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~エピソード8~ ④ 初めて理化学波動研究同好会に追われた日。~4~

 警察の事情聴取を終えた俺たちは、高木さんの車に乗り込むと学生寮に向かった。

 良二や宗崎、仲村さんは、相乗りでタクシーで帰る事になった。


 良二の家がかなり遠いが、延岡理事の一声で、タクシー代は大学の請求になった。

 荒巻さんが警察署の駐車場に駐まっていたタクシーの運転手に現金を預けて、領収書を切るように話をして、良二が明日以降、高木さんや荒巻さんに、おつりと領収書を渡す形になった。


 残りのメンバーは高木さんの車に乗り込んで皆が座って、車が走り出したところで陽葵のバッグから携帯の着信音がした。

 慌てて陽葵が電話に出ると、陽葵のお母さんからだったようだ。


 電話口からかすかに陽葵のお母さんの声が聞こえてきたが、うちのお袋と声色が違うので、何を言っているかまでは明瞭に分からない。


 陽葵が電話で話している内容から、どうやら、PTAの打ち合わせが長引くようで、陽葵のお母さんや颯太くんが家に帰ってくるのが8時頃になりそうな雰囲気だから、陽葵のお父さんが帰ってきたタイミングで外食をする話になったようだ。


 俺たちは陽葵の両親たちが帰ってくるあいだ、家で待機をしているか、もしくは、陽葵の家の周辺をぶらついて陽葵の両親と颯太くんを待っているのが主な内容だった。


 陽葵の家が奴らに特定されていないので、家の周辺で時間を潰すパターンであっても大丈夫だろう。


 担当の須山刑事は、タクシーや高木さんの車が警察署から出る際に、念のために捜査員を伴って、理化学波動研究同好会のメンバーが周辺をうろついていないかチェックをしていた。


 陽葵が電話を終えると、俺のほうを向いてさっきの電話の件で外食などを含めた内容を話した。

 その後に、陽葵は少しだけ本音を吐いた。


「今日は家族全員が夜の8時まで帰ってこないから、家で待たされることになるわ。でもね、私も動揺があるから、このまま家の中でジッとしていては、気が動転しそうだし、家の周辺を恭介さんと一緒に少しだけぶらつきたいの…」


 陽葵の今の気持ちに対して俺がうなずくと、高木さんも少し間を置いて言葉をかけた。


「その気持ち、分かるわ。家から電車やバスを使わない範囲内で、三上くんと一緒に気分転換をするぐらいなら大丈夫よ。須山刑事の見解としてはね、犯人達は、しばらく雲隠れするのが濃厚だろうと話していたから、今日は後をつけられる事はないと思うわ。ただし、油断は禁物だから、三上くんと絶対に離れちゃ駄目よ。」


 ただ、荒巻さんは少しだけ眉をひそめて、俺や陽葵、高木さんに向かって話しかけた。


「延岡理事には、霧島さんの近くの駅まで送って、2人は家で待機していることで報告をするから、何か聞かれたら、みんなもシレッとそう言ってくれ。気分転換に家族で外食したいのも分かるし、さっきの高木さんの話は霧島さんのお母さんにも話してあるから、そのような会話になったのだろうけど…。」


 陽葵や陽葵の家族の今の気持ちに対して、高木さんは陽葵たちの心情を的確に分かっているようだから、荒巻さんに俺からの一押しが必要だと思った。


「荒巻さん、私たちはそれでなくても、大学生活を送っている上で、行動が制限されているので、陽葵の家族や陽葵自身がそうなるのも無理はありません。家の周辺は闇サークルにバレていないのは明らかですから、駅周辺のファミレスや喫茶店で休んだり、駅ビル内の本屋や店に入ってブラッと買い物をする程度の権利まで奪うのは疑問です。もしも、闇サークルにバレたら、その時は考えるまでです。」


 高木さんは助手席で大きくうなずいて、思いっきり拍手をした。


「荒巻さん、三上くんの言うとおりだわ。つきまといが激化して、闇サークルに行動の自由が奪われたら、2人なら私たちに言われなくてもフレキシブルに対応するわ。今は少しだけ息を抜かしてあげましょうよ。そうしないと、心の問題も起きて、最後には大学に通えなくなってしまいますよ…。」


 荒巻さんは目を閉じて深くうなずいた。


「高木さん、そこなんだよね。そのバランスが非常に難しい。私も三上くんやその周りの学生に負担をかけない事を考えると、延岡理事が話していたスタンスがベストだと考えたけど、今日は完全に闇サークルに裏をかかれたからね…。三上くんの不安にいち早く気づいてあげるべきだった…」


