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~エピソード8~ ⑦ 少し穏やかさを取り戻した大学生活。~3~

 講義が終わった後、俺たちは、食堂で泰田さんや守さん、仲村さん、それに陽葵や白井さん、諸岡などを待ちながら課題をやっていた。


 午後になると、食堂が閉まる午後4時頃まで食堂で課題やレポートをやる学生も多く、遅い昼飯を食べる学生や、おやつ代わりに何かを食べながら、課題やレポートをやったりする学生も多いから、俺たちも違和感がない。


 その一方で陽葵がアーン♡をするのを阻止するべく、秘策を考えていた。


『どうしよう、秘策なんて思いつかねぇ。もう、破れかぶれで、俺が陽葵にアーン♡をして、その場を凍り付かせて、事態を余計に悪化させて自爆するぐらいしか思いつかない…』


 俺が課題の進み具合が、いつもと違って遅いことを察した良二が、とても心配そうに声をかけた。


「恭介や。奥さんのアーン♡を回避する作戦を考えているから、課題の進みが遅いのか?。俺達もそれは同じだぞ。奥さんは可愛すぎるし、あの時は色っぽさもあったから、見ているこっちも辛すぎる。俺たちも今から緊張しまくっているぞ。」


 その良二のボヤキに村上が続いた。


「本橋、それは分かりすぎる。世の男としてさ、あんなに可愛いすぎる女性が、色っぽさを全開にして迫ってきたら、何があっても絶対にイエスしか言えないよ。そこらへんの人間と精神構造が違う三上でも、奥さんに迫られてタジタジだったからな。」


 そして、宗崎は課題をやりながら溜息をついてぼやいていた。


「あんなにタジタジになって、奥さんに敬語を使って拒否をする三上なんて初めて見たぞ。学生課の高木さんが怒ってもビビらないのに、色っぽさを全開にした奥さんを見て緊張しているから、三上は普通の人間だったと認識したよ。俺も、同じ状況なら、そうなるから仕方ない…。」


「みんな悪い。陽葵は、あのようになってしまうと、誰が説得しても曲げることはないからさ…。ただ、良二が交換条件を出して、陽葵が聞き入れたのは奇跡だったよ…」


 良二が、俺の言葉に反応すると、俺の目をジッと見つめて溜息をついて口を開いた。


「はぁ…。あのままアーン♡を見せつけられたら、飯どころではなくなるのを防ぎたかったんだ。今日の有坂教授の講義が与太話で終わったから助かったけどさ。あのままアーン♡をやられて、有坂教授の講義がガチだったら、俺たちを含めて、今日は、講義を休んだと同じレベルで動揺していたぞ?。」


 俺は課題を急いで終わらせながら良二の言葉に答えた。


「みんなも含めてマジにすまない。だからこそ、アーン♡を回避する秘策を考えているから、今日は課題の進み具合が悪いのさ…。課題が終わった後になって皆んなの前で陽葵があの色っぽさを全開にしてアーン♡なんかしたら、しばらく、みんなは家に帰られないだろ?。」


 そして、課題に集中していると、それが終わる間際になって秘策が閃いてきた。

『ん?。交換条件?。もしかしたら、いけるかも…』


 俺は、シャープペンを急いで走らせて、課題を一気に片付けた。


「悪い、宗崎。秘策が思いついた感じがするから、一気に課題を終わらせてしまったけど、まだ、俺に動揺があるし、急いで課題をやっつけたから、よく見ていてくれ。間違っていたら指摘を頼む。」


 それを聞いた宗崎は、とても喜んでいた。

 良二や村上もホッとした表情を浮かべている。


「三上、そんなのはお安い御用だし、奥さんが色っぽさを全開にしたアーン♡をお前の説得で回避できるのであれば、お前に飯を奢りたいぐらいだ。」


 宗崎は自分の課題を終えると、俺の課題のプリントを見ながら、チェックを入れ始めた。

 みんな、心なしか表情が緩んだ気がする。


「恭介様の秘策って、大抵はエゲツないし、いつもなら成功する確率が高いと思うが…。でも、心配なのは、奥さんが全力でお前に迫るときの色気と、あの超絶級の可愛さだよな?。お前が今でも厳しい表情を崩さないから、成功する確率が低そうだし、油断をしないことにしたよ。」


