目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第143話、エクリクシス


 深部は広間のようになっていた。正面には多数のゴブリンがいて、青白い亡霊戦士たちと戦っている。


 奥の壁のところに祭壇のようなものがあり、そこに丸々と太った大柄のゴブリン顔の亜人がいた。


 オーク、いやオーガ並の高さに、脂肪だか筋肉だかわからない丸い体型。服をまとい、大きなマントをつけたその姿は、さながら亜人の王のようであった。


「まさか、ゴブリンキング……!」


 アウラがその名を口走った。


 その巨体を誇るゴブリンの前には、ひとりの冒険者らしき戦士が膝をついていたが、次の瞬間、糸の切れた人形のように突っ伏した。


 ゴブリンキングの手には、赤々と輝く剣が握られていた。


『魔剣使イィ……!』


 しゃがれた声は、果たしてゴブリンキングの声だったのか。亡霊戦士を突破したホブゴブリンやゴブリンが武器を手に駆けてくる。


 俺とベスティア、シィラが、それらを迎え撃つべく前を固めるが――


『気をつけろよ、ヴィゴ。あのゴブリンが持っておる剣は、魔剣だぞ』


 ダイ様が警告した。魔剣同士、そういうのがわかるんだな。


 直後、ニニヤが「お父さん!」と叫んだ。見れば、深部の左側のさらに奥に無数の蜘蛛の巣があり、調査隊の冒険者たちが糸にグルグル巻きにされて拘束されていた。皆、意識がないようにぐったりしている。その中に、我らが冒険者ギルドのマスターであるロンキドさんの姿もあった。


 ……おい、まさか死んではいないよな? 白い糸に血のような赤いのが見えているんだけど。


 早いとこ救出しないとヤバいかもしれない。


「アウラとニニヤは、左側の敵を掃討して、冒険者を救出!」


 俺は後ろを一瞥する。


「マルモは援護! イラとディーは負傷者の救護――」

「ヴィゴさん、後ろに大蜘蛛!」


 ディーが叫んだ。天井からジャイアントスパイダーが数匹、しゃかしゃかと移動して俺たちが入ってきた入り口上へと回り込んだ。


 大蜘蛛のモンスターは口から糸弾を吐き出した。弓を構えようとしたルカ、ディー、そしてゴムの上にいたファウナが、糸弾の直撃を食らって倒された。そしてそのまま粘着質の糸によって地面に貼り付けられてしまう。


「こぉの!」


 マルモがガガンを持ち上げ、ジャイアントスパイダーに魔弾を発射した。連続で放たれた魔弾に危機を感じたが、ジャイアントスパイダーたちは慌てて天井へと逃げる。魔弾の削った岩が、パラパラと振ってくる。


「あっ……!」


 矢が飛んできて、マルモの背中に当たった。普通なら刺さるところだが、サタンアーマースライム素材の鎧はそれを弾いた。


 矢を放ったのはゴブリンアーチャーだ。イラが長銃ですかさず撃ち返す。


 そして前衛の俺たちのもとにホブゴブリンらが殺到した。


「なめるなよ! タルナード!」


 シィラの魔法槍が風の渦を巻いて、ホブどもを吹き飛ばす。ベスティアが突っ込み、ゴブリンを次々に一刀両断にしていく。


 俺は正面から向かってきた重装備ゴブリンを魔剣の一撃で装備ごと潰すと、左手の神聖剣を一振り。見えない風の刃で、ゴブリンたちを刎ねた。


 アウラとニニヤが、冒険者たちの救助に向かった。彼女たちは魔法で、立ち塞がる敵を次々になぎ倒していったが、回復役のイラとディーがついていけずにいる。


 ディー、ルカ、ファウナが糸で身動きできなくなっているのだ。イラとマルモが、射撃してくるゴブリンを防いでいるが、動けない3人の救助も必要だ。


 一瞬、シィラに3人を助けてもらって、俺が前線に残ろうと思った。だが拘束しているのが粘着性の高い蜘蛛糸だと気づき、その考えを打ち消した。普通に解くのは困難で、手で触れるのは二次被害になりかねない。


「シィラ、ここを頼む!」

「任せろ、ヴィゴ!」


 俺が代わりに救出に向かう! 見れば、ファウナの周りの糸を無事だったゴムが自らの体に取り込んで溶かしていた。さらにディーも右手の手甲を解除し、魔王の呪いに冒された手で触れることで糸を消しつつあった。


 一番助けがいるのは、もがきはすれど手がないルカか。俺は超装甲盾を外して、動けない後衛組がゴブリンアーチャーに狙撃されないように皆の近くに立てて壁にする。右手の魔剣を鞘に収め、左手の神聖剣を右手に持ち変えると、またも天井から近づきつつあったジャイアントスパイダーに電撃弾を撃ち込んで墜落させた。


「ヴィゴさん……!」

「ルカ! 今助ける」


 左手を糸に近づける。ファイアボールを発動させ、それを手に持つ。直接触れないように熱で糸を溶かす。上半身にベットリ白い糸の塊をつけられているルカである。……これ結構めんどうかもしれん。とりあえず腕や体が動かせるように端の糸を――


 その時、大きな爆発音がして、思わず振り向いた。黒い塊――ベスティアが吹っ飛び、俺の視界の中を通り抜けた。


 勢いよく壁に叩きつけられたベスティア。先ほどまで彼が立っていた場所には、例のゴブリンキングが赤い魔剣を手に不敵な笑みを浮かべていた。うっすらと煙が流れているが、今の爆発音は、その魔剣の力か?


『グフフ……。我がエウリクシスは、爆発ノ魔剣。触れたものは爆風に吹キ飛ブ……!』


 マジかよ。それって剣で打ち合えば爆発の直撃を浴びてやられちまうってことかよ……! 普通に挑んだら、剣同士がぶつかっても負けじゃねーか!


『ふむ、ならば触れなければよい……!』


 神聖剣オラクルセイバーが自信ありげな声を出した。


『主様よ。剣をあの肉の塊に向けよ! わらわに力を……!』


 神聖剣に力を乗せて……行け!


『セブンソード!』


 オラクルセイバーの周りに、七つの聖剣が浮かび上がる。雷剣ライトニングスピナーが雷に、光剣のライトブリンガーが光となって、ゴブリンキングを瞬きの間に貫く。炎剣ホーリーブレイズが炎を、水剣アクアウングラが水をまとって、敵を切り刻むと、氷剣フローズンエッジがキングの腕を、大地剣ソルブレードが首を刎ね飛ばした。


 七つの聖剣による怒濤の連続攻撃。ゴブリンキングは為す術なくその体をバラバラにされた。


 ……聖剣、凄ぇ。


 ダイ様の46シーのような大火力ではないが、一対一の戦いでは滅茶強いのでは……。


「ヴィゴさん、ありがとうございます」


 ルカが自力で起き上がる。まだ鎧に糸がついているから直接触らないように。


「なに、無事でよかったよ」

「私も戦いに戻ります!」


 動きを封じられて出遅れた分を取り返す気満々である。壁にぶつかったベスティアも壊れた様子もなく、復帰しつつある。


 ディーも自力で糸を解き、ファウナもゴムが助けたようだった。


「ようし、残る敵を排除だ! ディー、アウラたちのもとへ!」

「はい!」


 白狼族の治癒術士は駆け出す。俺も盾を回収して――


「シィラ!?」


 ルカが悲鳴にも似た声を上げた。彼女の視線の先、シィラが一体のゴブリンに苦戦していた。子供のようなゴブリンがピョンピョンと飛び跳ねて……?


 何だ、このゴブリン……!?

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?