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~エピソード8~ ⑥ 霧島家は母が強い。~1~

 俺と陽葵は、陽葵の家に戻って荷物を置くと、ダイニングで紅茶を飲みながら、色々とありすぎた心身を癒やしていた。


 そのうちに、陽葵のお母さんと颯太くんが帰ってきた。

 陽葵のお母さんは、俺と陽葵がダイニングでお茶を飲んでいる姿を見てホッとしていた。


「2人の無事な姿を見てホッとしたわ。大学職員と電話をしていて、逃げ込んだ場所も不安だったし、最初は胸が詰まりそうだったけど、恭介さんもついているし、多くの仲間がいたから最後は安心して聞いていたのよ。」


「お母さん、恭介お兄ちゃんがいれば、お姉ちゃんは絶対に大丈夫だよ!。」

 颯太くんはそういうと、お母さんや陽葵、俺もクスッと笑ってしまった。


「颯太くん、今日はお兄さんのお友達が沢山いたから、そのお友達と一緒にお姉さんを守ったから大丈夫だったよ。お兄さんは絶対にお姉ちゃんを守るからね。」


「うん!。約束しなくても、将来は結婚して夫婦になるから、恭介お兄ちゃんは絶対にお姉ちゃんを守るもん!。」


「こら!!颯太!!。とても恥ずかしいからやめて!!、恭介さん達から守られて、お姉ちゃんは嬉しいけど、結婚するまで、まだ時間がかかるわよ!!。」


 陽葵が颯太くんの言葉を聞いて、顔を真っ赤にして颯太を叱るように話を止めた。

 その言葉に、陽葵のお母さんが少し悪戯っぽく笑って、陽葵をからかうように言った。


「あらあら。もぉ、陽葵ったら、顔を真っ赤にしなくても、いいのよ。私とお父さんは、在学中に子供ができてしまっても、大学を中退するか休学しても構わないと思っているし、親としては、早く初孫が見たいわよ。」


 陽葵の顔はさらに赤くなって、顔を膨らませた。

 俺も、陽葵のお母さんに、少し言いたい事があったが、ここは親子の会話なので苦笑いしながら見ていた。


「おっ、お、お母さん!!。ちょっと早すぎるわよ!!。絶対に結婚して、子供もつくるけど、まだ予行練習が精一杯よ!!」


 俺は、陽葵の思わず本音を吐いた言葉に、恥ずかしさのあまり、ダイングテーブルにうつ伏せた。

 それに、大好きすぎる陽葵ちゃんと、その極秘の予行練習を、さきほど終えたばかりだ。


 それを見て、お母さんはクスクスッと笑いながら、俺の頭をなでた。


「陽葵。怒りながら、無意識のうちに本音を吐くのはやめなさい。恭介さんが、とても恥ずかしがっているわ。2人がそういう関係なのは、私も、お父さんも、当然のことだと捉えているけど、恭介さんは陽葵のことを考えて、優しくしているのは分かるわ…。」


 それを颯太くんは不思議そうに見ていた事に気付いて、俺はすぐに立ち直って、颯太くんに声をかけた。


「颯太くん、お父さんが帰っているまでのあいだ、宿題で分からない所があれば教えるよ?」

 俺に言葉をかけられた颯太くんは、うなずいたが、急に笑顔になった。


「昨日は、美人なお姉ちゃんたち(泰田さんと守さん)に宿題を教えてもらったし、予習もやっていたから、おばあちゃんの家で終わらせてきちゃった。」


「おおっ、偉いじゃないか。そうしたら、今日はみんなでお食事に出掛けるから、明日の学校の用意をしてきちゃいな。そうすれば、一緒にゲームができるからさ。」


「うん!。だって金曜日まで恭介お兄ちゃんと一緒にいられるから、ボクも頑張らないと!!」


 颯太くんが、ランドセルを持って急いで階段を駆け上がる音が聞こえて、陽葵とお母さんはホッとした表情を浮かべていた。


『この親子、やっぱり陽葵と性格が似ているから、思考回路が一緒なんだよなぁ…』

 俺がそんな事を思っていると、陽葵がうなだれながら俺に謝ってきた。


「恭介さん、ごめんなさい。颯太が恥ずかしいことを言うからムキになっちゃって…。でも、颯太の気をそらせてくれたから助かったわ…」


「フフッ、それはお母さんも同じよ。恭介さんは痒いところに手が届くから助かるわ。颯太も恭介さんが金曜日の朝までいるから、張り切ってしまっているから余計に助かったのよ。さっきのことを突っ込まれたら、それこそ教育上、問題があったわ…。」


