目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

~エピソード8~ ⑦ 少し穏やかさを取り戻した大学生活。~2~

 ほんのりと顔を赤らめて恥じらっていた陽葵は、1.5倍に盛られたエビチリをトレイに乗せて、俺が座っている席に向かって歩いてきた。


 その様子を見ていた良二は、陽葵がアーン♡を本気でやろうとしていることを察すると、慌てて席を立った。

 俺がみるみるうちに顔が青くなるのを見て、これから起こることを予見したのだろう。


 陽葵はエビチリがのったトレイをテーブルに置いて、恥じらいながら俺の隣の席に座った時点で、良二が、俺にアーン♡をするのを全力で止めに入った。


「奥さん!!。食堂のオッサンの話は冗談だからね!!。ここで恭介に、アーン♡なんてしたら、この場にいる全員が悶えて死んでしまうから止してくれ!!」


 こうなった陽葵は、なかなか止まらないことは、俺も重々、承知していたし、特に陽葵と入学当初から接点がある白井さんをはじめ、良二や村上、宗崎も、そのことを十分に理解していた。


 次に陽葵のそばに飛んできたのは、俺たちのツッコミ役を自認している白井さんだ。


「陽葵ちゃん!!。ここで三上寮長にアーン♡なんてしたら、みんなが気絶してぶっ倒れてしまうわよ!!。2人は、それでなくても熱愛すぎて、ラブラブで満ちあふれすぎているから、こんなところで、愛情全開でアーン♡をしたら、愛の絶対障壁で半径5メートル以内にいる人を(精神的に)殲滅させてしてしまうわ!」


 顔をほんのりと赤らめていた陽葵は、2人の制止を、少し色気を込めた笑顔で振り切った。

 良二は、そんな陽葵の色っぽい姿を見て、ポカンと口を開けて何も言えなくなった。


 他のメンバーは、その状況に、呆然としていて口をあけたままだ。


 泰田さんと、守さんはこれから起きる事を、少し顔を赤らめて恥じらいながら、俺たちをじっくりと観察しようとしている様子が見えて、俺は内心で長い溜息をついていた。


 そして、俺は席に座った陽葵に、いちおうの抵抗を試みた。


「ひっ、陽葵さま…。あっ、あ、あの…、アーン♡は冗談だと思うので、その…それは、家に帰ってからでも良いのでは?。あ、あ、あの…恥ずかしすぎて…そのぉ、ここでは無理です…。はい。」


 周りに座っていた面々は、俺が珍しく恥じらって慌てている様子を見て、尋常ではないことを悟って注目をした。


 陽葵は、俺が放った奇妙な敬語を使って拒否の姿勢を示したから、こんどは色っぽく恥じらって迫ってきた。


「もぉ~~♡。恭介さんったら♡。だ・め・で・す・よ♡。これだけサービスしてもらっているし、毎日のように、私たちにはオマケを頂いているのよ?。それに応えないと、次から良くしてもらえないわ♡。」


 陽葵は、完全にアーン♡をやる気でいる。

 俺が相当に慌てた姿を見た陽葵は、悪戯っぽく笑いつつ、恥じらいと色っぽさを込めながら、俺の頬をツンと軽く突いた。


 それを見ていた、このメンバー以外のギャラリーが、相次いで俺たちの目の前で立ち止まって、一斉に見はじめた。


 少し離れた所から、調理師さん達がニヤけた表情でこっちを見ているのが分かった。


 白井さんは、そんな陽葵の艶やかな姿に気圧されつつ、陽葵は俺にアーン♡をやる決意が固すぎて、テコでも動かないことを察したが、最後の抵抗を試みた。


「陽葵ちゃん!!。目を覚まして!!。このままでは、アーンをした後に、もう死にかけている三上寮長が(精神的に)爆死してしまうわ!!。このあと、講義が終わった後に微積の課題が必ず待っているのよ。これでは三上寮長はおろか、村上さんや宗崎さん、本橋さんや泰田さんたちまで(精神的崩壊によって)死んでしまって、講義どころではなくなってしまうわ!!」


 陽葵が、俺にアーン♡をやろうとしているコトに、ギャラリーを含めた周りが、白井さんの言葉に激しく同意しつつも、内心は『このままアーン♡をやってくれ』という強い想いが交錯して、誰もが白井さんに同意できなくなっていた。


