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第30話 工場買収 中

 渡があらためて調べたところ、大阪には製薬会社が多いことが分かった。

 代表的な企業だけでも、塩野義製薬、小林製薬、田辺三菱製薬、武田薬品工業、住友ファーマなど名だたる企業が名を連ねる。


 会社名でピンとこない人でも、ドラッグストアを訪れれば、間違いなくいずれかの商品を目にし、購入しているだろう。

 錚々たる名前に、渡は思わず唸った。


「こうやって調べてみると、大阪には製薬会社が多いんだな……。そんなイメージはなかったんだが」

「どうもこの都市の歴史と関係しているみたいですよ。江戸時代、日本全国の薬種商が集積地としての大阪に集まったためなのだとか」

「ふうん、江戸時代か……。天下の台所って言われたらしいけど、そんな大昔の影響をいまだに受けてるんだな。大阪に生まれ育ってた割に全然知らなかったわ」

「こうしてお仕事として調べなければ、知ることもなかったかもしれませんね」

「多分そうだろうなあ」


 マリエルの言葉に同意する。


 江戸時代。

 いわゆる株仲間、ヨーロッパではギルドなどと呼ばれる組織『薬種中買仲間』が現代の大阪市中央区、当時の呼び名では、道修町どしょうまちに結成された。

 『薬種中買仲間』は、輸入漢方薬の流通を一手に引き受け始めたことで、薬の町として知られていく。


「道修町にある小彦名すくなびこな神社では、薬の神様でもあり、同時に交易の神様でもあるそうです。なんだか不思議な縁を感じますね」

「ふうん。まさに俺達にはピッタリ嵌まった神様だな……俺達もお参りしていた方が良いかも知れないな。今度参拝するか」

「やりましょうやりましょう。ご挨拶をしていて怒られることはありませんよ、きっと」

「俺も異世界を行き来して、神仏への畏れを本気で感じてるよ」


 渡は本心から言った。

 今は感謝の念ばかりだが、ひとたび神の機嫌を損ねれば、今までの幸運もどうなるものか分からない。


 少彦名すくなびこな神社では、少彦名命すくなびこなのみことが祀られていて、薬の神として健康増進、交易の神として商売繁盛の神徳があるとされている。

 医療・温泉・国土開発・醸造の神でもあり、中国の医学の神、農神のうしんとも合祀されていて、地元民はのうしん様、と呼ぶ人も多かった。

 他にも張り子の虎、の語源にもなっている場所だ。


 道修町に国内外の薬草や薬品が集まり、その道の人々も多く集まったことで、薬業の中心地となった後、全国へと薬が販売されていった。

 そういった流れもあって、大阪には多数の製薬会社が集まり、また製薬工場も多く建設されている。


「多くの薬草が集まるのだから、製造もしやすかったんでしょうね」

「そう考えると、大阪に日本を代表する大企業が多かったのも、自然な流れだったのかもしれないな」


 人も物も多ければ、大きな成功を収める者も自然と出てくるだろう。


 それから時は流れ、数多の店が興っては潰れた。

 今でも道修町には、一五〇社近くの製薬会社が本社を構えているという。


 そして令和の今は政治的な思惑もあり、中小工場は資金繰りが悪化して、閉鎖を考えているところが溢れている。

 これは中小の製薬会社に吸収合併を促して、少しでも大会社を増やそうという省庁の目論見だとされていた。


 渡たちが買収するには、非常に好都合だった。


「結構リストの数が多いな」

「それだけ経営の苦しいところが多いということでしょうね」


 渡たちは松尾から送られてきた資料を閲覧していた。

 買収が可能な工場のリストで、買収額は四千万から二億の間、最低限度の製薬、創薬の設備が揃っている。


 リストの中には詳しい生産能力や、設備の年式なども含まれて書かれていたため、機能として比較することができた。


 小規模工場が対象だけに、いざ薬が完成したからといって大量生産する能力はまったく期待できないが、現状ステラの手工業製品に比べれば格段にマシというものだ。

 量産の目処が立ちそうになれば、急いで工場を買い増したり、新設しても構わない。


 渡としてはまずは研究段階を越えて、認可を受けることを目標の第一に据えていた。


 急性治療ポーション、そして慢性治療ポーションが人の体を回復させているのは、いったいどういう働きによるものなのか。

 そして、それは科学的に証明することができるのか。


 どちらもまったく現状では分からないことばかりだ。

 渡とマリエルは肩を並べながら、それぞれノートパソコンとタブレットの画面を眺めて、もっとも良い条件を探した。


 マリエルの顔を横目で眺めていると、視線に気づいたマリエルがふっと顔を上げて、笑顔を浮かべる。

 髪をかきあげる仕草がとても可愛い。


「どうかしました?」

「いや、マリエルが可愛いから見惚れてた」

「もう……今は仕事中ですよ。真剣に取り組んでください」

「はーい」


 優しく叱られて、渋々作業に戻る。

 仕事が終わったらたっぷりイチャイチャシーンしよう。


 ……ここは駄目。ここも駄目。

 まずは明らかに条件に合致しないところを省いていき、保留する候補を残していく。


 そうして次々と候補が外される中、一つの物件に目が止まった。


「おっ、ここは良さそうだな。羽曳野製薬か」

「はびきの、ですか」

「大阪市の南東、堺市からは東に隣接してる市だな。車や電車でも十分移動できる距離だよ。注目ポイントはそこじゃなくて、事業としては今は後発薬の生産ばかりだけど、元々創薬を行ってたってところ。資金繰りが悪化して、創薬をするほどの体力がなくなって頓挫してるけど、そういう研究肌の人材が残ってるかも知れない」

「買収した時に、引き止めたほうが良い人がいるか、確かめる必要がありますね」

「そうだな」


 会社を買収する際には、あとは簿外負債というものに気をつける必要がある、と松尾はわざわざ忠告してくれていた。

 これは帳面上には記載されていない、銀行融資などを受けていた場合のリスクだ。


 買収とともにそういった負債まで引き受けなければならない可能性が出てくる。

 だが、多少の金銭的な補填よりも、本当に頼れる人材がいるならば、今の渡たちにはそちらの方がありがたかった。


「後は直接会って、買収に応じてもらえるか、その後どうなるか。こればっかりは出たとこ勝負だな」


 松尾に連絡を取り、買収の提案をどうするかを決めることになった。

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