「荒巻さん、高木さん。相手に、こんな形で追われるのは時間の問題だったと思いますよ。それが今日だっただけですよ。今回は信頼できる仲間たちが助けてくれたことで、だれも危害がない状態で、警察に逃げ込めたことは幸いだったと思います。」


 荒巻さんがそれを聞いて少しだけ安堵をしたようだ。

「三上くんがそう言ってくれると助かるよ。ただ、この状態がズッと続くと、三上くんたちも非常に困るだろうから…。」


「荒巻さん、その通りです。ただ、相手の根っこはカルト宗教ですから、これで引き下がるとは思えませんしね。私は陽葵を守るにあたって、まずは暴行されないことや、尾行をされても陽葵の家や降りる駅さえ知られなければ、最低ラインは保たれると思います。私が車で陽葵の家まで送り迎えするのも、その一環ですからね…。」


 そんな話をしていると、車は男子寮に着いた。

 電車もさほど乗っていないから、陽板町の警察署から、ほどなくして着いた感じだ。


 高木さんの旦那さんは、今日は夜勤明けで休日だったので、車をだしてくれる環境が整っていたのも不幸中の幸いだった。


 もう夕刻だったので、諸岡や白井さん、棚倉先輩や三鷹先輩と木下がすでに男子寮に来ていて、食堂に集まっていた。


 俺は高木さんの旦那さんの車から降りて食堂に向かう前に、部屋に入って、4日分程度の着替えをリュックの中に詰めた。


 怪我をしてから、大学に行くのに片手が不自由だったのでリュックを使っていたが、ギプスが取れてもそれは変わらなかった。


 両手が塞がらなければ、大好きな陽葵ちゃんと一緒に手を繋いで歩けるし、陽葵が持っている手荷物ももってあげられるからだ。


 陽葵は「1週間なんて要らない、私やお母さんが洗濯するから大丈夫よ♡」なんて言われたけど、とりあえず下着や服は多めに入れておいた。


 そして、今週の講義内容をチェックして、必要な教科書やノート類などを全て詰めた。


 あとは、鍵付きの貴重品入れから、非常用として使わないでいた、お見舞いのお金を取りだした。


 陽葵と一緒に実家に行く為の交通費や帰りの高速道路の通行料、それにガソリン代や道中の食事などを考えると出費がかさむことに頭を痛めた…。


 そのタイミングで俺の部屋をノックしてドアが開くと、松尾さんと陽葵、それに延岡理事と延岡さん、それに荒巻さんが廊下に立っていた。


 どうやら延岡理事や延岡さんに寮内を案内していて、俺の部屋をモデルルームとして説明しようとしたらしい。


 いい加減、それをやるのは勘弁して欲しいのと同時に、貴重品入れから現金を取り出しているタイミングは、あまり宜しくない状態だった。


 最初に部屋を見て率直な感想をつぶけたのは延岡さんだった。

「うわぁ~~。男の人の部屋なのに凄く綺麗ね!!。これだけシッカリと環境を整えている人も珍しいと思うわ。」


「深雪。私もそう感じているよ。三上君は男子だけど、規律正しく生活をしているのが目に見えて分かるよ。…ところで三上君。その現金はどうして?。学生にしては高額のような気もするが…」


「土曜日に私の実家に行く際の交通費や、車でここまで戻るための高速道路の通行料やガソリン代などです。道中、一緒に食事をしたりする事も考えると、余分に…と、思いまして…。来週の土曜日の夜までは、ここに戻ってこられないので、陽葵の家で預かって貰おうと…。」


 俺は延岡理事の質問に渋い顔をして答えていたので、理事が眉をひそめると静かに首を振った。

「そのお金は、1ヶ月の生活費と仕送りの中から出しているのだろ?。そんな無理はするな。大学からは今回の対策費として、相当な予算が出ている。交通費やガソリン代は事前申請すれば出るから、荒巻君に書類を書いてもらって、事前に受け取ってもらいなさい。」


 荒巻さんは延岡理事の言葉にうなずいて俺に向かって諭すように話しかけた。


「これを見なかったら、危うく忘れるところだったよ。相当な交通費が掛かるのは分かるし、明日にでも書類を用意するから、ここから三上君の実家までのバス代も含めて事前に書けば、そのぶんの現金は霧島さんの分も含めて払うよ。高速道路の通行料とガソリン代も距離から算出するからね。これらは大学の職員や理事が出張するのと同じ感覚になるから。」


