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この日、AKEBIはめずらしく一人で行動していた。
目的はショッピングだ。
協会は旧エルタワーをそのまま居抜きするような形で使っているのだが、かつて飲食街が広がっていた地下2階は、いまでは "アームズ・コンフォート" と呼ばれるショッピングモールへと変わっている。
協会と付き合いのある企業が探索者向けの武器や防具、物資などを出品している。
勿論新宿は広いので、街の至る所に探索者向けの店があるのだが、アームズ・コンフォートは様々な企業の商品を見比べる事が出来るので重宝されているのだ。
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「次世代型コンバット・ウェア、TSC-2200……」
AKEBIは商品説明を熱心に読み込んでいく。
テクノ・サルベージ社の新作は、探索者たちの期待を裏切らなかった。
生地の裏面には無数のマイクロセンサーが織り込まれ、着用者の動きを0.001秒単位で分析。必要な部位の動きを局所的に最適化できるという。
」
防具コーナーに足を進めると、メディカル・フロンティアが開発した新型プロテクターがAKEBIの視線を捉えた。
フレックス・カーボンと呼ばれる新素材を採用し、従来品の保護性能を保ちながら重量は驚くほど軽い。
消耗品の棚では、バイオテック・ソリューションズのナノメディシン──つまり回復薬が特設コーナーを占めていた。
武器コーナーでは、ミリタリー・エッジ社の戦術グローブがAKEBIの目を惹く。
これは耐衝撃性に優れたマイクロファイバーの採用で、繊細な感覚は損なわずに確かな防護性を実現している。
ダンジョンは武器に対しての縛りは厳しいのだが、防具に関してはそこまで厳しくはない。
AI制御によって体の動きを最適化し、ズブのド素人でも一端の武芸者染みた動きが出来るようになる強化スーツなどもある。
ただ、余り広まってはいないのだが。
というのも、 そういった外部の力に頼るような武器防具を使うと、色々とデメリットがあるからだ。
例えば銃であるなら威力が著しく減衰されたり、防具であるなら "干渉" ──ゲーム風に言えば経験値が少なくなる。
武器などについてはそこまで悩むような事はないのだが、防具は別だ。
確かに性能の良い防具を着こめばそれだけ安全性が増すのだが、先述した干渉が小さくなる。
探索者はダンジョンに潜れば潜るほど通常のトレーニングなどでは考えられないほど肉体強度を上げていくのだが、身に着ける防具が強靭であればあるほどにその強度の上昇幅は小さくなるのだ。
ちなみに極まった探索者などは全裸で探索をする者がいるとかいないとか、そんな話さえもまことしやかに囁かれている。
なお、防具を一切つけずに探索をすれば確かに干渉は最大限受けられるが、そういった者はほとんど死ぬ。
これまたゲーム風に言えば、防御力を減らせば減らすほど経験値があがるが、減らした防御力の分だけ死にやすいという事だ。
自身の命と干渉の度合をどうバランスを取っていくかというのは、探索者にとって永遠の命題だ。
「んーやっぱりどれもダサい……」
AKEBIは思わずに声に出して言った。
今日の目的は手頃な強化スーツ探しなのだが、どれもこれもが余り見た目を重視していない──様にAKEBIには見える。
唯一無二の "命" を守るための防具なのだから、見た目なんかどうでもよいという向きもあるだろう。
ただ、AKEBIもそれは理解した上で、必要最低限の性能を保持しつつ更にグッドルッキングな見た目の強化スーツが欲しい──そういう事だ。
「やっぱり受注生産品しかないか……」
AKEBIは口をひん曲げて不満そうに呟いた。
受注生産品とはいわゆるオーダーメイド品の事だ。
値段は張るが、注文者のニーズに応じた武装が手に入る。
そうしてあの店は、この店はと見て回っていると──
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「あれ!? 片倉さん!?」
乙ー1級認定探索者、片倉 真祐と言えば、 "死にたがり" だとか "自殺志願者" などと言う不名誉なあだ名で呼ばれている単独探索者だ。
その理由は、まさに単独探索というスタイルの在り方にあった。
探索者たちの世界では、ダンジョンへの挑戦と確実な生還が鉄則とされている。
しかし片倉は、たった一人でダンジョンに挑み続けていた。
単独探索の危険性は明白だ。
ダンジョンの奥深くには想像を絶する脅威が潜んでおり、一度でも命を落とせばその者の経験や知識は永遠に失われる。
だからこそ探索者たちは、チームでの連携を生存の基本戦術としていた。
その鉄則を無視する単独探索者たちは、狂気の徒として見られていた。
確かに片倉のような単独探索者は驚異的な成果を残すことがある。
史上初の甲級指定ダンジョンを "攻略" したのもとある単独探索者だ。
彼らは常人では考えられない判断力と死をも恐れない精神力によって、不可能を可能にしてきた。
彼らは通常の探索者が決して選ばないルートを進み、常識外れの戦術で勝利を掴んできた。
しかし極少数の輝かしい記録に続こうと、多くの探索者たちが単独探索に挑み、帰らぬ人となってきた。