「良二、その通りだよ。かなりリスキーな賭けをするから、失敗すれば、みんなが想像するよりも酷い惨状になる可能性もある。その場合、回転寿司屋なんて、絶対に行けないだろうね。」


 良二も課題を終えて、宗崎と一緒に俺の課題のプリントを見ながら、答え合わせをしている状況だ。

 そのうちに村上も終えて、俺のプリントを見て、お互いの答えが合っているかをアレコレと頭を突き合わせ始めた。


 宗崎は俺のプリントと自分のプリントなどをチェックすると、安心した表情を浮かべた。


「お前が、奥さんに色っぽく迫られて、とても浮ついているから、絶対に間違ったところがあるかと思ったけど、この状況でもミスらずに課題をやり遂げるのは、さすがは三上だな。俺たちは動揺しているせいか、少しだけ間違いがあってドタバタしたけどさ…。」


「宗崎、ありがとうな。ところでさ、宗崎の家の近くに、新しい回転寿司屋ができたことを、この前、話していたよな?。宗崎の家に泊まりに行くときに、新たな夕飯のオプションができたなんて、良二が言っていたからさ。」


 俺の質問に不思議そうに宗崎が答えた。

「うん、そうだけど…、それがどうした?」


「宗崎、陽葵のアーン♡を回避するために、みんなで回転寿司を食べに行くかも知れないけど、付き合ってくれるか?」


 宗崎は即座に返事をした。


「そんなの、いくらでも付き合ってやるし、本橋や村上も一緒に行くに決まっている。お前の奇策でアーン♡を回避できるのなら、お前や奥さんに飯代を驕ってやるさ!!。それに開店オープン特典で茶碗蒸しと味噌汁が無料だぞ。」


 良二は俺の作戦を察したらしい。


「そうか、奥さんが回転寿司が好きなことを初めて知ったけどさ、それを使って交換条件を出すわけか…。そのオープンセールなんて、回転寿司が好きな奥さんにとっては、相当に魅力的だよな。」


「そういうことだ。とにかく陽葵は回転寿司に目がない。そこで、俺はアーン♡から回転寿司に意識を変えるようにするよ。」


「しかし、奥さんの家の夕飯はどうするんだ?。まさか、アーン♡を回避するから、夕飯が回転寿司になったなんて、奥さんの家族には言えないだろ?」


 俺は良二の質問に関して、不敵な微笑みを浮かべた。


「フフッ。陽葵の両親や弟は、土曜日に俺の実家に泊まりに行く準備があって、ショッピングセンターに出掛けるらしくて、夕飯もそこで済ませてくるらしい。陽葵のお父さんも、今日は会社を早退するから、そろそろ家に帰ってくる手筈になっている。俺と陽葵は、帰りが遅くなるから、どこかで夕飯を済ませろと言われているし、ちょうど良かったんだ…。」


 それを聞いた宗崎は大きくうなずいて口を開いた。


「俺や本橋、それに村上は、回転寿司屋に行ったとしても、夕飯を食べられるだろうから無事だけどさ。奥さんは、俺たちよりも食べられないのは当たり前だから、少し心配だったんだよ。でも、それなら問題はないな。これでアーン♡が回避できると思えば、そんな細かいことは気にしないよ。」


 そして、最後に課題を終えた村上はホッとした表情で俺に今の気持ちを伝えてきた。


「お前の奥さんは、マジに三上にベタ惚れな状態だから、こういう時に困るよな。それに、根が真面目だから、あの冗談を真に受けちゃうところが、いかにも奥さんらしいよ。それと、お前の秘策でアーン♡を回避できるなら、俺も一緒に回転寿司に付き合うよ。」


「村上もありがとう。陽葵の性格は真っ直ぐだから仕方がないよ。ただね、陽葵を説得するのに、俺は相当に小っ恥ずかしい台詞を言うから、せいぜい、みんなは机をバンバンと叩いて、その恥ずかしさを紛らわしてくれ…。」


 俺が村上に向けて放った言葉に3人は一斉に上を向いて、溜息をついていた…。

 そして、良二がそれに対して突っ込んだ。


「お前なぁ、奥さんとイチャつきながらmアーンを阻止するための説得をするのか?。こんなところで、お前たち夫婦のラブラブを見せられたら、俺たちはアーン♡よりも始末におけない惨状になるぞ?」


