-時はまだ現代。-
葵が寝静まって、恭治も宿題に追われている頃、このDMの続きを書いていたら、諸岡のアカウントで、白井さんの連名で返事が届いていた。
たぶん、長文だから読むのに疲れただろうし、白井さん(諸岡の妻)も、返信を夫婦の連名で返したのは俺も正解だと思った。
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三上寮長。
あまりにも長文のメールに、夫婦共々、吃驚していますが、あの騒動の裏で、寮長がかなり苦労していたことが分かりましたよ。
警察署で、待っている間に理事を直接かけあって、強い言葉で意見を言えたのは凄かったですよ…。
私や女房も、三上寮長の車には、だいぶお世話になりましたね。
年を越して2月から3月になったあたりで、電車に乗ると、必ず闇サークルから追いかけられるから、嫌気が差して休日に私と女房を誘って、松尾さんや棚倉先輩に気分転換をしたいからと正直に話して、海までドライブに出かけたことを思い出しましたよ。
それと、恥ずかしい文章もありましたが、あの勢いで奥さんと、そうなってしまうのは分かりますよ。
あんなに切羽が詰まった状況なら、愛し合っている人の温もりが欲しくなってしまいますから。
どんなに長文でも、うちの女房と一緒に楽しく、そして懐かしく読ませてもらってますよ。
今まで新島さんにだけに、そんな話を書き綴って送っていたのが、勿体ないぐらいですよ。
私たちが求めている真相に関しては、もう少し時間がかかりそうだけど、ここでも、私たちが分からなかった事実が次々と判明しているので、このままの調子でズッと書いて欲しいです。
女房もそう願っています。
*ここで女房とメッセージが代わります。
三上寮長、それに陽葵ちゃん。
ある程度のことを旦那が書いてくれたから、私はザッとしか感想を書かないけど、相当に長いメールで小説を読んでいるような気分だったわ。
わたしや旦那は、学生課や寮監・寮母などから、この事件に関しては、漠然としたコトしか聞いていない印象だったけど、実際の当事者は、頭が痛いほど大変だったことがよく分かったわ。
それと、学生委員が面倒なのはよく分かっていたし、三上寮長が逃げる気持ちはよく分かるわ。
あんなお堅い人たちに囲まれたら、陽葵ちゃんも三上寮長も駄目になってしまうもの。
それに、あんなに卑猥な街に行って、カルトから逃げられたのは奇跡だと思ったわ。
これから新学期まで、アイツらにキッツく追いかけられていたけど、私たちも呼んで、最終的には大捕物的に、追ってる奴らを追いかけていたよね。
確か、三上寮長の学友の誰かが、カルトの1人を引っ捕らえて、そこから下火になったと思ったら、急に過激さを増して、警察まで動員する羽目になったのよね。
そこから先は、事件が解決した新学期まで、完全に車通学だったコトを思い出したわ。
三上寮長があの状況になって、お腹を壊すのも、よく分かるのよ…。
私だって、仮に木下さんが病気で休学になって、半年間ぐらい臨時に寮長をやれなんて言われた上に、あんな闇サークルに追いかけ回されたら、精神が完全に崩壊しているわよ…。
返事が長くなったけど、寮長の続編を待ってます。
大丈夫よ。
文章が長くなっても、旦那と一緒に仲良く読むから、気にしないでバンバン送ってね。
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隣で諸岡夫婦の返信を読んでいた陽葵がクスッと笑った。
「ふふっ。2人とも、それぞれの性格が出ている返信で面白いわ。あの時に本橋さんが偶然に、あの髪の長い男を見つけて、宗崎さんと隣にいた棚倉さんと一緒に捕まえちゃったのは凄かったわ…」
「まぁ、それは随分と先のことだからなぁ…。あの後、担当刑事から連絡を受けた鉄道警察が真っ先に来て、鉄道警察署内で、俺たちは事情聴取を受けて面倒だったコトは今でも覚えているよ…」
