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第246話 2学期が終わります 

■その246 2学期が終わります ■


 12月の朝日が昇り始めた頃。ツンとした空気が音を広げないように、アパートの外階段を上がるのはそぉ~っと。2階の右端のドアの鍵も、ドアを開くのもそっ… と。

 暗い部屋に、白々とした細い光の帯が差し込みます。その光の帯を遮るように、白く小さな手が外から差し込まれ、靴箱の上に何かを置いて、サッと引きました。そして、そっ… とドアと鍵が閉められました。



 今日は12月24日、クリスマスイブです。学校は、2学期最後の日。体育館での終業式が終わって、主達は教室に戻ってきました。後は、成績表やプリントを貰って、笠原先生のお話を聞けば終わりです。クラスの皆は、今日ぐらいはお勉強から少し解放されているみたいですね。


「今日の白川さん、いつにも増して可愛いな」


「俺、東条さん派。メチャクチャ美人じゃね?」


「あれだけレベル高かったら、どっちでもいい」


「ばぁ-か。お前らさ、水島先生と東条先生に勝てんの?」


「そうそう。顔、頭、家、貯金、性格、喧嘩の強さ、包容力… 俺、一つも敵わないぞ」


 なんて、窓際の席に座る主と桃華ももかちゃんを見ながら、男子達の会話が盛り上がっています。今日で2学期が終わりだとか、明日から冬休みだとか、クリスマスイブだとか… 理由は様々ですけど、浮かれちゃいますよね。


「東条さんと、クリスマス過ごしたい~」


「梅ちゃんと一戦まじえる? 妹のこととなると容赦ないから、アバラの1~2本は諦めれば、万が一に勝機あるかもよ?」


「いやいや、アバラ犠牲にしても、水島先生に勝てなかったじゃん、佐伯は。あの佐伯が勝てないんだよ? しかも、水島先生より、梅ちゃんの方が強いんだよ? ムリムリムリムリ」


 ある意味、伝説になりつつありますもんね。


 主と桃華ちゃんは今日も仲良く、今日のチラシをチェックしています。そんな2人は、ピシッとアイロンのかかった、白いセ-ラー服の下に白いタイツ。ハ-フアップの髪に結んでいる、赤の細いリボンがよく目立ちます。


「でもさ、あんだけレベル高い妹と従姉妹なら、シスコンになるのも分かるよな~」


「梅ちゃん自身、レベル高いしな」


 言われてますよ、梅吉さん。


「なぁなぁ、スカートの下に、ジャージってどう? お兄さんとしては、色気を感じないんだよね~」


 男子に噂されている当の梅吉さんは、冬休みや受験の話で盛り上がっている女子の輪の中にいました。今日は終業式だから、ス-ツですね。4人の女の子は、制服のスカートの下にジャージを履いています。


「梅ちゃんはズボンなんだから、寒くないでしょう? スカート、中がスースーするんだから」


「そうそう、体冷えちゃう」


「スカートの中も見えちゃうし」


「ってか、梅ちゃん、それセクハラ。梅ちゃんじゃなかったら、アウトな発言」


「セクハラかぁ~、高浜先生に怒られるな」


 梅吉さん、女の子達と一緒に笑ってます。スカートの丈、基準よりだいぶ短いですよね?


「でもさ、タイツあるじゃん。あれ、暖かくないの?」


「白タイツ! 膨張色!!」


「履く人、選ぶんだから-」


「少しでも細く見せたい乙女心、梅ちゃんは分かってくれるよね?」


 なるほど。でも、ジャージも白ですよね?


