俺はこのあと、お袋に電話をして、レンタカーで行くことを伝えると、それを聞いて安心した様子だった。
その電話を終えると、陽葵のお母さんが待っていたかのように話しかけた。
「今日は回転寿司よ。だって、陽葵が心なしか落ち込んでいるし、大好きな寿司を食べて、気分転換をしようと思ったのよ。」
それを聞いた陽葵の目が輝いて、いつか見たようにバレリーナのごとく片足で一回転して、うれしさを爆発させて俺に抱きついた。
「やったぁ~♡。回転寿司は色々なメニューが食べられるの良いのよ♡」
陽葵の両親や颯太くんがいる前で、抱きつかれた俺は恥ずかしかったが、少しだけ陽葵に突っ込んだ。
でも、あえて陽葵に抱きつかれたままの状態でいた。
「嬉しいのはわかるけどさぁ、普通の寿司よりも回転寿司が良いのは、デザートを含めてサイドメニューも充実しているからか?」
「ちょっと違うのよ。別にデザートやラーメンがあっても好んで食べるわけじゃないわ。好きなネタを選びながらに自分のペースで食べられるのが好きなのよ。」
「なるほどなぁ、そうだ、実家から帰るときに、チェーン店とは違って、本格的なネタで良質な回転寿司があるから、そこに寄ってみようか。」
それに関して真っ先に、陽葵のお母さんが反応した。
「交通費やガソリン代も私たちで出そうかと思っていたけど、大学が出してくれるから助かったのよ。そのぶん、奮発しちゃうわ!」
陽葵は嬉しさのあまり、さらに、俺をキュッと抱きしめたが、あまりにも恥ずかしいので、そろそろ、陽葵を現実世界に戻すことにした。
「陽葵さぁ、ご両親と颯太くんも見ている前だと、ちょっと恥ずかしいかな…」
陽葵は慌てて、俺から離れたが、時はすでに遅すぎた。
お父さんとお母さんは、クスッと笑っているし、颯太くんは俺と陽葵をシッカリと見つめていた。
「大丈夫だよ。だって、お姉ちゃんと恭介お兄ちゃんは結婚するから、お姉ちゃんに抱きしめられるなんて普通だよ。お姉ちゃん、今日は回転寿司だから、嬉しすぎて踊るのはいつものコトだし、ボクにも抱きついきたこともあったから、恭介お兄ちゃんも、家族だから同じだよね!!」
颯太くんの純粋な言葉に、陽葵の両親や俺は思わずクスッと笑ってしまった。
そして、陽葵は顔を真っ赤にして、颯太くんを叱った。
「颯太!!。もぉ、恥ずかしいからやめて!!」
俺たちはバスを使って回転寿司屋に行くことにした。
この時間帯は、まだ通勤で乗り入れする客が多いから、バスは待たずにすぐに来る。
俺はバスを待っている間、少しだけ皆を期待させるコトを話した。
「もしも、私の車が来たら、平日は寮に戻って駄目ですが、金曜日から土曜日の夜は、お母さんの買い物や、こういう外食や出掛けるときに、私の車を使いましょう。とくに買い物はまとめ買いができるから、重宝するはずですよ。」
それを聞いた、陽葵のお母さんはとても喜んだ。
「恭介さん。是非お願い!!。お米や油とか水が重くて大変だから、いつも苦労するのよ。颯太に少し持ってもらうこともあるけど大変なのよ。そうそう、米や油も量が多いほうが安いし、食材なんかも、まとめ買いをすれば、買い物の頻度も減るし、負担も楽になるわ。」
「喜んで行きますよ。これだけお世話になっているから、使い魔になりますから。ただし、事件が解決すれば車は使えなくなるので、その時はご了解下さい…。」
それでも、陽葵のお母さんは嬉しそうだった。
その機嫌の良さを見て、陽葵のお父さんも、心なしか、上機嫌のような気がしてた。
俺達はバス停に止まったバスに乗ると、15分ほどで回転寿司屋に着いた。
車で15分の距離を歩くのは2時間程度、かかるだろうから辛いだろう。
回転寿司屋に入ると、陽葵は笑みを浮かべながら、ジッと寿司を見て、好きな物を選びながら幸せそうに食べていた。
それを見て俺は、陽葵の可愛さにノックアウトされながら、できるかぎり、生ものを避けて食べていた。
