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片倉はその日、朝から協会を訪れていた。
というのも──
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「それでは片倉さん、再検査の受付は完了しましたので、こちらの準備が整い次第端末にご連絡差し上げますね」
例の読心受付嬢が言った。
相変わらず作った様な、内心を一切窺わせない隙の無い笑みを浮かべている。
「ええ、お願いします」
「片倉さんは以前にも検査を受けておりますよね。その時には適正無しという結果が出ています。まあ、PSI能力は後天的に発現する事も珍しくありません、が」
が、と受付嬢は半歩距離を詰め、片倉の事をマジマジと見た。
皮膚を通して、体の内側までを見通すような透徹した視線に、流石の片倉も居心地が悪くなる。
「ええと……」
余り見ないでくださいというのもちょっとどうかと思い、言い淀む。
すると受付嬢は悪戯がバレた様な表情を浮かべ「あ、ごめんなさい♪」と舌を出した。
「確かに何かこう、違いますね。ぺらぺら透け透けの窓ガラスが、きちんとしたメーカーのすりガラスに変わったっていうか」
「やっぱりですか」
「自覚はあるんですか?」
受付嬢の問いに片倉は「もう大分前から」と頷いた。
片倉が自分にはPSI能力があるのかも、と思い始めたのはもう2年近く前だ。
沖島 瑞樹の死を契機として片倉は単独探索に明け暮れる様になったのだが、その時から能力の発現らしき出来事が頻発した。
具体的には、対面する相手が何を考えているのか、酷く抽象的ではあるが分かるようになったりとか。
明確にそれと分かるわけではない。
例えば赤くて丸いモノがあるとする。
ある者はそれが林檎だと言うかもしれないし、またある者はそれを赤信号だと言う者もいるかもしれない。
しかしそれがティラノサウルスだと言う者はいないだろう。
色と大まかな形がぼんやりと視えるだけで、それが何か正確に分かるわけではない。
精度としてはそんなものだが、それでも探索の役には立っていた。
「もっと早く検査をしてほしいですね、協会としても所属する探索者のデータは正確に把握しておきたいんですから」
「それは……すみません。探索優先でつい後回しにしてしまいました」
これは事実だ。
とはいえ、それでも探索の合間に検査の申請が出来た事は否めない。
それから片倉は受付嬢に色々と小言も貰いながら、協会を後にした。
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「よう、片倉」
声と同時に叩かれる肩。
振り返ると、そこには赤毛の青年がいた。
彫刻の様に整った顔立ちと焔にも似た色の派手な髪色、それらをより際立たせる様な黒いトレンチコート。
単独探索者、城戸 晃である。
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「……ってぇわけよ」
城戸はそう言いながらジョッキを傾けた。
片倉は黙ってつまみ──きゅうりの漬物を口に運び、それをビールで流し込みながら話を聞いている。
二人は今、池袋某所の居酒屋に来ていた。
池袋北口からそれこそ数十歩という距離に、『超都会』という安居酒屋がある。
元探索者が店主をやっている24時間営業の個人店だ。
誰しも探索者になりたての頃は一般人とそう大差がない身体能力で、それでいて人外の化け物たちと戦わなければならない。
となると大事になるのは装備で、多くの新米探索者は大抵素寒貧であり、飯に回す金などろくにない。
だが人間、食わねば力は出ないのだ。
だからこの居酒屋『超都会』は安く美味い飯──ついでに酒も提供する。
それで採算が取れるのかといえば全く取れるはずがないのだが、『超都会』で食生活を救われた脱初心者探索者の面々がことあるごとに支援をしており、店はそれで回っている。
まあ店の質はお察しで、あちらこちらガタが来ているというか、とにかくボロい。
毎日清掃はしているようで不潔ではないのだが、あらゆる調度品が限界まで使い込まれていると言った感じであった。
改装くらいすれば良いのだが、 "あの頃は" という回顧感を味わいにくる探索者も多いため、完全に壊れるまでは使い込むつもり──というのが店主の弁である。
城戸の話の内容はほとんどが自分語りだ。
隙あらば自分語りという揶揄の言があるが、城戸の場合は隙があろうとなかろうと自分語りをする。
この男は自己顕示欲の塊なのだ。
そういった性格が災いしてか、友人はいない。
実力主義の探索者界隈と言えど、顔を合わせる度に自慢話をされるというのは不快だと思う者が殆どだった。
ただ、片倉はその辺りには頓着しない。
城戸の自慢話はよくよく聞けば探索のヒントとなりうる情報が多くあったし、人間関係を構築する目的というものが他者とは異なっていたからだ。
片倉はまるでマシーンの様だ。
探索のみを目的とした血の通わぬマシーン。
やたらと馴れ馴れしい城戸と違って、片倉は真逆の意味で他の者たちから避けられていた。
しかし城戸は片倉を避けない。
城戸という男は無頼に見えるが、無頼は無頼でもファッション無頼なのだ。
強い自己顕示欲は常に周囲からの賞賛を求めていたし、生来の構われたがりの気質を大きく補強していた。
だから自分を避けない片倉を構い倒し、ことあるごとに飲みに誘ったりなどする。
『超都会』はそんな時の行きつけの店の一つで、基本的には大衆向けの店が多かった。