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第149話、踏み込む神殿騎士団


 宿に近づいたラトゥンは、自然に振る舞いつつ気を配った。


 古めかしい扉をくぐって中に入る。出掛ける前と雰囲気は変わらなかった。隣接する酒場も、夕方の喧噪に比べると、静かな方だ。


 まだ日が高く、宿泊客がそれほど多くないのも影響しているだろう。複数日泊まる予定の旅行者が、ちらほらいて、朝食兼昼食を採っているのかもしれない。


 宿のカウンターにいる人間は、朝と変わらず。中年男性、のんびりした雰囲気だが、喋り方は淡々としている。……誰かと入れ替わっているわけでもなく、また妙に緊張していたり、どこか怪我をしているなど変化もない。


 ――まだ、ここには聖教会やハンターの手が伸びていないのか……。


 一見するとそう見える。これが人を騙す巧妙な罠でなければ。


「いらっしゃい。お泊まりかね?」


 顔をあまり見ないところも相変わらず。仕事だから言っている、そういう風に受け取れる。


「一泊」

「お一人でいいかね?」

「ああ」


 短いやりとり。一泊一部屋の代金を請求される。すでに部屋はあるが、別人になりすましているので、お金はかかるが仕方がない。


「記帳を」

「字が書けないのだが……」

「何か身分を証明できるものはお持ちで?」


 ハンターならハンター証とか、と言われるが、ラトゥンは首を振り、名を名乗って代筆してもらう。字が書けない者は珍しくない。もちろん名前は偽名である。


「三階の一番奥の部屋だ」

「どうも」


 無愛想に演じつつ、ラトゥンは上階への階段を登る。視線を感じたが、他の宿泊客が、新たに泊まりにきた新顔が気になってのもののようだった。


 その時だった。新たな一段が宿に入ってきた。ブーツの音が床を叩く。マントを身につけた旅人のように見える男たち。金属の擦れる音から、マントの下に武器を携帯しているのがわかった。


「団体さんかね?」

「宿の主か? 確認したいことがあるんだが――」

「――これはこれは、神殿騎士団の方ですか」


 カウンターの主の声。階段の折り返しの裏で、ラトゥンは足を止めて耳をすます。懸念していた神殿騎士団が現れたようだった。


「これなんだが、見覚えはあるか?」


 どうやら手配書を出して、確認させているようだった。カウンターの男は首をかしげる。


「これは……ドワーフですか? この男と、こちらの娘によく似た客がいます。……まあ、今は外に出ていますが」

「四人組か? 宿泊名簿を確認させてもらってもよいか?」

「構いません。……えっと、四人? いやこのドワーフと娘は五人組ですね。男が二人、女が三人――」

「本当か?」


 神殿騎士は仲間と顔を見合わせる。


「男女比がおかしいな」

「ドワーフ以外の男は、この男ではないのか?」

「いいえ、ちょっと違いますね」

「ひょっとして、金髪の魔術師か?」

「金髪……いえ、茶色い髪で、いたって普通の青年でしたが――」

「じゃあ、こっちの男か?」

「いえ、こんな長髪じゃなかった」


 などと問答が続く。階段の折り返しにいたラトゥンは、上から気配を感じて顔を上げた。アリステリアがやってくるところだった。


「あ、ラトゥ――」


 しー、とラトゥンがジェスチャーを送り、聖女様は口を両手で押さえた。大袈裟だが、子供っぽくて可愛い。ラトゥンは階段を上り、アリステリアに小声で話しかける。


「下に神殿騎士が来ている。俺たちを探している」

「何かあったの?」

「三階へ行こう。直に二階の部屋に奴らがくる」


 たった今とったばかりの部屋にアリステリアを誘導する。道すがら、ラトゥンは説明した。


「――手配書ですって?」

「どうしてバレたのか、わからないが、俺、エキナ、ギプス、クワンの四人分」

「わたくしは?」

「遭遇したハンターは持っていなかった」


 三階の奥の部屋へ。裏路地に面した廊下を進み、部屋に入った。



  ・  ・  ・



 聖教会王都守備隊は、手分けして王都中の宿を捜索していた。


 そんな中で、手配中のラトゥンとその仲間が泊まっているらしい宿にようやく行き当たったグループがあった。

 神殿騎士一人、武装神官五人のそのグループは、一人が入り口を、もう一人が酒場込みで一階を見回り、神殿騎士と残り三人が、泊まっている部屋へと向かう。


「どういうことでしょうか?」

「例のラトゥンはいないようだが、ドワーフと処刑人らしい者がいる件か?」


 神殿騎士は二階へ上がると、一人を階段を見張らせるために残して、目的の部屋へと足を向けた。


「確かに、男女比がおかしいが、手配した者がいるのなら、その者を捕らえて残りの者の居場所を吐かせればよい」


 宿の者の話では、五人組のうち若い娘が一人、部屋に残っているという話であった。その者から事情聴取をすればわかるというものだ。


 扉の前に立つ。武装神官がノックをする。部屋の中から返事は――なかった。武装神官はノックを続ける。


「留守ですか?」

「寝ているのかも?」


 神官らが顔を見合わせる中、神殿騎士が合図すれば、扉のノブを回した。鍵はかかっていなかった。そのまま一気に室内に侵入する。


「――誰もいません」

「そのようだな。隣の部屋か?」


 神殿騎士は、後ろにいた武装神官らを送る。五人組は二部屋を借りているのだ。ややして神官が戻ってきた。


「こちらもいません。宿の人間に聞いた通りですね」

「一人残っているはずだったんだが……。酒場にいるのか?」


 神殿騎士は天を仰いだ。手配している者たちの手掛かりをようやく得たと思ったが。

 荷物の類いはないが、ベッドの崩し方や窓の開き具合から、宿泊しているのは間違いなさそうだった。


「いつでも逃げ出せるように荷物を置いておかない、か」

「どうしますか?」

「手掛かりは手掛かりだ。見張りを残して、外で戻ってくるのを待とう。あと、騎士団に賊が宿泊しているらしい宿を発見したと伝令に行け」

「わかりました!」


 武装神官は首肯すると、さっそく伝令に走った。神殿騎士は改めて嘆息すると手配書の一枚をした。


「しかし、本当にこの男が、暴食なのか……?」

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