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第134話、魔道具の中


 不思議な空間だ。


 空はどんより曇っているような。波の音っていうのは初めて聞く。そう、俺は海ってのを見たことがない。せいぜい聞いたくらいしか。


「これが、海?」

「大きさを考えれば、せいぜい湖じゃ」


 オラクルは皮肉げに言った。


「ここは魔道具の中じゃ。必ず境目、見えない壁がある」


 その時、俺の頬を水色髪のフェアリーがつついた。何かとそっと顔を向ければ、肩に乗っている彼女は、一点を指さした。


「あー、建物があるな」


 水辺にある廃屋じみた木造の建物が建っている。


「家があるなら、見に行くよな……」


 アウラたちがいるかも。俺たちはちょっとボロいその建物に近づいた。ダイ様が「おっ」と声を上げた。


「どうやら、アウラたちがおるの」


 その時、建物の入り口から、ぬっと人が現れた。おう、シィラじゃないか!


「おー、無事だったか?」

「ヴィゴ!?」


 目をパチクリさせているシィラである。


「な、何故、ヴィゴがここに!? お前は聖剣の試練に行ったのでは!?」

「おう。それが終わって帰ってきたぞ。そしたらお前たちが魔道具から出てこないって聞いたから助けにきた」


 建物に近づけば、シィラも俺の方へ駆けてきた。……えっ、何? 体当たり――

 ガバッと抱きつかれた。そして倒された。おおうっ!


「そうか試練を乗り越えたのか! さすがヴィゴだ!」


 タックルかと思ったぜ。熱烈な歓迎だな、おい。


「しかもあたしたちを助けに駆けつけてくれるとは……!」

「ひょっとして、泣いてる?」

「泣く? あたしが!?」


 馬鹿言うな、という顔をするかと思いきや。


「うん、泣けているかもしれん。……このままここから出られないかと思うと、な――」


 ふだん勝ち気なシィラでも、こんなしおらしい顔をするんだ……。


「あら、ヴィゴ。来たの」


 余韻をぶち壊すようなお気楽な声で、アウラが建物から出てきた。ニニヤも一緒だ。


「元気そうでよかった」


 これで全員確認したな。


「出る方法がなかったのなら、助けにきた」

「それはありがたいわ。ちょっと手詰まりだったのよね」


 アウラはいつもの調子だったが、後ろのニニヤはあからさまにホッとしていた。やっぱり出られなくて不安だったんだろうね。


「それで、ダイ様はわかるけど、そちらの子と……あと、フェアリーも一緒?」

「はじめまして、じゃな。わらわはオラクルセイバー。神聖剣じゃ」


 オラクルが早速自己紹介。アウラが驚いた。


「神聖剣!? 聖剣じゃなくて?」

「左様。七つの聖剣の力が宿りし剣にて、剣神の加護を得たのがわらわじゃ」


 やたら自慢げなのは、ダイ様の姉妹らしい。そのダイ様はそっぽを向いていらっしゃる。


「して、こちらのフェアリーは、リーリエという」


 さらりとオラクルが言ったが――え、この子の名前、初めて聞いたから俺もビックリだ。


 フェアリーと言葉が交わせないからそういえば聞いていなかったが、フェアリーにも個々に名前があるんだな……。


 今のところ、オラクルしかフェアリーと話せていないから仕方ないんだけど。



  ・  ・  ・



 建物の中は、割と広かった。しかし、あまりにオンボロで、修繕しないと住む気にはなれなかった。廃屋に近い。


 しかも一階、いや地下かな。その部分が海に繋がっていて、しかも専用の出口まであってボートとか小さな船が出入りできそうになっていた。


 これはこれで凄いけど、ここ魔道具の中だから、果たして海に出てもすぐ見えない壁にぶつかるんじゃないか?


「俺らが来るまで何日か経っていたと思うが、食事はどうしていた?」

「ワタシが果実が実る木を作って、成長の魔法で実らせて凌いだというところね」


 アウラが説明すると、ニニヤも頷いた。


「おかげで飢えることはなかったです。アウラ師匠がいなければ、今頃どうなっていたか」

「あたしは肉が食べたい」


 シィラは果実ばかりで飽きているようだった。食べられるだけマシと我慢してきたんだろうな。


 アウラは言った。


「ここ魔力があるのよね。この妖精の籠の出入りが自由にできるなら、ワタシの本体をここに移植させたいわ」


 あー、それができるなら、魔剣と常に行動を共にしていたこれまでと違い、アウラの行動範囲もかなり広がるか。妖精の籠自体、かなり小さいから持ち運びが楽だ。魔剣を動かすには俺が必要だが、俺と魔剣なしでも移動できるのは便利だろう。


「でも、この魔道具、壊れているんだよな? 出られないんだから」

「そうなのよね。ふつう、この手の魔道具は入って出た場所に外に出るための魔法陣とか転移装置があるはずなんだけど、ここにはなかったのよ」


 アウラが唸った。ダイ様は呆れる。


「とんだ欠陥魔道具だな」

「出入り自由なら、物凄く有用なんだけどね」


 だよな。俺はこのオンボロ家屋を眺める。


「この家は、もとからここにあったのかい?」

「そうよ。ワタシたちが建てたと思った? ワタシならもっとマシなものを作るわよ」

「そうなると、この魔道具を作った人は、ここに引きこもるつもりだったのかな」

「どういうこと?」

「ん? つまりさ。外に帰る気がなくて、出口を最初から作ってなかったかもしれないってこと」


 それで、外に出るための装置がなかったって説明にならね?


「でも何かあった時のための非常用の出口くらい作ってもよさそうだけどね」


 アウラが言えば、ダイ様は笑った。


「やっぱり欠陥魔道具だ!」

「……とりあえず、外に出るか?」


 いつまでもここに居る理由もないし、外で仲間たちも心配している。俺はフェアリー――リーリエを見れば、彼女も頷いた。


 家の外に出て、少し離れた野原で、リーリエはふわふわと円を描きながら飛んだ。妖精って飛ぶと、キラキラした粉みたいなのが出ているのに改めて気づく。


 何か探しているのかと思ったのもつかの間、リーリエは空中で止まる。


 その瞬間、緑色に輝く魔法陣が現れた。先ほどまでリーリエが飛んでいた場所に出来たそれにアウラは目を見開いた。


「フェアリーリング……! 妖精の通り道」


 ともあれ、この魔法陣で外に出られる!

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