 俺は、引き出しにしまっていた、電車やバス代などを含めたメモを取り出した。

 予備に車で行くときの距離や高速道路の通行料などもメモしてあったので助かった。


 それを見た荒巻さんはニッコリと笑ってそのメモを預かった。

「寮監室でコピーをして返すよ。いやぁ、三上君は几帳面だから助かった。これなら私や高木さんがサラッと書けば大丈夫だから…」


 荒巻さんの言葉に何か含みがある気がして、俺は無表情でうなずいた。

 それを察して、延岡理事も何か思うところがあるらしく、笑いながらなずいている。


 俺は大半の現金を貴重品入れにしまうと鍵をかけた。

 そして、陽葵の家に連泊する準備などが終わったので、俺の部屋から全 員が出ると、食堂で緊急のミーティングが始まったのである。


 荒巻さんから、今回の件で俺達が尾行されて、途中の駅で降りて警察署に駆け込んで保護された経緯が説明された。


 その経緯を聞いていた、松尾さんや寮母さん、それに、棚倉先輩や三鷹先輩、それに諸岡や白井さんが俺と陽葵を心配そうな表情で見ている。


 それから、安全上の理由から、俺が1週間は陽葵の家から通学することや、寮生や周りの学生には極秘で、今後は陽葵を車で送り迎えすることも伝えられた。


 俺が土曜日に実家まで帰って車を取りに帰った後に、すぐに寮に戻る事が伝えられると、棚倉先輩がが頭を抱えた。


 棚倉先輩は眉間に皺を寄せながら高木さんや荒巻さんに話しかけた。


「これは相当な非常事態なので、三上が陽葵ちゃんの家から通うのはよく分かるし、安全上の理由から車で送り迎えするのもよく分かります。そこで、事件が解決するまでのあいだ、寮生や周りの学生に極秘で、三上が自家用車での通学をして、松尾さんたちが利用している専用駐車場を三上に使わせるのも、当然だと思います…。」


 先輩は俺の顔を見て、相当に何か言いたそうな目をしていた。

 それを察した高木さんが棚倉先輩に話を促した。


「棚倉くん、話を続けて。このさい、こういう事態だから、学生達からも不安や不満が出るのは当然だし、三上くんでさえも、ここにいる延岡理事に、不満を思い切りぶつけたぐらいよ。」


 高木さんの話に促されて、棚倉先輩は重い口を開いた。

「できれば、三上を1日だけでも寮に戻して下さい。今回の文化祭の報告書は三上にしか書けないと思うし、私も今回ばかりは卒論と院試の両方があって、今は大切な時期ですから、手が回りません…」


 それを聞いて高木さんは微笑んで、クリアファイルから報告書を出した。

「三上くんはもう、報告書を作ってきて、私が受理しているわよ」


 それを見た、ここにいた寮幹部や延岡さんまで、ポカンと口を開けて吃驚していた。

 最初に口を開いたのは、棚倉先輩だった。


「三上よ、お前はいつにも増して仕事が早くないか?。文化祭が終わって翌日に会計報告まで、パソコンで打ち込んだのか?。仕事が殺人的に早すぎるぞ…。」


 俺がそれに答えようとした時に延岡さんから、単純な質問が飛んだ。


「一般学寮は、学生委員会のように、専属の書記を役職に置かないで、このような申請書類は幹部が持ち回りで作っているのですか?。高木さんが持っている書類をサラッと見た感じ、三上さんはパソコンでの書類製作が得意のようですけど、こんな枚数のある報告書を1日で?。…しかも、会計報告まで!。」


 それに関しては俺が答えた。


「延岡さん。学生委員会や文化祭実行委員などは学生全体を見るので、人数がそれなりに必要ですが、比率的に言えば、男女を合わせても400人足らずの学生寮で、寮幹部を学生委員会と同じ組織にしたら、船頭多くして船山に上ることになります。私たちは寮のイベントなども実行部隊と現場指揮を両方やる形ですからね。」


 その話を聞いて目をパチクリさせている延岡さんに向かって、俺はさらに話を続けた。


「この書類に関しては、過去の報告書を基にして、ある程度のデータをあらかじめ作っておいて、会計報告は表計算のモードを使って打ち込めば自動的に合計が出るように仕組んでおきました。数字の打ち込みは霧島さんに頼みましたが、文章類は私ですね。」


 そして、荒巻さんがそれをジッと聞いていたが、急に何かを思い出して、ハッとした表情をした後に、延岡理事に声をかけた。


「延岡理事、明日の緊急理事会の件ですが、三上くんに学生要望書を書いてもらって、この事情を知らずに現実離れをしている理事については、有無を言わせないようにする必要があるかと…」