「あなた、それよりも、今の続きよね。新島さんも、諸岡さん夫婦も、このことは知らないから少し楽しみにしているのが分かるし、私もかなり楽しみなのよ。みんな先走って、自分が分かっている話だけを書こうとするから、あなたは少し困っているわよね…」
「まぁ、そうでもないよ。かなり昔の話だから、それを具体的に思い出すのに、断片的な情報があると、思い出しやすい側面もある。あまり話してもらっても困ってしまうけどね…」
陽葵と俺は互いに顔を見合わせてクスッと笑った。
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さて、時を19年前に戻す。
俺たちは、良二や宗崎、それに仲村さんや泰田さんと守さんが主体となって、陽葵の送り迎えを担当した。
そこに白井さんや諸岡、三鷹先輩や木下、それに、棚倉先輩や村上なども加わって、賑やかな朝夕の送り迎えが続いた。
三鷹先輩などは、俺や陽葵などが握手を求められたときに、ノリで三鷹先輩が俺たちに握手をしてきた人に対して、握手を求めるから、男子学生などは陽葵と三鷹先輩の美貌を見て、鼻の下を伸ばしていた奴もいた。
先輩は、男子が言い寄るような綺麗な美貌を持っているのだが、五分の一程度のお喋りで留まれば、世の男子が言い寄ってきただろうが、世の中はそんなに甘くはない。
棚倉先輩はひたすら俺たちを守るべく、握手や声かけをしてきた学生に挙動不審な点がないかを、じっくりと見張っていた。
対照的に白井さんや諸岡や村上はいつもの調子で俺たちを見守っている感じだったが、やっぱりいるとここ強かった。
それで、お昼になると、陽葵や白井さん、それに諸岡の他にも、泰田さんや守さんや仲村さんも工学部のキャンパスに来て昼食を食べるような日々が続いた。
泰田さんや守さん、それに仲村さんは、工学部学食の担々麺と麻婆豆腐にハマってしまって、それを日替わりに交互に頼んで昼飯を楽しんでいた。
日を追うごとに、声をかけてくる学生が少なくなってきて、少しだけ気が楽になってきた木曜日のことだった。
俺たちは午前中の講義が終わって、昼ご飯を食べに食堂に向かう途中で、良二や宗崎、村上に本音を吐き出した。
「こんな贅沢なんて許されないのだろうけど、陽葵の家で朝夕の飯を食わせてもらって、毎日のようにお弁当を作って貰っているけどさ…。寮の朝飯や夕飯が恋しくなるし、土日は寮で過ごしたい気分に鳴るときもあるよ、こんなコトを言ったら、みんなからぶん殴られるのだろうけど。」
良二は俺の言葉にしきりにうなずいていた。
「恭介や、それは分かるよ。だって、嫁の家とはいえども、他人の家だからさ。お前も、どこかで気を遣っているし、精神的に体が休まっていないと思うぞ。」
「それはあるかもな。ここ一週間は、陽葵の家に帰ると、年末に向けて、陽葵の家の年賀状作りでひたすら住所をソフトにぶち込んで、年賀状のレイアウトを考えて…なんてやっていて時間が潰れている。それと同時進行で、小学生の陽葵の弟のゲーム相手をしたりして過ごしているよ。だって、タダ飯を食わせてもらってるし、寝床を提供されているから、何かしてやらないと気が悪くてさ…」
それを聞いて村上が溜息をついた。
「それは、気を遣うから大変だろうと思っているよ。毎朝、あんなに美人で可愛すぎる奥さんの顔を拝める、お前は幸せだと思うが、向こうの親や家族と常に一緒だから、少し辛いだろうと思ってさ…」
続いて宗崎も心配そうに俺を見ていた。
「最近の三上は、確かに食生活が改善されて血色は良くなったけどさ、心労で顔が心なしか青白い気がしているよ。文化祭でかなり疲れているところに、知らない人間に声をかけ続けられて、あんな奴らに追い回されたら、それは最後には嫌になるぞ。」
「今週の日曜日の夕方からは、とりあえず正常軌道に戻るから、ホッとしてるよ。ただ、とりあえず冬休みまでは、車での送り迎えになるから、変な神経を使う事になるけどな…。」