 俺はここで、話題を変えることにした。

 このままだと、颯太くんの話の方向性がそうなってしまって、教育上、良くないような話が続いてしまう可能性がある。


「そういえば、陽葵。颯太くんとゲームをやりながら、年賀状で200件の住所打ち込みを金曜日の夜までに終わりにするからね。1日40件打ち込めばなんとかなるかな。土曜日は朝早くから出かけるだろうし、そのまま陽葵の家に泊まったとしても、日曜日は流石に寮に帰らないと駄目だ…。」


 それについて、陽葵のお母さんが、本当に俺に対して申し訳なさそうに話を切り出した。


「恭介さん。お父さんの件で付き合わせてしまって申し訳ないわ…。それと、恭介さんの車で陽葵を送り迎えしてもらうのは感謝でいっぱいだし、申し訳ない気持ちでいっぱいよ。恭介さんのお母さんとも話したけど、気にしないで恭介さんを使ってやって下さいなんて言っていたけど、できれば、家族全員で、今までのお礼とお詫びを込めて挨拶をしたいのよ…」


 俺はそれを聞いて慌てた。


「いや、お正月の時で大丈夫ですよ。土曜日は相当な距離をとんぼ帰りする事になるし、行きは実家に近づくほど不便になりますから、電車やバスを1時間待つなんてザラなので、颯太くんが耐えられるかどうか。それならウチで一泊しないと…。」


 ここは陽葵の性格同様、言って聞くような人じゃない事は分かってはいたが、とりあえず忠告をして、弾丸的にうちの実家に行くのを、思いとどまらせようとした。


 これはお袋に電話をかけないと、マジにやばいことになる。

 そう思って、ポケットの中にある携帯に手を伸ばそうとしたときに、陽葵のお父さんが帰ってきたタイミングで、この家の電話が鳴った。


 電話は、うちのお袋からだった。


 陽葵のお母さんが話している内容から、お袋は陽葵の母親との電話で家族が土曜日に来たい感じが漂っていて、それを察していたようで、陽葵の家族が家に戻ったタイミングで電話をかけて、俺の家に1泊してもらう覚悟で誘っていた感じだ。


 お袋は、俺が陽葵の家でお世話になっているお礼も兼ねて、陽葵の家に持たせるお土産の準備を始めているのだろう。

 帰りは、お袋のことだから、米やら野菜などを大量に持たせるから、車のトランクはそれで満載になるはずだ。


 そして、陽葵のお母さんの電話が終わると、すぐに陽葵のお父さんが電話に出て、俺へのお礼を述べたと同時に、俺の家で一泊することへの感謝の言葉も口にしていた。


 最後に俺がお袋の電話に出た。


「恭介。そういう事になったから、お前は、あの駅まで陽葵ちゃんの家族を連れてきてくれ。お前はいちばん待たされない乗り継ぎ方を知っているだろうけど、どっちみち午前中には家について、そこでお昼になるから、ちょうど良いでしょ?。」


「お袋、なんだか俺が知らぬ合間に、陽葵の家族がウチに来て泊まることになっているけど、こっちはポカンと口を開けているうちに話が進んでいて、よく分からねぇよ…」


「こっちは勝手に話を進めても、恭介はそれなりに考えて動くから放っておいても無事だと思っているからね。それに、お前は陽葵ちゃんの家に、今週はズッとお世話になりっぱなしだろ?。ウチが拒否できるわけないだろ?。むこうは、お前が陽葵ちゃんを助けまくっているから、恩義を感じて礼を言いたいんだよ。これは親戚と同じだから嫌とは言えないし、むしろ、今後を考えれば大歓迎だよ。」


