■その254 サンタは恋人未満3■
母さんと美和さんが、命懸けで産んでくれた妹達は、俺の一番の宝物。今まで大切に大切に育ててきた。これからも、誰もが羨む『幸せ』を与え続けたかった。でも、俺が示した道を、手を繋いでいつまでも歩いていくはずもなく…。あれだけ『
『梅吉、そろそろ桃華ちゃんと桜雨ちゃんから目を放しなさいよ。2人とも、ちゃんと守ってくれる王子様が出来たんだから。シスコンも度が過ぎると、大切な妹達に本当に嫌われるわよ』
『貴方は桃華の、白川姉弟の、お兄さんでしょう?』
坂本さんと笠原に言われた。ごもっともだと思ってる。
そうなんだよな…。妹達に恋人が出来ても、旦那さんが出来ても、それぞれの家庭を作っても、俺は『お兄ちゃん』であることには変わりないんだ。
恋人も旦那も、所詮は赤の他人。別れたら、『お兄ちゃん』が慰めてやれるし… ってか、泣かす奴は社会生活がおくれないように制裁してやる。
「東条先生、やっぱり、帰りましょうか?」
急に、綺麗に整えたこげ茶色の眉をハの字にした、三島先生の顔が視界に入って来た。
「あ、いや、すみません。考え事をしていただけ」
「東条さんと白川さんの事、心配なんですよね? 私、今日はすごく満足しましたし、延長で珈琲まで一緒に飲めたから、もう心残りはないです!」
心残りって…。しかも、珈琲は自動販売機の缶珈琲。まぁ、俺がリクエストしたんだけれど。買ってくれた三島先生は、お洒落なカフェに入りたいみたいだったけど… 三島先生、人込みに疲れていたみたいだしな。
ここは、ゴミゴミしていなくて良い。雑居ビルが立ち並ぶ大通りから少し離れた川沿いは、春に歩けば行けども行けども満開の桜が綺麗なんだろうけれど、残念ながら今は冬。まだ小さな花芽をもった桜の樹は、休眠して春が来るのを待っている。川のせせらぎを聞きながら、ビルの影に落ちていく夕日を見ていた。
「あのさ、三島先生は、どうしてそんなに俺が良いのよ?」
「一目惚れですから、そんなに深く聞かれても、困っちゃいます」
俺の隣で、眉をハの字にしたまま、三島先生は缶珈琲を啜った。
「一目惚れなら、小暮先生でもよくないか?」
似てるらしいからさ。認めたくないけれど。
「あ、それは無いです。絶対、100%、まったく無いです」
速攻で返事が帰って来た。そんなに、嫌なの?
「和君は、お兄ちゃんと一緒ですもん。私、ブラコンじゃないですから。あ、嫌味じゃないですよ」
三島先生、慌てて手を振って否定した。
「東条先生の雰囲気とか笑顔とか、生徒達との関わり方とか… あと、シスコンな所も好きだったりします」
「シスコン… ねぇ。
でも、自分の好みを俺の好みに合わせるのって、疲れない? 素の自分を出せる相手の方が良くない? 洋服、髪型、アクセサリー、金も時間もかかるだろう?」
「お金は心配ないですよ。お父さん、未だに私にお小遣いくれるので。
私、いつも好きになった人の好みに合わせていたから、自分の好みを忘れちゃったんですよね。ほんとーに変な趣味はさすがに嫌ですけど、ほら、私って、何でも似合うじゃないですか。逆に、色々試せて楽しいですよ。
あー… でも、和君に『特攻はやめろ』『長セリフやめろ』『空気を読め』は、振られて泣きつく度に毎回言われるんで、今日は気を付けていたんですけど、『長セリフ』はやっぱり難しいですね」
そう言えば、専務も娘に甘いって言ってたな、小暮先生が。小遣い、給料と同じぐらい貰っているんじゃないのか? 『特攻』って、いつもの勢いよく突っ込んでくる、あれか。
「好きになったら、その人しか見えなくなっちゃうんですよね、私。それで、相手にも好きになってほしくて、私しか見て欲しくなくって、相手の全部が私の物にならないと嫌なんです」
俺の周り、こんな人ばっかりだなぁ。
「俺、駄目じゃん」
「そうなんですよ。いつもの私なら、『東条先生の周りにいる人達、私の邪魔しないで!!』って、キーキー嫉妬しちゃって大変なんです。あ、でも、今回も最初はそうでしたよ。東条先生に私を見てもらいたかったし、少しでも気にかけて欲しかったから、色々頑張っていたんですけど…。白川さんにハッキリ言われて、目が覚めたって言うか、周りが見えたっていうか… 東条さんや白川さん、笠原先生、水島先生… 周りの人達がいて東条先生なんだなぁって思ったんですよね。笠原先生にネチネチ言われて、仕事していたタイミングでもあるんですけどね。だから、余計に冷静に東条先生を見れてたのかな? そんなこんなで、『私も、皆の輪の中で、東条先生と一緒にいたい』って、思い始めたんですよね。東条先生を独り占めするより、皆と一緒の方が楽しそうだったし、実際、仲間に入れて貰ったら楽しいし…。だから、無理はしてないんですよ」
見事な長セリフ。俺が口出すスキも無い。おかげで夕日はすっかり落ちて、代わりに街灯の灯りがついた。
ここら辺にはイルミネーションが無いし、音楽も流れていないから、クリスマスの雰囲気が全くない。
「それに、東条先生、去年のクリスマスプレゼント、どこかにやっちゃったでしょう? プレゼントの中身、何だったか覚えてます?」
「… ごめんなさい」
まずい… どこかにしまい込んで、すっかり忘れてた。これは、本当に申し訳ございません。
「あははは、そうだろうと思ってました。だから、この前、一口マフィンを受け取って食べてくれた時、凄く嬉しかったんです。美味しいって言ってくれたし、東条さんや白川さんにもススメてくれたでしょう? 東条さんは怒ってたけど、私は嬉しかったですよ。
で、今年のプレゼント… いつか、使ってくれたらいいなって思ってたんですけれど…。今日だって、昨日の夜強引にお誘いしたのに、ちゃんと来てくれたし、ネクタイもしてくれたし、デートの時間だって延長してくれたし。私、もう、死んじゃうんじゃないかなって思うぐらい、嬉しくて幸せなんですよ」
そうか、『来ない』『ネクタイをしない』っていう選択もあったんだよな。
それをしなかったってことは…
「嬉しいのはいいけれど、死んじゃうのは困るな」
まぁ、こういうのはタイミングなのだろう。それで、今の俺に、この人は必要なのだろうな。
「今日はご馳走じゃないだろうけれど、味は天下一品の夕飯、皆と一緒にいかがですか?」
そう言って、俺は三島先生の目の前に手を差し出した。