「梅ちゃんの妹Sは素材が良いから、履きこなせるけどさ-」


「本当に、羨ましいよね。お兄ちゃんも、カッコいいもんね~。シスコンは嫌だけど」


「きっと、何食べても太らないんだよ。私なんか、受験のストレスでチョコ食べまくって5キロ増加したのに、今日はクリスマスイブじゃん!」


「ご馳走食べなきゃじゃん」


「ヤバい、更に増加じゃん」


「しかも、すぐ正月」


「始業式休んだら、制服入らなくなったと思って」


「「「ヤバい」」」


 お友達の自虐ネタに、他の子は大爆笑です。


「よし、そんなに体重きになるなら、一緒に剣道しようか。痩せるぞ~」


「梅ちゃん、うちら受験生だってば」


「部活勧誘なんかしたら、ヨッシー(笠原義人先生)に嫌み言われるよ~」


 なんて梅吉さんが女子と盛り上がっている時、窓際の席の主と桃華ちゃんは、チラシを見ながら何やらお話し合いです。


「今日、何人だっけ?」


「うちが5人、桃ちゃんちが4人、三鷹みたかさん、笠原先生、佐伯くん、田中さん、大森さん、松橋さん、近藤先輩、和桜なおちゃん、坂本さん、サクさん、工藤さん、岩江さん… 21人かな」


 … 勢ぞろいですか。和桜なおちゃんは、主のお母さん方の従妹で、主の小さい頃にそっくりなんです。


「ダイニングテーブルは、うちと桜雨の親4人と理容師組3人、工藤さんの8人で、炬燵こたつに残り13人… 龍虎りゅうこ和桜なおちゃんが小さいから、大丈夫かな?」


「お料理は間に合うけれど、飲み物が足りないかも。… 梅吉兄さん達に、お願いしておくね」


 主と桃華ちゃんは、今夜のクリスマスパーティ兼忘年会の打ち合わせをしていました。言いながら、主はスマートフォンを取り出して、グループLINEを開きます。お父さんの修二さんに頼めば、配達のついでに買ってもらえるんですけれど、お花屋さんなので先週から大忙しなんです。


「あ、桜雨おうめ、ハムとキュウリとヨーグルト、安いよ。ブロッコリーも買っておこうか。

今夜、和桜なおちゃんお泊りなんでしょう? 多目に買い物しておこうね。お店の冷蔵庫、借りなきゃダメかな?」


そ んな話をしていると教室のドアが開いて、成績表を抱えた笠原先生と、プリントを抱えた三鷹さんが入ってきました。皆、言われなくても自分の席に姿勢よく座って、教壇の笠原先生に注目しました。


「はいはいはい、終業式お疲れ様です。成績表とプリントは最後に手渡しますので、受け取った生徒からそのまま下校してください。

 その前に、各連絡事項を…」


 笠原先生、今日もスーツの上から白衣です。トレードマークは外せないようです。


 淡々といつもの様に事務連絡を伝える笠原先生と、その話に必要なプリントを配る三鷹さん。梅吉さんは、後ろで呑気に聞いています。


「では、これから成績表を渡します。呼ばれた生徒は、帰り支度をして来てください。では、相沢君…」


 成績表の手渡しが始まりました。皆、ソワソワしながら、お友達を小声でお話をしながら、呼ばれるのを待っています。三鷹さんは、クラスの子に世界史の事で質問されています。


「兄さん、兄さん…」


「ん?」


 名前を呼ばれるまで、今夜の打ち合わせを再開していた桃華ちゃんが、教室の前の方のドアの影に、2つの影を見つけました。成績表を受け取って教室から出たクラスメイトは、皆その影にギョッとしていきます。


「あれ、隠れてると思う? 笠原先生には、見えない位置だけど…」


「… 声、かけた方がいいかな?」


 立ち上がろうとする主を、梅吉さんがそっと制しました。


「いやいや、嫌な予感しかしないから、スルーしておこう」


「でも、廊下にうずくまってたら、冷えちゃうよ」


「優しいんだから」


 桃華ちゃんは苦笑いしながら、主の鞄を机の上に出しました。


「帰るタイミングで、声かけてあげよう」


「白川さん」


 桃華ちゃんがウィンクすると同時に、笠原先生が主を呼びました。


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