 お袋と細かい話をして電話が終わって、俺が神妙な顔をしていると、陽葵のお父さんが俺の右肩をポンと叩いて、静かに首を横にふって、耳元でささやいた。


「陽葵も、うちの女房も、こうなったら言って聞くような人じゃなくてね…。恭介くんやご家族には、世話になるよ。かなり電車を乗り継ぐと思うから、颯太が心配なのは私も痛いほど分かる…」


 俺は陽葵のお父さんの言葉に、力なくうなずいた…。

 しばらく俺は疲れ切った表情をしながら、ダイニングに置かれて残った紅茶を口にしていた。


 そのうちに、颯太くんが明日の学校の準備を終えてダイニングに戻ってきた。

 颯太君は陽葵のお母さんと給食費の袋を持ってきて、お金を袋に入れているようだ。


 それをボーッと見ているうちに、妙案が浮かんで、陽葵のお父さんに問いかけてみた。


「うちの両親が車で迎えに来られる範囲内ですが、少し大きな駅があるので、そこまでレンタカーを使って行きましょうか?。別の営業所に車を返却してもOKなレンタカー屋が、ここの駅前にあったような…。もちろん、私が運転するから大丈夫ですよ?。」


「恭介くん、それは妙案だ。そこから電車を使えば、待ち時間は最小だろうし、恭介君の両親が迎えに来てもらえるなら、それに超した事はない。」


 陽葵のお父さんは、膨大な待ち時間を費やすような乗り継ぎがないことから、とても喜んだ。


「ただし、電車やバスよりも早いですが、レンタカーの乗り捨て料金がかかります。ガソリンは満タンにして返さないと駄目だし、皆さんの乗り物酔いが心配なので、サービスエリアでの休憩を多く挟みますからね。」


 それについて、陽葵もホッとした表情で俺に意見を言った。


「恭介さん、それには大賛成だわ。家族の荷物が多いし、それを恭介さんや、わたしが荷物を持ちながら長い時間、電車やバスを待つことを考えると、少し憂鬱だったのよ。お父さんは唯一、運転できるけど、ペーパードライバーすぎて、不安がありすぎるのよね…。」


 陽葵のボヤキにお母さんが反応した。

「陽葵はそんなコトで疲れているからダイエットに成功しないのよ。恭介さんを見習いなさい。いっぱい食べても、これだけスラッとしているのだから。」


「いや、お母さん、陽葵はスタイルも良いし、無理に痩せなくても大丈夫ですよ。これだけ可愛いし、私はスタイルに関して文句のつけようがないし、仮に体型が変わっても、私の気が変わるなんてありませんから。お母さんも、そのお年ですが、お若いときの体型を維持できてるじゃないですか。」


 俺は思わず、陽葵の親子に本音を吐いてしまって、陽葵とお母さんが同時に下を向いた。

 陽葵は顔を真っ赤にして下を向いているので、この言葉に反応したのは、お母さんのほうだった。


「もぉ、恭介さんったら、お上手なんだからっ!。そうやって陽葵を甘やかしたら駄目よ。甘えると動かなくなって、どんどん太ってしまうわ。でも、安心したわ。恭介さんが優しくて一途だから、陽葵をキチンと見てくれるのが分かるもの…。」


 陽葵のお母さんは、そう言うと、お父さんの目をジッと見た。

 少しだけ睨まれたお父さんは、若いときの事を思いだしたのか、縮こまってしまった…。


 俺は、その話をしていて交通費申請のことを思い出して、ポケットから携帯を取りだして、急いで高木さんに電話をかけた。


 細かい事務処理をするのは荒巻さんじゃなくて、荒巻さんよりもズッと若い高木さんである可能性が高いし、荒巻さんや延岡理事が交通費の話をしていて、顔を見合わせた真相を聞きたい部分もある。