 しかし、良二は、激しく首を横に振って、邪念を払うかのように、陽葵にもう一度、アーン♡を思いとどまるように説得した。


「奥さん、このままでは、恭介が悶え死んでしまって、この後の講義に差し支えがあります。そんなに艶っぽく恭介に迫ってしまったら、コイツだってウンと言いざるを得ないですよ。こっちも恥ずかしすぎて見てられません。今日の講義は、奥さんたちも含めて早く終わるから、ここで課題をやりましょう。課題が終わった後に、軽く何か頼んで食べながら、仕切り直しても良いじゃないですか…」


 俺は即座に抗議の声をあげた。

「良二!!。それでは意味がねぇ!!。どっちみち、アーン♡は避けて通れないじゃねぇか!!」


 陽葵を思いとどまらせて、その場を制したのは、調理場でその様子を見ていた調理師さんだった。


「大丈夫だよ、寮長さん。ちゃんとエビチリの材料は残してあるから、また講義が終わったら、綺麗なお姉ちゃん達と一緒に来るといいよ。大丈夫、その時は大サービスするよ!。」


 調理師さんと良二の説得を聞いた陽葵は、やっと納得して、とりあえず引き下がった。


「それなら、講義が終わった後のお楽しみにするわ。もぉ~♡、恭介さんったら、恥ずかしがり屋さんなんだから…♡。」


 泰田さんや守さんをはじめ、白井さんまで『綺麗なお姉ちゃん』なんて言葉で乗せられたので、女性陣はすぐに納得して、もう講義後にこの食堂に再び来る気が満々になっている。


 一方で男性陣は仲村さんを含めて、ひとまず安堵をしていた。

 ギャラリーは残念そうにしていたヤツもいたが、各々がテーブルに戻っていった。


 俺はとりあえず、やる気満々だった陽葵が矛を収めた様子にホッとして、陽葵が作った弁当を食べながら、滅多に食べられないエビチリも食べつつ、長い溜息をついた。


 陽葵は、講義後に、再びアーン♡をやる気になっているから、艶っぽさを残しながらも、ご飯を食べている。


 それなので陽葵は周りの雑音が全く聞こえていない。

 それを見ていた、隣の席に座っている仲村さんが俺にソッと耳打ちをした。


「そんな慌てた姿をした三上さんを見たのは初めてだけどさ、男として同情するよ。あんなに綺麗で可愛い彼女さんに艶っぽく迫られたら、俺だって三上さんのようになってしまう…。」


 俺も小声で仲村さんの言葉に返事をした。


「仲村さん、申し訳ないです。入院中も同じような事態があって、棚倉先輩たちに見られてしまって、大騒ぎになりました。あの時はギプスもはめていて、手が不自由だったので、ある意味で仕方なかったのですが…。」


 それを聞いた仲村さんが、エビチリを食べながら頭を抱えた。


「三上さん、それは大変だったよ。その時は偶然が産んだ事故だったのことは容易に想像できるけど、霧島さんは、それもあって、アーン♡をすることに抵抗感がないかもね。男としては、こんな可愛すぎる女性から、そんなことをして貰えるのは幸せ過ぎるけどさ…。」


 良二はエビチリを食べながら、その話をに乗ってきて、あきらめ顔になりつつ声をかけてきた。


「恭介や、悪いけど、奥さんがアーン♡をするのは止められない。ただ、講義をやって課題を終えた後なら、やったとしても、その後のダメージが少ないから究極の選択をさせてもらった。今のお前では、判断ができる余裕なんてないだろう?。奥さんから、あんなに艶っぽく迫られたら、男として承諾しかない状態なのは、よく分かるからさ…。」


「良二、悪かった。だけど本音は、課題が終わった後のアーン♡もやめてほしい。恥ずかしすぎるから、せめて家の中でしてくれるように、なんとかお願いしてみるよ…。」


 それを聞いていた陽葵は俺をジッと見て、色っぽさを残しながら俺の頬に手を当てた。


「恭介さん♡。恥ずかしくなって逃げていては駄目ですよ♡。もぉ~~♡、恭介さんが望めば、いまからでもアーン♡はできるのよ…。フフッ♡」


 俺は静かに首を横に振って恥ずかしさのあまり下を向いた…。


「ひっ、陽葵さまぁ~~。でっ、で、でっ、できれば課題が終わった後にして下さい!。周りのダメージが大きすぎて、連中が興奮状態になって、この後の講義まで荒れてしまいます。勘弁して下さいぃ~!」