「だからさ、作戦が失敗すると、そうなるリスクがあるから、俺の顔が渋いままなんだ…」


 良二はそれを聞いて、声を震わせながら口を開いた。


「きょっ、きょ…恭介や…。お願げぇだから、2人の恋愛劇場を、ここでやるのは勘弁してくれ。そうなったら、誰も手が付けられねぇからな…」


 そんな会話をしているうちに、陽葵と白井さん、それに諸岡が工学部の食堂に入ってきた。

 俺たちの姿を見つけると、陽葵がルンルン気分で俺に向かって駆け寄ってきた。


 それを見た白井さんが即座に止めに入った。


「ストップ!!陽葵ちゃん!!。このまま三上寮長とイチャついたら、周りが恥ずかしくなってしまうから自重してね!。」


 陽葵はその白井さんの制止に周りの状況に気づいて、顔を紅くして下を向いてしまった。

 その白井さんのストッパーが、今はとても有り難かった。


「白井さん、マジに助かったよ。陽葵にストップをかけなかったら、とても恥ずかしすぎたよ…」


 白井さんはホッとした表情を浮かべると、俺に陽葵のぼやきを言い出した。


「三上寮長、聞いて下さい。陽葵ちゃんは寮長にアーン♡をさせたくて、あんなに難しい微積の講義をルンルン気分で聞きながら、凄まじい勢いでノートを書いていたのよ。それで、講義の中盤で配られた今日の課題も、講義中に終わらせてしまったの…。」


 俺はそれを聞いて、これは早急に説得しなきゃならぬ事態だと察した。


 陽葵は俺にアーン♡をしたくて、恭介さん大好きパワー全開で、苦手だった微積をあっさりと片付けるぐらい気合いが入っているのだ。


 白井さんからそれを聞いた俺は、とっさに寮長モードを1000%にした。


 寮長モード1000%に関しては、その姿に陽葵がとても惚れてしまっていることを利用して、アーン♡を阻止する言葉を俺はズッと考えていたのだ。


 そして俺は賭けに出た。


『適度なタイミングで白井さんがツッコミを入れないと、この寮長モード全開の影響で陽葵がベタ惚れになってしまう。そうすると、作戦自体が崩壊して余計に混沌としてしまうから大変な事態になる。お願いだから、適度なタイミングで白井さんはツッコミを入れてくれ!!。』


 そう願いながら、俺は寮長モード1000%で、陽葵に優しい眼差しを向けて微笑みながら陽葵に声をかけて説得を始めた。


 このモードになると、俺の声色が普段と違うから、周りは少し吃驚するだろう。


「陽葵。」


 陽葵は俺の目を見た瞬間に、両手を組んで目がハートマークになった。

「はい♡」


「ふふっ、駄目じゃないか。俺のためにアーン♡をやりたいがために、講義も聴かずに課題をやってしまうなんて…。でもね、こんなところでアーン♡なんて、やったら恥ずかしすぎるから、ここは2人だけの秘密にしなきゃ駄目だぞ☆。」


 陽葵は、俺の寮長モードフルパワーに惚れ込んでいるから、顔をほんのりと赤く染めて、優しく微笑みながら俺に言葉を返した。


「恭介さん♡、だって、早くアーン♡をしないと、ここにきて、食堂の人がオマケをしてくれないかも知れないわよ。食堂の人の好意を無駄にしてはいけないわ♡。もぉ、恭介さんったら恥ずかしがり屋さんなんだからぁ~~♡」


「陽葵。そんなことをしたら、俺が先に陽葵にアーンをするから覚悟しろよ。陽葵だってアーンをされたら恥ずかしいだろ?。やっているウチは、無我夢中だから恥ずかしさを忘れているけど、後から恥ずかしくなって、俺の影に隠れちゃうのがお約束じゃないか…。」


「きょっ、恭介さん♡。それは、だ・め・よ♡。こっちが恥ずかしすぎるから、わたしがアーン♡をするの♡。もぉ、カッコ良すぎて、このまますぐにアーン♡をしたい気分だわ!!」