 実務をしている高木さんなら、あっさりと答えてくれるだろう。

 今日のウチに電話をかけておかないと、明日の朝には処理が終わってる可能性もある。


 高木さんはすぐに電話に出た。


「高木さん。こんな時間に申し訳ないです。もしかして、まだ残業ですか?」

「その通りよ。三上くんの案件で、今日の報告書とか、明日の理事会の資料やら、交通費の申請なんかもあるから、旦那の車で大学まで送ってもらたのよ。」


「お忙しい中で申し訳ないです。私が実家まで行く際の交通費の件ですが、陽葵の家からレンタカーを使って、ローカル私鉄の乗り継ぎ駅までレンタカーを乗り捨てる形で行こうと考えているのです。そのほうが、尾行の心配もないし、安全と考えまして。」


「そうよね、それは妙案だわ…。ただ、三上くんの事だから裏事情もありそうよね?」


「高木さんだから、ぶっちゃけて言いますが、陽葵の家族が、ウチの両親に挨拶をしたいと言い出して、ちょっと困り果てて、この案になった背景があって…」


 高木さんは電話の向こうで少しだけクスッと笑った。


「それは仕方ないわよ。あれだけ三上くんが霧島さんを助けているから、霧島さんのご両親は、三上さんのご両親にお礼を言いたいのよね。それは当然よ。いいわ、その件は、私と荒巻さんだけに留めておくわ…」


「高木さん、申請書類はどうしましょ?。レンタカーの料金も分からないし…。」


「フフッ、それは大丈夫よ。霧島さんが乗る電車の駅前に、あのレンタカー屋さんがあるでしょ?。大学の駅前にも同じレンタカー屋さんがあるのよ。うちはお得意様だから、料金なんてすぐに分かるわ。大学での部活動やサークル、それに学会の出張、ゼミや研究室の合宿で使う教授や院生もいるし、うちに料金表があるのよ。三上くんが書いた紙にあった私鉄の連絡駅にも営業所がある筈だわ。」


「高木さん、あの連絡駅からの電車とバスの料金は要りませんからね。レンタカーを返却した後に、うちの親が迎えに来てくれる手筈になっていますので…」


「三上くん、ちょっとまってね、荒巻さんと少し話をするわ。」


 少し電話を待っていると、高木さんと荒巻さんが小声で話しているのが分かったが、内容までは分からない。


「お待たせ。まず、レンタカーの件はOKよ。霧島さんが乗っている電車の駅前の営業所でレンタカーを私が手配してしまって、請求を大学にしてしまうから、お金は一切かからないわ。でも、借りる日程を変えるような事はしないでね。そんなことをすると自己負担になるから、気をつけるのよ。」


「それは大丈夫だと思います。親が迎えに来るので、無駄な所には行かないですから…」


「そうだろうと思うわ。それと、ガソリン代については距離数が分かるし、高速道路料金も三上くんが書いてくれた紙を見れば分かるから大丈夫よ。三上くんの家を往復する形で合算して前払いで渡すから大丈夫よ。帰ってきたらガソリンスタンドのレシートと、高速道路の通行料の領収書は私に渡してね。」


「高木さん、至れり尽くせりで申し訳ないです。」


「良いのよ、大丈夫だわ。逆に、申請が楽になったぐらいよ。電車やバスは領収書が出ないことも多いから、経路での自己申請になるけど、算出が面倒だから大学の総務や経理に聞くことも多いのよ。」


 それで高木さんにお礼を言って電話を切ると、俺はみんなに注目されていた。


「恭介さん、高木さんとの電話はどうなったの?」

 電話の内容が気になった陽葵はジッと俺を見ていた。


「レンタカーでの移動はOKになって、大学側でレンタカーを手配してくれる事になったよ。高速道路やガソリン代も大学から出してもらえる事になったよ。」


 それを聞いた陽葵のお父さんが、静かにうなずいた。

「大学も、陽葵を守るの必死になっているか。普通ならこんな事でお金なんて出ないのに、テレビや新聞に、あの事件が出たから躍起になっているのだろう…。」


 俺は陽葵のお父さんに向かって、苦笑いしながらうなずいた。

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