 仲村さんや良二、宗崎や村上、そして、諸岡までもが、俺の情けない声を聞いて、俺に向かって手を合わせていた。


『俺は即身仏じゃねぇぞ…』


 そんな、みんなのツッコミをに耐えつつ、俺は目の前の食事に集中することにした。


 ◇


 午後の講義は有坂教授だった。


 今週の前半は学会で休みだった後だったので、詰め込みで講義が進むかと思ったら、滝沢教授と同じように、文化祭の話から入った。


 そして、お約束の如く、有坂教授から教壇の前に立つように促されると、俺はマイクを持って、まずは有坂教授に今日の講義の件を問いただした。


「教授、滝沢教授も文化祭のことで講義を終えたのですが、有坂教授も同じでしょうか?。」


 有坂教授は俺の質問に対して笑いながら答えた。


「三上くん、滝沢教授は今日から学会で出張になるから、私と同じことを考えていているようだね。ウチも先週は課題やレポートが多かったと思うぞ。冬休みまで、この講義で理解が不足していて不安のある者や、単位が危うい学生諸君のペースに合わせようと思っているからね。」


 教授はやっぱり講義そっちのけで、俺の文化祭での話をリアルで見ていた立場から、もっと詳しく話し始めた。


 寮のブースで出したカレーの味や、いもフライのこと、それに、じゃがいも入りの焼きそばのことまでしっかりと語った。


 さらには、教授の学生時代で、高木さんにメッチャ怒られた話をしながら、高木さんが激怒しているところを俺が止めて説得した話までしてしまった…。


 教授は月曜日に俺たちが追われて警察に逃げ込んだ話も知っていて、怪しい奴がいたら必ず、教授や学生課、それに、俺たちに声をかけるように、学生達にお願いをしていた。


 そして、俺が憂鬱になる質疑応答になった。


『もう面倒くさくて、質疑応答をすっ飛ばしたい…』

 そんな嫌な気分で有坂教授からマイクを受け取ると、学部の連中から悪戯っぽく手を挙げる奴が複数いた。


『しまった、陽葵の件は質問しても答えないと言っておけば良かった…』


 その中の1人が、悪戯っぽい笑みを浮かべながら、俺が指名をしていないのに勝手に質問をしてきた。

「三上、食堂のオッサンが、お前の彼女に向かって、お前にアーンをしろと言っていたようだけど、そのあと、どうなったんだ?」


 あまりにも、お約束過ぎる質問に、俺は少しだけ溜息をつくと、とりあえず思いっきり否定した。


「あんな昼時の混雑している時間帯で、あーん♡なんてできるか!。あんなところで、そんなことをしたら、お前らも食事どころじゃねぇだろ?」


 俺の言葉を聞いて、みなからドッと笑いが起こった。


 良二は、滝沢教授の時に余計な事を言った反省があるようで、ここは何も突っ込んでこなかったが、良二や村上、宗崎が、俺に向かって手を合わせていたので、この講義が終わった後に起こりうる事態を想像して、俺が陽葵にアーン♡をした際に、精神的に即死してしまう俺を弔っていた。


 次に少し真面目な奴が、まともな質問をした。


「三上は最近、彼女さんと一緒に、色々な学生から声をかけられているのを見るから、こっちが気の毒になってきたけど、月曜日に後をつけられたのは、やっぱりウチの学生なのか?」


「ウチの学生だけじゃなさそうだよ。2人にあとをつけられたけど、その犯人の顔を見ると、カルト宗教から派遣されている一般社会人が入り交じっているようだ。奴らはカルトに洗脳されているから、一般常識なんて通用しないからタチが悪そうだ…」


 その後は、俺と陽葵の交際の進行状況を聞かれたり、学生委員長の延岡さんや、文化祭実行委委員長の金谷さんについて、じかに話をした印象を聞かれた。


 そんな話をしているうちに、あっという間に時間が流れて、今日は俺の話だけで有坂教授の講義が終了してしまったのだ。


 俺は、課題の負担が減ったことに内心はホッとしたが、この後に待ち構えている『あ~ん♡』を、どうやったら回避できるかを、ずっと考え続けていた…。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?