■その247 恋する乙女は欲張りなの!■
笠原先生は、生徒一人一人を良く見ていてくれます。きちんと見て、必要な助言をくれます。口調は嫌みったらしい時があるけれど、間違えてないから言い返せない… だから余計に、言われた相手はイライラしたり、傷付けたりするんですけど、生徒には気を使っています。身長が高くて痩せていて猫背で、髪も長くても短くてもボサボサで、眼鏡をかけていて、いつも白衣着ていて、その下はだいたい派手なアロハシャツ… それが、生徒達の共通認識です。最近はそこに、射撃がべらぼうに上手い! が追加されました。
「私、欲張りだわ」
「卵、もう1パック、買っておく?」
卵の棚の前で呟いた
いつものス-パーです。学校から帰って、お昼をササササっと済ませて、クリスマスパーティのご馳走作りをしていたんですけれど、材料が足りなくなって2人でお買い物に来ました。くっついて来ようとした
お店の外も内もクリスマス一色で、お惣菜やお弁当もクリスマス料理がメインです。主も桃華ちゃんも、赤いワンピ-スに、フードや裾に白いファ-がついた真っ赤なマントコ-トで、サンタさんみたいです。赤い帽子の代わりが、リボンですね。
「あ、大丈夫大丈夫。そんなに食べさせたら、父さんのコレステロール上がっちゃう」
桃華ちゃん、慌てて主の手から卵パックを取って、棚に戻しました。
「父さん、もう少し運動すればいいんだけど。日がな一日レコード聞きながら、本ばっかり読んでいるんだもの」
「あら、勇一伯父さんの煎れる珈琲は、すっごく人気じゃない」
主と桃華ちゃんは、お話ししながらレジを済ませて、本屋さんによりました。本当の目的が、本屋さんだったんですよね。4人分の図鑑をクリスマス用に包装してもらって、2人で分けっこして持ちました。
「桃ちゃん、ちょっとだけ寄り道しよう」
本屋さんを出ると、辺りはうっすらと暗くなり始めていました。主は桃華ちゃんと繋いでいる手を引っ張って、駅に向かいます。駅構内の改札近く、はめ殺しのとっても大きな窓からは、商店街のメイン通りが上から見えます。街灯も街路樹も家々も、ライトアップされてキラキラしていてとっても綺麗です。
「桃ちゃんとね、見たかったんだ」
ニコって微笑んだ主に、桃華ちゃんはギュって抱きつきました。
「あ~、本当に、
「桃ちゃんも~」
主もギュって、桃ちゃんの腰に両腕を回しました。
「私は天使なんかじゃないわ。天使は、欲張りじゃないもの」
桃華ちゃんは溜息をつきながら、ライトアップされた商店街を見ました。
「桃ちゃん、欲張りなの?」
「そうよ? 知らなかった?」
キョトンと聞いた主に、桃華ちゃんは大袈裟に答えました。
「知らなかった!」
主も、大げさにビックリして見せます。
「「フフフフ…」」
そして、顔を見合わせて笑い合いました。桃華ちゃんは、ライトアップされた外を見ながら、話し始めました。
「私、桜雨を他人にとられるの、絶対嫌だったじゃない? まぁ… 水島先生には、一千万歩譲ってあげたけれど」
主、ちょっとだけクスっと笑います。
「まぁ、水島先生はちゃんと桜雨の事を第一に考えて守ってくれるし、桜雨をどこかに連れて行くようなことはないから…。だから、一千万歩譲って認めてあげてんだけど… 私ね、今日、気が付いちゃったのよ。笠原先生、生徒の事は
そうですね。今日も成績表渡す時、ちゃんと一人一人にお話ししていましたね。
「私も、そのうちの一人なんだなって… 私以外の事も、ちゃんと見てるんだなって…」
なるほど、三鷹さんが主を独り占めするように、桃花ちゃんも笠原先生に独り占めして欲しいんですね。
「う~ん… 三鷹さんはね、私を誰にも渡したくなくって『先生』になったんだって。でも笠原先生は先生になった後で、皆の中から桃華ちゃんを『好き』になったんだよね。そこの違いだと思うんだけど…。でも、笠原先生、桃ちゃんの事、とっても大切にしてくれてると思うよ」
「うん、分かってる。だから、『私は欲張り』なのよ。桜雨も笠原先生も、両方手放したくないんだもの。2人から、ちゃんと見ててもらいたいんだもの」
主はクスクス笑って、桃華ちゃんと繋いでいる手に力を込めました。
「私も一緒。三鷹さんは特別な人だけど、桃ちゃんも特別。私、三鷹さんからも桃ちゃんからも、放れるつもりないよ? 私も『欲張り』だね」
桃華ちゃんは、もう一度ギュッと主を抱きしめました。
「そう言えば、坂本さんが言ってたよ。恋する乙女は欲張りなのよ! って。だから、どんどん綺麗になるんだって」
主は桃華ちゃんの背中を、ポンポンって優しく叩きます。
「そっか… 私達、もっと綺麗になっちゃうんだ」
あ、そこですか?
「うん。もっと綺麗に… 胸も大きくなるかな?」
「大きくなったら、もっと悪い虫が寄って来るわよ。桜雨はこのサイズでいいの!」
主が一番気にしているのは、そこなんですよね。桃華ちゃんは、主の両肩をガッ! と掴んで体を放すと、主の胸元に視線を下ろします。
「… 恋する乙女としましては、大きくなりたいのが切実な願いです」
主も、自分の胸元に視線を落として… 2人同時に噴き出しました。
「あ、桃ちゃん笑うなんて酷い」
「桜雨も笑ったじゃない」
主も桃華ちゃんも、笑いながら歩き出しました。
「そろそろ帰らないと、過保護組が探しに出始めちゃうね」
「ご飯の仕上げもしなきゃ」
2人は楽しそうに、ライトアップされた商店街の中を歩いて、家に向かいました。仲良く手を繋いで、クリスマスソングを歌いながら。主の音程は、いつも通り、ちょっとズレていましたけど。