そのため単独探索者に対しては、畏怖の念と蛮勇に対しての侮蔑が向けられるのだ。
ただ、そういった風潮もAKEBIという女には余り関係がない。
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AKEBIはまるで手練れの忍の様に気配を消し、柱やらなにやらの陰に隠れながら片倉をストーキングしていた。
片倉の後ろ姿を見つめながら、過去の男たちの面影を思い返す。
AKEBIは強い男が好きだ。
特に片倉のように、誰にも頼ることなく自分の道を進んでいく男が良いのだ。
しかしこれまで付き合った男たちは、例外なくろくでもない屑だった。
特に最後の男──加世田などは一般人の女に手を出して殺めた挙句、逃亡までするような屑だった。
なぜそんな男ばかりと付き合うことになるのか、付き合った当初は "光るモノ" を感じてさえいたというのに。
親友のアリサに相談した時、アリサははっきりと言った──「AKEBIが甘やかすからです」と。
その場では否定したものの、後から考えてみると思い当たる節が多すぎた。
AKEBIは愕然としたものだ。本当は甘やかすより甘えたい性分なのに、どうしてこうなってしまうのか──。
──もしかしたら私ってダメンズ製造機なのかも
そんな思いがAKEBIにはある。
この思いが、本来肉食系である筈のAKEBIがビビり散らして未だにアプローチ出来ない要因となっている。
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この日、片倉もまたアームズ・コンフォートを訪れていた。
目的は胴体防具の物色だ。
片倉は物を粗雑に扱うという事はないが、それでもかなりの頻度で防具を買い換えていた。
それだけ片倉の探索スタイルが過酷だと言う事だ。
──やっぱりボディ・スーツか
様々な店が店外ディスプレイに商品を映し出しているのを見ながら、片倉は思った。
ボディスーツ型の胴体防具は急所以外の部分をあえて薄くし、ダンジョンからの "干渉" を最大限に受けられる設計のものを言う。
ちなみに似たような形状の防具に強化スーツがある。
これはAIチップを全身の各所に埋め込み、着用者の動きを最適化する事を目的とした胴体防具だ。
勿論その二種類だけではなくて、全身鎧のようなクラシックなものや、ハイテク技術がふんだんに使われたメカニカル・スーツといったものもある。
「いや、それとも色々試した方がいいのか……」
自身の戦闘スタイルを鑑みて、片倉は自分にはボディスーツタイプが合うと思っているが、それはあくまで主観に過ぎない。
試してみたら案外、という事もある。
そうして片倉があれやこれやと悩んでいると──
「悩んでるみたいだけど、何探してるの?」
やけに馴れ馴れしく話しかけてきたのは、その店の店員だった。
ホストのようなツンツンとした髪型、そして胡散臭い笑み。
声も少し高いが、一応は男のようだ。
どうあれ、胡散臭いし軽薄な雰囲気だし、余り信用できない印象がある。
ただ、
──別に他意はないか
と片倉は頷き、「胴体防具を探している」とだけ端的に答えた。
するとホスト店員は「だったら、ちょっと見て欲しいものがるんだけどいいかな」と入店を促す。
店内でホスト店員が示した商品を片倉はじっくりと検分した。
洗練されたフォルムのボディスーツだ。メタリックな黒と銀の色使いで、全体的に体にフィットする設計。急所部分には厳選されたダンジョン素材を使用した装甲が配置されている。
「これ、桜花征機の新作なんだ。強化スーツ寄りのデザインだけど、ボディスーツのコンセプトは崩してないのがポイント。ちょっと高いけどね」
片倉は腕を組んで商品を見つめる。
桜花征機といえば国営企業だ。
ピーキーなスペックの製品が多く、中級者以上の探索者向けとされている。
「お兄さん、片倉 真祐でしょ? 単独探索者の。だったら全然買えるっしょ! まあ桜花征機の商品って尖りすぎてるけどさー、お兄さんならきちんと扱えるとおもうんだよね」
そういってホスト店員は片倉に購入を促す。
随分押しが強いな、と思いつつ、片倉が「さてどうするか」と商品スペックを眺めていると──
「ねー! 君もそう思うよね?」
と、ホスト店員が店の入り口に向かって声をかけた。
「えっ!? あ、はい! そう、ですね……」
AKEBIは慌てて返事をする。
先程までの忍者のような気配の消し方は何処へやら、今は完全に動揺を隠せない様子で、頬を赤く染めながら店の入り口で固まっていた。
「ほら、この商品のデザインとか、お兄さんにぴったりじゃないですか? あ、そうだ。お嬢さんもちょっと見に来ません?」
ホスト店員は意地の悪い笑みを浮かべながら、AKEBIに声をかける。
その様子に気付いた片倉も、ゆっくりとAKEBIの方を振り向いた。
「あ、いえ、その……私はちょっと、買い物の途中で……」
AKEBIの声は次第に小さくなっていく。
本来なら肉食系のはずが、今は完全に草食動物のような臆病な様子だ。視線は泳ぎ、手の指を無意味に絡ませている。
「声かけたらまずかったですか?」
ホスト店員が意地悪そうに聞くと、AKEBIはさらに慌てた様子で、
「いえ! そういうわけでは……あの、すみません!」
そう言って、まるで逃げるようにその場から立ち去ってしまう。
片倉はその様子を静かに見つめ、かすかに首を傾げていた。