これには理由があった。
俺の実家は車で1時間程度かかるとは言え、山に登れば、海が見渡せるような場所にある。
峠がある影響で、海に行くまで時間がかかるだけで、何もない直線だったら、車で30分もしないうちに着くだろう。
そういう地理関係もあって、周りの寿司屋や食堂、市街地に入れば回転寿司屋もあって、家族で行く事もあるが、仕入れているネタが、ここと違って鮮度も良い。
もともと、お腹が弱い俺は、鮮度の落ちた刺身などで、お腹を壊すこともあるから慎重になっていた。
今日は、かなりの心労もあったし、そうなると余計にお腹をこわしがちになるから、食べるネタに気を遣っていた。
これも、昨日は文化祭で疲れていた上に、今日の出来事があったので、余計に心労が溜まっていた。
こんな事がなければ、俺も普通にネタなどを気にせずに寿司を食べていただろう。
俺が退院祝いで陽葵の家でご馳走になった寿司は、寿司屋の高級な部類だったので、鮮度も良くて食べられたのだが…。
それに気付いた陽葵のお父さんが俺に声をかけた。
「あれ?恭介くんは刺身が苦手なのか?」
俺は静かに首を横に振って上手く取り繕った。
「ちょっとお腹が弱くて緩いので、少しだけ生ものを控えているだけです。今日は色々とあって、精神的に参ってしまっているから、そうすると、お腹にきてしまうコトもあるので…」
それを聞いて陽葵のお母さんが心配してた。
「恭介さんは、退院したときに、お寿司を美味しそうにパクリと食べていたのを見ていたから、今日は、食べているネタを見て心配していたのよ。陽葵なんて回転寿司になると、恭介さんのことも気にも留めずに、あんな調子で食べているから、こっちが心配になるわ…」
ふと陽葵を見ると、俺や陽葵の両親の話なて気にも留めずに、颯太くんと一緒に嬉しそうに寿司を食べている。
その表情は純粋そのもので、可愛すぎるからズッとみていられるのだが…。
「今日は恭介くんの仲間がいて、みんなで助け合ったと聞いているが、自分の車を出して陽葵を送り迎えしてくれるほどに、色々なことを考えているだろうし、うちの女房から聞いたけど、陽葵が狙われる前は女子寮生が狙われていたらしいから、立場上、余計に心労が絶えないのは分かるよ。」
俺は、そういう話をしながら、寿司職人が、その場で握ってくれた炙りマグロを手に取って、ワサビを多めに付けて食べると、陽葵の両親は少しだけホッとしたようだ。
自分としては、炙りが加わるコトで、できるかぎり生で食べるのを避けたい狙いがあった。
寿司を食べながら、俺は陽葵のお父さんの話に答えた。
「なまじ、寮長なんかしていると、余計なことを考えてしまって、訳が分からなくなるコトもあります。こんな嫌な案件が片付けば、いつもの調子に戻りますから大丈夫ですよ。」
そんな話をしながら、陽葵と颯太くんが和やかにしている様子を見て、微笑んだ表情を浮かべながら、俺は慎重にネタを選んで寿司を食っていた…。
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時は現代に戻る。
ここまで書いた長文を、陽葵とホテルに入った出来事だけを消して、新島先輩に送信をした。
同時に、諸岡夫婦には、それも入った文章を送りつけた。
あの夫婦は共働きだし、子供も大きいし、帰宅時間も遅いはずだから、今からは読まれることはないだろう。
新島先輩に送った場合、恥ずかしすぎるから、後で何を言われるのか分からないし、過去には陽葵が恥ずかしすぎる文章を誤送信したこともあって、2度あることは3度ある事態を避けたかった。
仕事が暇だから、合間に勢いで書いた状態で保存だけをしておいて、仕事が終わった夕方になって、自宅に戻って新島先輩にDMを送る作業をしていたら、陽葵は夕飯の支度をしながら、PCの前に来て読んでキリの良い所で終わると、キッチンに戻ることを繰り返している。
