どうしてレジスタンスのリーダーだったカリオストロさんがハイネシアン帝国将軍の服を着ているのでしょう?
いえ、分かってはいるのです。ただ気持ち的に納得できないのです。
「つまりカリオストロはハイネシアン帝国の将軍で、レジスタンスのリーダーをしていたのは、抵抗勢力を集めて一網打尽にするためだったってことね」
「それだけじゃない。レジスタンスに支援をするカーボ共和国の情報を得ると共に、敵対行為の証拠も手に入れることが出来たというわけだ」
ミラさんとサラディンさんの解説を聞き流しながら、私はあちらの広間で交わされている会話の内容を聞き取るのに集中しました。彼がレジスタンスの人達を騙していたのは確実ですが、過去を気にしても仕方ありません。これから彼等がやろうとしていることを妨害することで今後の被害を抑えるべきだと判断したのです。
実を言うと、あまり深く考えたら落ち込んでしまいそうなので少し現実逃避気味だったりします。
「カリオストロ将軍の策略はいつも見事なものですな」
「ブーはただ一番楽に結果が得られる方法を考えてるだけだブゥー。見ての通りものぐさなんだブゥー」
あの口調は演技ではなかったんですね。一番楽に結果が得られる……そのために最も効果的な策略を考えるということですか。そこに正々堂々とかいう言葉はないようです。策略というものはそういうものなんですけどね。
私もハッタリで相手を翻弄するような戦い方をしますが、なんでしょう、上手く言えないのですが何かが違うんです。私にはこういう騙し合いのようなものは性に合いません。こんなことだからクレメンスさんやモミアーゲさんに甘いと言われてしまうのでしょうが、元々私は組織のトップに立つようなガラじゃないですからね。
……先輩だったら、飄々とした態度で相手を手玉に取って、それでいて卑怯さを感じないような策を講じるんですけど。人を巻き込むのが上手い人だから、組織のトップにも相応しいと思います。サラディンさんは危なっかしいって言ってましたが、それこそが人の上に立つ資質なのだろうと感じます。手助けしたくなってしまうところですね。
私なんて、誰も助けてくれませんからね。頼ってはくれますけど。
「それは良いですねー、私も一日に三分しか働きたくないんですよ」
横からカリオストロに声をかけるのは、あの天人。イーリエルは、確かにやる気の感じられない人物ですがさすがに一日三分は怠けすぎでしょう。
「それなら三分で済むような仕事をするブゥー」
いいんだ!?
こんなお気楽コンビにいいようにやられちゃってるのがなんとも悔しいというか残念というか。
「イーリエル様なら三分あれば一国を滅ぼすことも可能ですからね!」
さっきから将軍達に称賛の言葉を投げかけているのはよく分からない貧相なおじさんです。たぶん彼のことを意識する機会は来ないと思います。
「それで、カリオストロさんの三分間お料理はどんな内容です?」
おじさんの存在を意に介した様子もなく、カリオストロに作戦を尋ねます。私もそれが聞きたかった。
「ブフフ、次は闇エルフの国を攻めるブゥー。あのウサギに仕込んだアレを使うブゥー」
ウサギに仕込んだ!?
「ああ、なるほどー」
イーリエルが悪戯っぽく笑いました。これは危険です、何かわからないけどあの奴隷になっていたウサギさん達にブタの策略が仕込まれていたようです。ハイネシアン帝国は武闘派なイメージだったんですけど、こんなにいくつも罠を張り巡らせて他国を陥れていく国だったんですね。このブタが相当に用意周到な策士なのでしょう。
そういえばムートンのブタ族がハイネシアン帝国ではなくソフィーナ帝国を非難していました。もしやあちらとも繋がっているのでは?
「とりあえず、このことはクレメンスさんに伝えておきますね」
そのためのコタロウさん潜入ですから。せっかく手に入れた情報はちゃんと伝えておかないと。
「私はフローラリアにも警告を出しておくわね」
モフモフ好きのミラさんが仲良くなった闇エルフの国に連絡を取ろうとします。そうですね、それがいいと思います。
「いや、待て」
しかし、サラディンさんがそれを止めました。
「何故止めるんですか?」
サラディンさんのことだから、考えがあってのことでしょう。私は純粋に疑問に思ったので、素直に聞きました。ミラさんも大人しく聞いています。他の人が止めたら彼女が怒り出すところですが、さすがの信頼ですね。
「ウサギに仕込んだアレというのが何か分からない状態で、その情報を闇エルフに伝えたら何が起こると思う?」
サラディンさんが私達の顔を交互に見ながら質問してきます。何が起こるって……あっ!
「闇エルフが全てのウサギを疑って、無関係なウサギがとても嫌な思いをします。そうなると仲違いを起こして内部分裂につながりかねません」
「そういうことだ。何でも伝えればいいというものではない」
「でも、あのブタが何か仕込んでて鳥女が攻め込むんでしょ。放っておくわけにはいかないわ!」
ミラさんが抗議します。確かに、放っておくわけにはいきません。となれば……。
「俺の出番っすね!」
いつからいたのか、ヨハンさんが話に入ってきました。
「ヨハンさんの出番かは分かりませんが、そういうことですね」
「ボクの鼻も役に立つよ!」
そしてイヌ族のラウさんが手を挙げます。彼はあのあとアーデンにやってきて冒険者登録をしていました。
「つまり、どういうこと?」
ミラさんが首を傾げます。うーん、魔術の腕前は凄いのに察しが良くないですね。
「闇エルフ達にハイネシアン帝国が攻めてくることを伝えにギルドの冒険者が向かって、彼女達には知らせずに怪しいウサギを探すんですよ」
「でも闇エルフの国は大陸の反対側よ? あいつらが攻め込む前に辿り着けるかしら」
「黒エルフの国まで瞬間移動した私の術を甘く見てもらっては困りますよ。フローラリアまで冒険者を数人送るぐらいならできます。片道ですけどね」
ミラさんも連絡を取ろうとしたように、フローラリアとはお互いに魔術で声を届けることのできる拠点を開設しています。これは冒険者管理板の追跡術を応用したもので、冒険者が一度たどり着いた重要拠点には魔力のマーキングがされて、私の術で声を届けたり瞬間移動したりできるのです。
さすがに瞬間移動は私自身も依頼を受けた冒険者のいる場所以外では限られた地点にしか行けませんし、他人を移動させるにはかなりの魔力を消費するので頻繁には行えないのですが、今回の状況にはちょうど役立ちます。
「念のために依頼を出しておいた方がいい」
慎重なサラディンさん、追跡もできるように依頼の形式を取るように提案してきました。さすがのサブマスターです。むしろ運営はこの人だけでいいんじゃないでしょうか?
そして、この会話を聞いていた一部の冒険者達が目を輝かせてこちらを見てくるのでした。
ええと、誰に頼みましょうかね?