは避けたいから、そう言ってるからさ…」


「分かれば宜しい。土曜日は、少し遠くのあそこの駅まで迎えに行くよ。どっちみち、陽葵ちゃんと一緒だろ?。1週間も、霧島さんの家にお世話になったお礼もしなきゃいけないからさ…。」


 お袋は言うべき事を言って電話を切ると、皆が俺をジッと見ていた。

 延岡さんは俺を見てクスッと笑って、俺に向かって言い放った。


「さっきの電話でね、三上さんのお母さんの声が少しだけ漏れたから、周りにいた全員がクスッと笑ったのよ。自分の子供の心配よりも、霧島さんが襲われて危害が及んだ時点で勘当だなんて言われるのは、かなり凄いわ…。」


 荒巻さんや仲村さんも苦笑いをしていたが、同時に俺のお袋の電話が漏れていた件について、良二がボソッと延岡さんに向かって所感を述べた。


「延岡委員長さん。わたしはコイツの家に行って、恭介の家族とも話したことがありますが、コイツの家庭はそんな感じですよ。極めて恭介の母親らしい素晴らしいお話です…」


「良二。ウチの実家の思考が素晴らしいかどうかは置いといて、もう、こうなった以上、みんなに神経を使うような見張りを毎日のようにさせるのは、俺としても辛いし、多少、金がかっても、車での送り迎えのほうが安全だって分かっているからさ。タクシーをふんだんに使うよりは、俺の車のほうが大学の予算的にも楽だろうし…。」


 延岡理事は少し首をかしげて、俺に基本的な質問をなげかけた。

「三上君の実家って何処なの?」


 俺は実家の場所を説明すると、理事と延岡さんが吃驚していた。


「あそこは秘湯の温泉がある場所じゃないか!。弟夫婦や深雪もそうだけど、家族で温泉に行くのが趣味でね、あの温泉旅館は、長期休暇になると車でたまに行くよ。いやぁ…、あそこまで電車やバスを乗り継いだら相当に時間がかかるだろ?。車でも相当な距離だよ。それだから寮生は納得だけどね…。」


 延岡理事に話す前に良二がそれに対して口を出した。

 ちなみに仲村さんは、その話を興味深そうに聞いている。


 棚倉先輩が、教育学部の体育祭実行委員のコンパの時に俺の実家が遠いことやド田舎であることを、よく言っていたが、俺の口から語られる実情に関して興味津々で聞こうとしているのだ。


「車で行くと、高速道路を使って2時間半以上かかりますけどね、電車やバスを乗り継ぐと早くても3時間半以上、乗り継ぎが悪いと4時間を超えますからね…」


 それを聞いた延岡さんはニッコリとうなずいた。

「のどかな場所だし、散歩がてら外を歩いてバス停の時刻表を見たら、1日に5~6本なのはびくりしたわ。あれはチョッと凄いよ…。」


 そこに良二が口を挟んできた。

「いやぁ、友人達と一緒にコイツの家に行くのに、電車やバスを乗り継いで行ったときに、運が悪く電車の乗り継ぎで待たされて、4時間ぐらいかかりましたよ。それで、しびれを切らした恭介が、近くと言っても、車で40分以上掛かる駅まで迎えに来てもらって、ようやく彼の実家に着いた感じですからね。」


 それを聞いていた仲村さんが溜息をついた後に口を開いた。


「夏休みにあった練習の時に、守さんが突然、三上さんの実家に行こうなんて言い出して、三上さんは携帯電話から全力で止めていた理由が分かったよ。私たちの感覚だと、すぐに電車やバスがあって乗り遅れても、次があるから慌てなくても大丈夫だけど、三上さんの実家は、気軽に行けるような距離じゃないし洒落にならないよ…。」


 延岡理事はそれを聞いて万遍の笑みをうかべて、俺に話しかけた。


「そういう辺鄙な地だけど、露天風呂から見える星は綺麗だし、体を動かすところもあるし、車で少し走れば水族館や魚市場もあるから、土地柄としては文句なしの環境だよ。」


 そんな話をしていたら、村上と宗崎、泰田さんや守さんが疲れた表情をしながら、こちらに歩いてきた。


 村上は俺の顔をジッと見ると、疲れた表情をしながら訴えた。


「もうね、何度も同じ事を聞かれて疲れ果てたよ。仲村さんと違って道なんて覚えていないから、周りにあるホテルや店の名前を思い出して、刑事に話したけどさ。名前がいかがわしいから、女性がいる前だとなかなか声に出せなくてね…」


 それに関しては、横にいた泰田さんが首を振った。

「村上さん、それは仕方ないわよ。そういう場所だから、ハッキリ言わないと私たちの足取りが分からないし、刑事さんが言ったとおり、防犯カメラで犯人が分かるかも知れないから、貴重な話になるのよ。」


 高木さんは、全員の事情聴取が終わると、俺達に声をかけた。


「村上くんや仲村くん、宗崎くんと本橋くんは、今日は安全面を考えて、大学が手配したタクシーに乗って帰っることになるわ。」


 名前を呼ばれた4人はうなずいた。


「そして、三上くんと霧島さん、守さんと泰田さんは、私の旦那の車に乗って家に帰ることになるわ。今日は、それぞれが家の近くにある駅まで送ることになるわ。あっ、村上くんは学生寮までなのは当然よ。これは大学側の配慮だから、拒否権はないわよ。それと明日から金曜日まで、村上くんを除いたメンバーで霧島さんや三上くんを保護するように頼むわ…」


 皆は一様にうなずいて、村上は少しだけ不満そうだったが、陽葵を保護する際に寮から電車に乗るのは大変なので、一緒に大学に行くことを諦めざるをえなかった。


「三上、俺はお前の代わりに寮の仕事で受付をしたりするよ。この事情なら、仕方ない。やれることをやろう。」


 村上は少しだけ考えて俺に向かってそう言うと、俺はうなずいた。


「村上、すまぬ。寮を1週間もあけてしまうから仕方ないが、なんとか棚倉先輩や諸岡を使って上手く回してくれ。」


「あっ、高木さん、最初に寮に寄って下さい。1週間分の着替えを陽葵の家に持って行かないと…」

 高木さんは苦笑いしながらうなずいた。


「そしたら、村上くんも、うちの車に一緒に乗ることになるわ。」


 荒巻さんは延岡理事と少しだけ会話を交わすと、高木さんに声をかけた。


「私は延岡理事たちと一緒のタクシーに乗って、高木さんの車にのる学生と男子寮の食堂で臨時の会議を開こう。松尾さんもいるし、ちょうど良いだろう。軽く20分程度、今の話の概要を報告する形になるけど、松尾さんや棚倉くんに諸岡くん、白井さんや木下さん、三鷹さんを呼ぼう。明日に持ち越すと、この対処で私たちが厳しくなると思うから。」


 『まぁ、仕方ないか…。寮に着替えを取りに行ったり、一週間いないから、色々と準備があるし…。』


 俺は、この時間超過に関して半ば諦めていた。

 隣で陽葵がかなり疲れた表情を浮かべて、俺をじっとみていた。

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