 陽葵はもう、俺にメロメロ状態だから、これ以上の言葉のやりとりは、色々な意味で危険をはらんでいる。


 陽葵を少しだけ現実世界に引きずり込むには、白井さんのツッコミがとても有効なのだ。

 白井さんが放つ言葉には、あっちの世界の引きずり込まれた陽葵を現実に戻す、魔法のような力を持っているのだ。


 それを見ていた周りは、俺と陽葵の会話を聞いて、息を呑んでいた。


 特に良二や宗崎、村上は、祈るような気持ちで手を合わせているし、良二を横目でチラッと見ると、額から脂汗が流れているのが分かった。


 そこで、ようやく、白井さんがツッコミを入れてくれた。


「三上寮長ぉ~~~!!!。そんなにカッコよくて、ビシッとした姿で陽葵ちゃんを説得したら、アーン♡どころじゃなくて、行くところまで行ってしまうわ!!!。もう、陽葵ちゃんは三上寮長を見てハートマークでいっぱいよ!。わたしだって、このまま寮長をみていたら、我を忘れて惚れてしまうわ!!。」


 それを少し離れたテーブル席から聞いていた諸岡が脂汗をかきはじめた。

 ちなみに、みんなはこの姿をみて、椅子から立ってその様子をジッと見ている。


『諸岡よ、すまぬ。白井さんはタイプじゃないから、横取りなんてあり得ないから安心してくれ。』


 心の中でそう思いつつも、白井さんはさらに俺に向けて言葉を続けた。


「もう、そのシチュエーションが美味しすぎて、夕飯前に野菜炒め定食大盛りを頼んで食べてしまうから、その戦法で陽葵ちゃんを説得するのは止して!!!」


 俺はその瞬間を待っていた。


 白井さんは体重増加を考えて、野菜炒めを頼んでいるのにも関わらず、定食にして、しかも大盛りにする感性に、内心、吹き出しそうになるのをこらえながら、俺は陽葵に優しい眼差しを向けて話しかけた。


 今の陽葵は少しだけ、現実世界に引き寄せられているから、これを逃すとチャンスが二度とやってこない気がした。


「陽葵。」


「はい♡」


「白井さんが言ったとおりさ、このままだと、俺たちのラブラブを周りに当ててしまって、気づいた頃には恥ずかしすぎるから、アーン♡は止そうね。そんなことをしたら、恥ずかしすぎて、ここで、ご飯を食べられなくなるよ。」


 陽葵は俺の言葉を聞いて『恭介さん大好き♡』の世界から『現実世界』に完全に帰ってきたようだ。

 目の色が普通に戻っているので、ここは勝負に出るべきだと判断した。


 俺は、現実世界に戻ってきた陽葵に、優しい目をして、陽葵の頬に優しく手を当てた。

 ここは、陽葵の心に絶大なるインパクトを与える必要があると考えたからだ。


 白井さんは、それを見てツッコミを入れられず、たまらず、両手を組んで顔を少しだけ紅くした。

 そして、俺は陽葵に顔を近づけると、みんなは俺が陽葵にキスでもするかと勘違いをしていたようだ。


 陽葵も、俺がキスをするかと思って、頬を赤らめながら目を閉じて俺がキスをしてくるのを待った。

 俺は、そんな周りの警戒感に構うことなく、陽葵の耳元でささやいた。


「この課題が終わったらさ、宗崎の家の近くに回転寿司屋ができてオープンしたから、みんなで一緒に行くぞ。オープン記念で茶碗蒸しと味噌汁が無料だから、お得だよ…。」


 陽葵はそれを聞いた瞬間に俺の右手を取ると、この前、自分の家族や俺に見せたように、片足でバレリーナのようにクルッと1回転して、とても嬉しそうに喜んだ。


「うん☆。みんなの課題が終わったら、一緒に行きましょ♡」


 こうして、この食堂で、可愛い陽葵ちゃんが、俺にアーン♡をする非常事態を、ギリギリのところで回避したのであった。


 この様子をじっと見ていた、良二、宗崎、村上、白井、諸岡の5人は、床に座り込んで、全ての力が抜けたように、グッタリとしていた…。


 俺と陽葵のやりとりを、冷や汗をかきながら聞いていた良二は、床に座り込んだまま本音を吐いた。


「恭介や、奥さんへの説得方法が、色々な意味でギリギリすぎて危ねぇよ!!。一瞬、お前が暴走したかと思ってヒヤヒヤしたわ!!」

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