陽葵のスマホに転送できなかった理由は、葵が陽葵のスマホを奪い取ってしまって、幼児用のアプリで遊んでいるから、仕方なく長文のDMをPCで読む事態になっていた。
陽葵は読み進むにつれて、この件に関して、眉をひそめていた。
「そうよ、思い出したわ。あの時は、恭介さんのいつもの学友の3人もいたし、仲村さんや泰田さんと守さんがいたから助かったわ。仲村さんは陽板町のいかがわしい店で、バイトをしていた時期があったから、そこの地理に詳しかったのよね…。」
「あれは助かったよ。もしも仲村さんがいない状態で、あんな場所に逃げ込んだら、マジにマズかった。警察署の場所も知っていたし、上手く逃げ込めたから助かった。」
陽葵は葵がスマホに夢中になっているのを見ると、PCの前で座っている俺を少しだけ抱き寄せて、素早く頬にキスをした。
「もぉ♡、あの時のあなたはカッコよかったのよ♡。」
『やった、陽葵成分を吸収できた!!』
俺は謎の成分を吸収できた喜びを内心は爆発させると、長文DMを読んだ新島先輩から、またもや長いDMが届いた。
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三上。SNSでぼやいてように仕事が相当に暇だろうし、俺が頼んでいるから仕方がないけどさ…。
この文章を短時間で書くお前も凄すぎるけど、二度も長文を読まされた俺も自分を褒めているよ。
まぁ、俺も良く知っている登場人物で、お前が面白おかしく書くから読めているけどさ…。
しかし、大学の対応を含めてハッキリ言ってクソだな。
お前の言うとおり、この日はタクシーで帰させるのが妥当だっただろうな。
それで大学の理事たちが考えている事なんてクソだよ。
俺は休学していたから知らなかったけど、文化祭であれだけ大っぴらにお前達がさらされて、一時的に学生委員もやっていたなら、これだけ注目されるのは当然だろ?。
なにが、声かけによる防犯効果だ?。
あんなに危ねぇカルト系サークルに、そんなものは通用しないよ。
そうそう、仲村があの歓楽街でバイトをしていた時期があったのは、俺もよく知っているよ。
バイト代はべらぼうに良かったけど、1年から2年に進学するときに、バイト先には単位が危なくなるから辞めると言って、仲村の友人と一緒にバイトを辞めたんだよ。
あれは、真っ昼間だったから、あそこの街が閑散としていることを利用して、あえて仲村は、あそこの駅で降りることを強く勧めたと思うよ。
大学生の若い男女が、昼間からあそこを歩いていれば、嫌顔でも目立つから、そこを狙ったんだよな。
しかし、お前は寮生には極秘にしていた車での通学を、安全の為に、もう少し続けたらなんて言っていた荒巻さんの言葉も振り切って、事件解決後はキッパリとやめて、普通に戻したよな。
そうそう、お前の車を実家に戻しに行くときに、陽葵ちゃんと俺と棚倉先輩を連れて、お前の家に一泊して過ごしたよな。
バーベキューもできたし、日帰りの温泉も入れたし、あれは良かったよ。
ただな、朝から家を出て、帰りの電車の乗り継ぎが大変だったのを今でも覚えている。
お前は長期の休みになって実家に帰るときに、あれを繰り返していることを考えると、お前の精神力が凄いよ。
俺の実家は、お前の住んでいる場所よりも遠いけど、俺が新幹線で実家に帰るよりもズッと時間がかかるからな。
半日以上かかって、ようやく陽葵ちゃんの家について、回転寿司をご馳走になったのも鮮明に覚えているぞ。
あの時は、俺達の為に、酒のつまみのエイヒレとかお菓子や乾物を沢山持たされて、お前も陽葵ちゃんの家に持たせる野菜などを、バッグに詰め込んで悲鳴をあげながら、電車を乗り換えていたよな。
棚倉先輩も、しんどそうな顔をしながら雑談を絶やさなかったのを思い出したよ。
