「こんにちは、イベリコです」
「おお、イベリコか。何かあったのかね?」
ソフィアさんを連れてイベリコさんがやってきましたが、先ほど家の鍵を盗賊に開けられた長老は何もなかったかのように挨拶を返しています。普通なら怪しい連中がやってきたと伝えて警戒を促したりするものですが。
「ホワイトさん、ソフィーナ帝国の皇帝陛下がやってきました。あなたとお話がしたいと」
イベリコさんが家の扉に声をかけます。中の人はどんな反応をするのでしょうか?
「皇帝自ら? いいだろう、話を聞こうではないか」
堂々とした口調ですね。でも扉を開ける気は無いようです。
「初めまして、ソフィーナ帝国皇帝ソフィーナ・ヴァルブルガ・アマーリア・ヴィルヘルミーナ・フォン・クレルージュと言います。そちらの出した声明について、理由や経緯などをお聞きしたいと思いやってまいりました」
ソフィアさんは扉に向かって話しかけます。中に入ろうとはしないのでしょうか? たぶん、いや間違いなく中にいるのはラージ・ホワイトさんではないんですけど。
「帝国がエルフの国と同盟を結んだと聞いてな。エルフは我々ブタ族を見ると襲い掛かってくる蛮族だ。そんな連中と手を組む国とは交流できん。木材が欲しければカーボ共和国から買うんだな」
ん? 話の内容は聞いていた通りですが、最後の言葉が引っかかります。カーボ共和国とブタ族が取引をしているのは知っていますが、自分達が交流したくない相手が自分達の輸出した木材をカーボ共和国経由で輸入するのはいいんですか?
「カーボ共和国から迂回輸入をするのは構わないのですが、それ以前の問題として我が国がエルフの国と同盟を組んだというのが嘘なので、ブタ族の皆さまともこれまで通り交流していきたいと思っています」
「嘘だと?」
「ええ、私がエルフの国に行ったのは本当ですが、国の政治は宰相のユダに任せているのでそのようなことを私が決めることはありません。あれはフォンデール王国の冒険者として依頼された任務をこなしただけですわ」
確かにそうでしたね。皇帝陛下が他国で冒険者をやっているのがおかしいのですが、そこはこの際どうでもいいでしょう。それにしても、カーボ共和国のことが気になって仕方ありません。ユダもカーボ共和国に向かったそうです。この家にいるのも小太りの中年男性らしいのですが、さすがにユダ本人ではないでしょう。ソフィアさんとアルベルさんが声を聞いて気付かないはずがありません。いや、声だけならイベリコさん達も長老だと思っているのでたぶん変えているのでしょうが、近しい人なら話し方から察することもあります。
長老と最後に顔を合わせたカリオストロもカーボ共和国との交渉に当たっていたという話でした。カーボ共和国はレジスタンスのリーダーをしていたカリオストロに様々な支援を行っていたとも聞いています。そしてハイネシアン帝国がカーボ共和国に宣戦布告し、カリオストロはハイネシアン帝国の将軍だった。
うーん、なんとも難しい関係ですね。カーボ共和国は騙された被害者のようにも見えますし、実は全ての元凶だったということも考えられます。
「ユダが嘘を言うはずがない! あいつの夢……っと、とにかく、信じないぞ!」
んん? どういうことですか?
「ユダの夢と言いましたか? その言葉、聞いた覚えがあります。やはりここに来たのはユダだったんですね。詳しく話してくださいな」
夢……確か、メヌエットがユダの望みを叶えたとか言っていましたよね。
「これ以上話すことはない。帰ってくれ」
「ホワイトさん、一体どういうことです? あの男性と知り合いだったんですか?」
イベリコさんが問いかけますが、返事はありません。
「失礼、その扉を開けて頂けないだろうか。場合によっては、力ずくで……」
「アルベル、おやめなさい。ここは一旦退きましょう」
アルベルさんが扉を破壊しようと剣に手をかけましたが、ソフィアさんが止めました。焦っても仕方ないですもんね。新しい情報も得られましたし、一旦ブタ族の町に戻って作戦を練った方がいいでしょう。
◇◆◇
「それにしても、カーボ共和国は何なんでしょう。ちぐはぐな動きをしているようですが」
私が冒険者管理板に向かってひとりごとを呟くと、恋茄子が答えてくれました。こういう時の話し相手はいつも恋茄子ですね。
「簡単なことじゃない~、ソフィーナ帝国の宰相が皇帝の悪い噂を流しているように、国家は一枚岩じゃないってことよ~」
歌いながら鋭いことを言う謎植物です。彼女(?)の言葉を聞いて、私は目の前にかかった
「そうか、カーボ共和国の中にハイネシアン帝国の敵と味方、両方の勢力があるんですね! 当然共和国の実質的な支配者である商人ギルドはハイネシアン帝国と敵対していますが、それを快く思っていない者もいる」
「そういうことね~」
なんでこんな簡単なことに気付かなかったのでしょう。どこの国にも、トップの方針に反発する勢力はある。そしてそんな人達は、自分の住んでいる国が他国から攻め込まれても構わないと思っていたりもする。これまでに滅んだいくつもの国が、そうやって内部崩壊をして大国に負け、吸収されてきたのです。
となれば、こうしてはいられません!
「どこに行くの~?」
「ちょっとクレメンスさんのところまで! 留守番お願いします」
私は、ギルドを飛び出して宮廷へと向かったのでした。