 それを聞いた延岡理事は深く頷いた。

「三上くん、私に警察署で言っていた事を上手くまとめて書けるかな?。パソコンなら荒巻君が常に持っているノートパソコンを少し貸すことを許可しよう。画面は、それだけしか見ない条件なら構わないだろう。」


 荒巻さんはバッグからノートパソコンを取り出すと、起動して、ソフトを立ち上げた後に、あらましを説明した。


「三上くん、規定上、他のファイルは見ないで欲しい。このファイルは上書きして大丈夫だからね。まずは名前と今日の日付を入力して、この要望書に書かれている要望欄に打ち込んでいくけど、声をかけられて困っている点や、不自由すぎて身動きがとれないこと、そして、それが原因で、ついには追われてしまった経緯などを書いて欲しい。少し時間がかかると思うから、それでの間、私たちは雑談をしながら、この件に関して何か案があれば話し合っているから。」


 そうすると、高木さんが俺のそばにやってきて、不明点があれば質疑応答をしたり、誤字脱字などの校正をしてくれるようだ。


 みんなはそれを見ようとしたが、規定上の理由から、高木さんに止められた。


「40分程度で終わりにします。2000字程度は書けるでしょう。A4用紙2枚分ぐらいですかね。」

 アッサリとそんな事を言ったが、横にいた高木さんと荒巻さんは、あんぐりと口を開けて見ていた。


 俺は全力で文字を打ち始めた。

 ひたすらキーボードの音が寮の食堂に響き渡って、それを初めて見た白井さん、延岡さん、木下や三鷹先輩があんぐりと口を開けた。


 他の人はすでに見ているので、何とも思っていないが、陽葵だけは俺をジッと見て微笑んでいる。


「恭ちゃん…マジに凄っ!!!!。それなら報告書が1日で終わるのは分かるわ…」


 三鷹先輩の言葉に高木さんがニヤリと笑った。


「もうね、ゆっくりと話しているスピードで文字が流れていくのよ。見ているこっちが楽しいし、これだけの文章をこのスピードで書けたら、私たちの仕事は相当に早く終わるわ…」


「三上寮長が、あの中で速いと聞いていて、ギプスが取れてから見せてもらおうと思ったけど、マジで飛び抜けているのは遠目からでも分かるわ…。村上さんたちが、三上寮長に敵わないと言った理由が、ここで改めて分かったわ。指の運び方がマジで速くて、どこを打っているのか全く分からないわ…」


 白井さんがそんなことを言っているが、今はそれに構っている余裕がない。

 俺は打ち込んでいて不明点があったので、高木さんに聞いた。


「ここは、警察に逃げ込んだ経緯や、どういう保護体制で警察署に入ったのかも含めて書いちゃって良いのでしょうか?。それと、降りた駅が陽板町は伏せた方が良いなら書かないですけど…」


「そうね、陽板町は書いても構わないわよ。そこで降りた経緯としては、身の危険を感じて、即刻、電車から降りて逃げるコトが得策と判断したことや、この周辺の地理に明るい学生がいて、店が開いていない時間帯で、逆に自分たちが目立ったことを添えれば大丈夫よ。」


 高木さんがこんな感じでアドバイスをしてくれるので、思ったよりも速く文章を打ち込むことができた。


 そして、それが出来上がると、荒巻さんが持っていたハンディーのプリンターでとりあえず印刷して、高木さんがその文章を校正していく。


「三上くんが、これだけ速く打てるし、途中で私が色々と打ち間違いや言い回しが変な箇所を指摘したから、駄目なところが見当たらないわ。荒巻さん、これを皆さんに見せたいので、2部だけコピーを取って良いですか?。1部は学生課用、もう1部は寮の保存用です。」


 高木さんが寮監室に走ってコピーをとると、原紙は延岡理事へ渡して、コピーは松尾さんと荒巻さんが預かった。皆は松尾さんと延岡理事を囲むようにして、その文章を読んでいた。


 延岡理事と一緒に要望書を目にした延岡さんが震えた。

「こっ、これを30分足らずで???。魔法みたいだわ…。あの指の動きなら納得だけど、信じられない…。」


 俺は疲れ切った表情を浮かべながら、早く会議が終わらないか、願うように待っていた。

 疲れ果てて精神状態が崩壊しそうな俺には、大好きすぎる陽葵ちゃんと一緒に過ごす時間が欲しかった。

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