そうそう、お前の家のお泊まり計画について、あの温泉がある旅館で、みんなで泊まるのは、よく考えたと思うぞ。
棚倉先輩だけじゃなさそうな雰囲気が今から漂っているし、お前のことだから、お前の家によく来ているらしい諸岡夫婦なんかも呼び寄せるのだろうから。
この先も随分と長いのだろうから、続編を期待して待っている。
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陽葵は、まだ長編のDMを読んでいる最中だから、この返信メールは後で見させることにしようと思ったら、どうやら全部、読み終えたらしく、新島先輩の返信DMまでキッチリと読んでいた。
「そういえば、あなた、新島さんや棚倉さんと一緒に恭介さんの家に行ったことは良く覚えているわ。帰りに初めて電車やバスに乗ったけど、レンタカーを使わなかったのはなぜなの?」
「あれはね、レンタカーを使って言ってしまうと、それに味をしめた2人の先輩が、事あるごとに俺の実家に押し入ることを警戒したんだよ。どのみち俺も道連れだろうけど、行き帰りが大変だって最初にインパクトを与えておけば、容易には行けないと思うでしょ?」
その理由を聞いた陽葵はクスッと笑った。
「確かに、そうだわ。あの当時のあなたは、棚倉さんや新島さんから可愛がられていたし、お義父さんやお義母さんと、バーベキューや温泉に行った時だって、2人は、居心地が良すぎて、もう一度、来てみたいと何度も言っていたモンね。それに振り回されたら、あなたが大変だったわ…」
「うん、レンタカー代や高速道路の料金、それにガソリン代は先輩達が出すとしても、いきなり週末とか、長期休暇のたびに俺の実家に行きたいなんて言われちゃ、溜まったモンじゃないと思って、どれだけ大変かを味わってもらおうかと考えたんだ。陽葵はあの当時、実際に電車とバスを使って行きたかったと言っていたしさ。」
「そうよ、あのときはもの凄く興味津々で、少し古めかしいバスとか、1両しかない電車に乗ったら、楽しいなんて思っていたのよ。今となっては慣れたけど、バスはかなり長く乗るし、電車の待ち時間も凄いから、他の人には勧められないわよね…。」
「まぁ、そういうコトだよ。1度、体験すれば、もう、沢山だと思う人が多いよ。電車とか乗り物好きの人達は、また違った趣きで見るけど、普通の人は嫌になるだろうね…」
陽葵は葵がスマホに夢中になっているのを確認しながら、さらに俺と会話を続けた。
「そうそう、あの事件が解決して、あなたが実家に車を置いてさ、連休に入ったとき、結局、うちの家の駐車場に、あなたの車を卒業まで置いたのよね。あれはね、お母さんが、買い溜めの便利さと安さにハマって駄目だったのよ。」
「ただ、颯太くんが免許を取って車を買うまでは、荷物持ちで相当に大変だったらしいよね。陽葵も卒業確定後に免許を取りに行って、しばらくの間は、レンタカーを借りていたような…。お義父さんは運転が苦手だったから車を買うのは消極的だったし、お義母さんは免許がなかったからね。」
「そうなのよ。お父さんは運転させると危なくて駄目なの。それで2年後に結婚することが決まっていたし、必要に応じて車を借りて過ごしていたのよ。私もあの時はペーパードライバーになるのが恐かったし、結婚して家を出るのに車をわざわざ買うのは気が引けたのよね…」
「結局、卒業するまでの約2年間は、休日になると陽葵の家に泊まるのが大半だったし、新聞広告を見させられて、スーパーやショッピングセンターに行かされた想い出があるなぁ。それに、俺の親父やお袋に呼び出されて、宅急便代わりにされたことも、しばしばあったよ…」
陽葵は俺と言葉を交わすと、またキッチンに戻って料理を作り始めた。
一方で俺は葵がスマホで幼児用のアプリで遊んでいるのを横目で見ながら、この続きを書き続けた。