「それでは、ハイネシアン帝国を出し抜くためにまずムートンと接触しましょう」
クレメンスさんは真面目な顔になると、新たに政治的な話を始めました。ギルドはあまり政治と関わりたくないんですけど。
「ムートンってブタ族が暮らしてる山ですよね。ソフィーナ帝国を非難していましたけど」
皇帝のソフィアさんがエルフの女王と仲良くしていたという、言い逃れのできない事実を元に非難していましたから、仲間にするのは難しいのではないでしょうか? 私の中でもカリオストロのせいでブタ族の印象はあまり良くないのですが。
「カリオストロのようなブタはそうそういませんよ。こう言ってはなんですが、彼等はあまり頭が良くないのでね。恐らく今回の声明は何者かが裏で糸を引いていると思われます」
「それは、カリオストロじゃないんですか?」
「カリオストロは策略家ですが、遠くの森で起こっていることを知る能力はありません。覚えていますか? 黒エルフの国はエルフの女王アレキサンドラを差し出すことでハイネシアン帝国に命乞いをしようとしていました。なぜなら、彼女が遠隔魔法の使い手だからです」
そうでした、ハイネシアン帝国が遠隔魔法の使い手を欲しがっているというのは、各国の首脳陣の間では有名な話らしいです。それもブラフという可能性はありますが、コタロウさんの一件を思えば、きっと本当のことなのでしょう。
「ではムートンに向かう冒険者を募りましょう。ソフィーナ帝国領を移動して大陸の東側から北上するのが安全ですね」
途中で船に乗る必要がありますが、エルフの森を行くよりはずっと安全でしょう。
「船で直接ムートンに行くのは?」
「それだと目立ちすぎますよ。ブタさん達を
ミラさんの提案はすぐに却下しました。相手が何者でどこにいるかも分かりませんからね、船で直接行くのは危険すぎます。
「それなら私が行きましょう」
そこに、いつの間にいたのかソフィアさんが手を挙げました。隣にはアルベルさんもいます。
「あれ、フロンティアでダンジョン探索をしていたのでは?」
「ムートンの話を聞いて戻ってきたんです」
そうですか。皇帝陛下が戻るべきところはソフィーナ帝国の宮廷ではないかと思うのですけど。
「ブタ族の皆さんとは私が話し合うべきだと思います」
そうですね。
「ジュエリアと同盟を組むという噂は本当なの?」
いやー、さすがにソフィアさんがそんな話をするとは思えませんよミラさん。
「国と国の話は宰相に任せていますので、私がアレキサンドラさんとそんな話をすることはありませんわ」
ですよね。
「ともかく、私とアルベルがムートンに話し合いに行きます。その間に黒幕を見つける人員がいるといいですね」
なるほど、ブタさん達の注意を引き付ける役を買って出るというわけですね。
「ボクが行く!」
イヌ族のラウさんが声を上げました。闇エルフの国に行けなかったから、こちらで鼻を活かしたいという意気込みでしょう。実際こういう任務にはラウさんがうってつけです。
「そうなるとバランス的に魔術師がいた方がいいわね。私も行くわ」
「ミラさんはラウさんをモフモフしたいだけでしょ。今はギルドの規模が拡大してサブマスターの仕事も増えているんですから、ここにいてください」
本当は黒幕を突き止めるという任務にミラさんは向いていないと判断したのですが、そういうことを正直に言ってはいけません。
「じゃあ誰が行くのよ」
頬を膨らませて尋ねてくるミラさん。能力で言えば現在指令中のユウホウさんが適任なのですが、無いものねだりをしても仕方ありません。
「もちろん本人の希望次第ですが……マリーモさんに行ってもらいたいと思います」
「へっ、私!?」
突然指名されたマリーモさんは、今日も酒場でエールのジョッキを片手に歌っていました。
「支援者じゃない」
「別に魔術師である必要はないからいいんですよ、彼女も元は魔術師でしたし。険悪になったブタ族との関係を改善するために行くとなると、吟遊詩人のマリーモさんが頼りになると思うんですよね。とはいえ指令ではないので、完全に個人的なお願いになりますけど」
マリーモさんは吟遊詩人ですが、魔法のような攻撃スキルを得意としていますからね。
「いいわよー、ソフィーナ帝国の旅も楽しそうだし」
「それではよろしくお願いいたしますわ、ラウさんにマリーモさん」
「長旅になるだろうから、準備をしっかりな」
久しぶりに喋ったような気がするアルベルさんが、ラウさんとマリーモさんに真っ当な忠告をしています。この人、基本的には真面目で優秀な騎士さんなんですが、ちょっと余計なイメージが先行してしまっていますね。
「うん、わかった!」
元気いっぱいなラウさん。冒険に出られるのが嬉しくて仕方ないみたいです。尻尾をブンブン振る様子は、散歩に出かける前のワンコそのものですね。
「長旅は慣れたものよー、吟遊詩人だからね」
マリーモさんはよく各地を回って歌と演奏を披露しているそうですね。おかげさまで運搬系の依頼がほどよく消化されて助かります。
「気を付けてくださいね。誰がブタを唆しているのか分かりませんから」
「大丈夫よー、なんとなく見当はついてるし」
えっ、そうなんですか? マリーモさんが自信満々に放った言葉に、私だけでなくソフィアさん達も驚いた顔で注目しています。
「どこの誰なのですか?」
「それはまだ秘密よー。旅をしていれば色々と情報が入ってくるからねー」
悪戯っぽく言うマリーモさん。単なるハッタリではないかとちょっとギフトを使ってみましたが、どうやら嘘は言っていないようです。
「だから、まずはソフィーナ帝国の首都クレルージュを目指してねー」
ふむ?
四人は以前開拓した道を通ってクレルージュへと向かうのでした。