良二は俺の言葉にうなずいた。
「恭介や、今のお前はそれが一番だと思うよ。電車やバスでの見張りは人が多すぎるし、俺たちも神経を使うから気が気でないよ。月曜日の尾行なんて、俺から言わせれば、最初に、よくあのチャラい男の視線に気づけたと思うし、そのあたりはさすがは恭介だと思ったよ。」
「三上は何処かで神経をすり減らしているから、疲れていると思うよ。確かに車での通学は、気を楽にするための選択肢だろうと思うよ。俺たちも後部座席に3人で乗せてもらうコトもあるから楽で良いけどさ…」
村上がそんなコトを言い出して、俺が言葉を選んで何かを言おうとしたときに、食堂で少しだけ行列ができているのが見えた。
思わず良二が声をあげる。
「あっ、今日は50食限定のエビチリじゃねぇか…」
よく見ると、陽葵や白井さん、諸岡や仲村さん、それに泰田さんや守さんも並んでいる。
そのうちに、調理師さんが陽葵を見かけて声をかけたのが聞こえた。
「あれ、美人なお姉さん。いつも寮長さんと来てくれてありがとうな。そこにいる綺麗なお姉さんたちは並ばなくても今日は余計に用意してあるから大丈夫だよ。」
その話に周りから抗議の声があがる。
俺もたまらず、調理師さんに苦笑いしながら話した。
「あのぉ…。私たちとしては、有り難い限りですが、さすがに不公平だと思うので、できることなら並ばせて下さいよ。講義や研究時間が遅れて食べたくても食べられない学生や院生も多いですから…」
俺の言葉に、周りから同意の拍手まで起こっている。
それに対して調理師さんは真っ向から否定した。
「いや、寮長さん、君の言い分は全くもってその通りだし、やっぱり寮長らしい意見でソレはごもっともだよ。でもね、ウチとしては、こんなに可愛い女子学生を連れてくる寮長さんには感謝しなきゃならない…。」
「そうは言っても、男女合わせて10人足らずの常連が増えたところで、売上的には変わらないでしょう?」
調理師さんは激しく首をふった。
「甘く見てはいけないよ。君がこんなに美人な子たちを毎日のように連れてくるから、それを見たさに食堂を利用する学生が今週は随分と増えていて、目に見えて売上が上がっているんだよ。それを思うと、数量限定のエビチリを、この美人さん達に無償提供しても、ウチは宣伝広告費で採算が取れる格好だよ。」
俺はそれを聞いて激しく溜息をついた。
男所帯の工学部のサガだろうが、女子学生が毎日のように工学部の食堂を訪れるから、物見遊山で食堂を利用する奴が増えたのだろう…。
まぁ、ウチの学部らしい現象だが、それを聞いた陽葵や白井さん、泰田さんや守さんが目をぱちくりしながら俺と調理師のやりとりを聞いているのが分かった。
陽葵は俺に寄ってくるとジッと俺を見つめて何か言いたげだった。
「陽葵さぁ、この件は調理師さんに従おう。陽葵は女子校だって言っていたけどさ、そんな女子校に、毎日のように美男子が学食に出入りしていたら、人だかりができるのは分かるよね…」
それを聞いた女性陣は激しくうなずいて、その場をおさめて、数量限定のエビチリを並ばないで手に入れる事ができたのだ。
しかも、俺たちには人数分のエビチリが用意されいて、最初はタダと言ったが、流石にそれは気が引けるので、おれたちは食券を買って調理師さんに手渡して、無料じゃ駄目だと言って、周りが白い目を向けるのを切り抜けた。
ただ、陽葵にエビチリを渡したときの調理師さんの冗談は、とても余計だった。
「寮長さんの美人な彼女さんには、エビチリを1.5倍にしてオマケしてあげるよ。そのかわり、彼氏にアーンをするのが条件だぞ。」
陽葵はニッコリ笑って、調理師さんから少し増量されたエビチリを受け取ったが、席に座っている俺に向けた目の色が明らかに変わっていたのが分かった。
『まずい、陽葵はガチでアーン♡をやるつもりだ…』
俺は、それについて、ある種の危機感を抱いて、その場から逃げたいのを、こらえながら顔がみるみるうちに青くなるのが自分でも分かった。