■その255 雪と温泉・旅の始まり■
ビュンビュン通り過ぎて聞く窓の外は、最初こそ大小立ち並ぶビルの山々でしたけれど、乗車して30分もすれば畑や雑木林の広がる郊外になりました。今の季節じゃなかったら、その様子も見えたんでしょうけれど、今は1月… その全てが、真っ白な雪で覆われていました。しかも、まだ日の出前。雪の白さだけが、際立っています。
「ここら辺まで来ると、やっぱり降っているのね」
雪景色を横目に、アツアツの缶珈琲を飲みながら、
4人掛けのボックス席。窓際で向かい合わせに座っているのは美世さんと、僕の主のお母さんの美和さんです。その2人の隣では、それぞれの旦那さんが背もたれを軽く倒して熟睡しています。2人とも、夜中までお酒呑んでいましたもんね。
「ここら辺でこの雪なら、宿はもっとかしら?」
美和さんは、ロイヤルミルクティーの缶で両手を温めながら、少しづつ口を付けます。
「そりゃ、そうよ。子ども達、大喜びよ」
「小学生組は心置きなく遊べるけど…」
美世さんの言葉に、美和さんはニコニコ笑いながら通路向こうのボックス席を見ました。こちらも、4人とも熟睡中です。主の双子の弟君達と、美和さんの妹の和美さんと、娘の
「高校生組だって、それなりに楽しむわよ。そう言う年頃じゃない」
「そうね。先生達も居るから、大丈夫ね」
隣の旦那さん達を起こさない様に、美世さんと美和さんは静かに笑いました。そんなお母さん達の斜め後ろ、双子君達後ろのボックス席に、僕の主が座っています。
「桃ちゃん、スキー、滑れると思う?」
「私達、スケートしか、やったことないものね」
僕の主の
「
「桜雨のストーカーやってたのに、よくそんな時間あったものね」
ペラ… ペラ… と捲ると、幾つものスキー場の写真が出て来ました。
「剣道の合宿で、連れていかれたって言ってた」
「剣道の合宿… そう言えば、『剣道部なのに、なんでスキーなんだよ』って、毎年言いながら参加してたわね、兄さんも。兄さん、スノーボードも出来るらしいわ」
「三鷹さん、スノーボードはどうなんだろう? 笠原先生は?」
主はチラッと隣の
「さぁ? でも、滑るとしたら、両手が空くスノーボードじゃないかしら?」
桃華ちゃんも、チラッと隣の笠原先生を見ました。
「いつでも、モデルガンが撃てるように?」
「そうそう」
クスクスクスクス… 主と桃華ちゃんも、隣で寝ている2人を起こさない様に、顔を見合わせて笑い合いました。
その後ろのボックス席の高校生組は、田中さんを先生にして、3人がお勉強を頑張っています。
「着いたら、滑る。着いたら、スノボー」
大森さんが参考書を片手に、
「受験生の禁句…」
田中さん、思わず突っ込みます。そうですよね、滑るとか落ちるとか、言っちゃダメですよね。大森さんメチャクチャ言っているし、主や桃華ちゃんも気にしていませんでしたけれど。
「スキー板のエッジの求め方は…」
佐伯君、スキーと数学がごちゃ混ぜになってますね。目は、ちゃんと問題集を追っているんですけどね…
「… 休憩する」
通路側の近藤先輩は、静かに科学の教科書と目を閉じました。
通路を挟んで横のボックス席では、先生組が爆睡中です。窓際の三島先生は、隣で腕組みをして寝ている梅吉さんにべったり寄り添って、その前に座っている小暮先生は、窓に頭を付けて… そんな先生組の中で、松橋さんは細いかぎ針で、何やら編んでいます。たまに、チラッと、通路を挟んで隣の近藤先輩を見たりして。
そんな先生組の席と、主達の両親の席の間… 理容師組が爆睡どころか、死んだように寝ていました。クリスマス前からお休みも無かったし、営業終わったの、日付が変わっていましたもんね。しかも、営業終わってからの大掃除… 工藤さんも、昨日はバックヤードでお手伝いしてましたし。お疲れ様です。
東北へ向かう新幹線。一番後ろの車両で、主達はそれぞれに、電車の旅を堪能していました。