「よくきた、ポンポ・コタヌー。人間の国に行っても同胞は同胞だぬー。それで、何の目的でやってきたぬー?」
タヌキ族の長は、豪華な部屋でふんぞり返っている……ということもなく。森の奥で集まって太鼓を叩いていました。連れられてきた冒険者達を見ると、すぐに縄を解かせて切り株で作られた椅子に座らせます。族長は他のタヌキさん達と比べると一回り大きい身体をしていて、頭に変わった布を巻いています。白地に青い水玉模様の入った布をねじって縄みたいにしたものをぐるっと巻いていますね。
「おお、こんなところにもねじり鉢巻きがあるんすね」
コタロウさんがなにやら関心を持っています。彼の故郷にある装備なのでしょうか?
「すぐに拘束を解いてしまっていいんですか?」
「タヌキの太鼓にはまやかしを破る力があるぬー。お前達がキツネのなりすましではないことは分かったから大丈夫だぬー」
ソフィアさんの質問に答える族長さんは自慢気です。太鼓を叩いていたのはそういうことですか、抜け目ないですね。
「実は……」
当事者ということで、シトリンが事情を説明しました。相手が友好的な態度なので、口の上手い人が交渉するよりは素直な気持ちをぶつけた方がいいと判断したのでしょう。ソフィアさんが彼女に促したのです。
まあ、このメンバーで口が上手い人なんてタヌキさんぐらいしかいませんけどね。
「なるほどぬー、それは大変だったぬー。でも
「うぐっ……」
穏やかな口調で、でも厳しくエルフ達の姿勢を批判するタヌキ族の長に、シトリンも言い返せずただうつむくしかありません。どうやらタヌキ族は総じて頭が良くて冷静かつ打算的な種族のようですね。もともとエルフに対してあまりいい感情を持っていないのかもしれません。情に訴えるのは得策ではなさそうです。
「長、俺達はヴァレリッツに行きたいだけだぬー。キツネの縄張りを上手く通り抜ける方法はないかぬー?」
タヌキさんがタヌキ族には迷惑をかけないという意思を示します。彼等はこういう交渉の方を好むのでしょう。
「そうだぬー、そこの勇者くんはどうしたいぬー?」
「俺っすか!?」
それまでボケーっと話を聞いていたヨハンさんが跳ね上がるように立ち上がりました。勇者呼ばわりされたせいで、目の輝きがとんでもないことになっています。なんと的確に相手の弱点を見抜いていくのでしょうか。タヌキ族長、恐るべし。
「敵対していた相手が困っているのを聞いてすぐに助けようとするなんて、物語の勇者様ぐらいのものだぬー」
「そ、そ、そうっすか? いやー当然のことをしたまでっすよ」
ああ、未だかつてないヨハン評にヨハンさんは嬉しさのあまり舞い上がっています。本当に空を飛びかねない勢いですね。
「それで、どうするつもりだぬー」
タヌキさんが横から助け舟を出します。ちょっと呆れている感じですね。当たり前ですね。
「うーん、キツネに相談はできないっすか? そんなに仲悪いっすか?」
ヨハンさんの言葉は、特に何も考えていない発言なのでしょうが。なかなか鋭いところを突いています。実際タヌキとキツネの仲については我々はよく知りません。伝聞と実情は違うということもよくありますからね。フラットな意見が出るのは、変に言いくるめようとしていないからこそなのかもしれませんね。
「ふふん、なかなかいい質問だぬー。その通り、タヌキとキツネは仲が悪いぬー。理由は性格の不一致だぬー」
なんか離婚の理由みたいな話ですね。
「タヌキとキツネは、元は同じムジナ族だったぬー。でも集団行動を好むタヌキと単独行動を好むキツネで度々意見対立が起こったぬー。今ではお互いの縄張りに足を踏み入れないことで争いを回避するようにしているぬー」
ああ、その性質の違いはどうにもなりませんね。無理に協調しようとしたら逆にトラブルが起こるやつです。人間の社会でもよく見ます。
「今喧嘩してるんじゃなくて、喧嘩しないように離れてるんっすね。だったら普通に事情を話せば大丈夫じゃないっすか?」
そう簡単なものではないと思いますが、話し合いもせずに最初から敵視して疑ってかかると、その態度が原因で事態を悪化させるということも往々にしてあります。もともとそのつもりでしたし、話し合いをするという方向は変えない方がいいでしょうね。
「そう簡単ではないし、近づいただけで喧嘩になるかもしれないぬー。そんなリスクを負うなら、見返りを貰わないといけないぬー」
「何をすればよろしいのでしょうか?」
ここでソフィアさんが前に出ました。条件交渉なら彼女の得意なところでしょう。皇帝ですし(偏見)。
「実は、タヌキとキツネのテリトリーの近くに厄介なモンスターが現れたんだぬー」
おっと、モンスター退治の依頼ですか。族長がニヤリと笑うのを見ると、あちらは最初からこの話を持ち掛けるつもりだったみたいですね。言うまでもなくヨハンさんの目が輝きます。乗り気なのは誰が見ても分かります。
「きっとキツネも困ってるぬー。あいつを倒せば、奴等も話を聞いてくれるかもしれないぬー」
悪くない話ですね。モンスターの強さにもよりますけど。
「急ぎたいけど……仕方ないわね」
シトリンがため息をつくと、話は決まったと見た族長が頷きました。
「ではモンスターの討伐を頼むぬー。敵の名前は
トウテツ……聞いたことがないモンスターですね。コウメイさんが喜びそうです。
「では早速討伐に向かおう!」
ここまで一言も喋らなかったアルベルさんが力強く言うと、パーティーは一斉に立ち上がるのでした。いい感じに役割分担が出来てますね。