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第256話 雪と温泉・初滑り!

■その256 雪と温泉・初滑り!■


―ホワイトアウト―


 強烈な吹雪きの中、主は身動きが取れません。前後左右、真っ白な雪が吹きすさんで方向感覚どころか平衡感覚も狂って、聴覚も荒ぶる雪の音しか聞こえず、ただただその場に立ちすくんでいるだけです。

 真っ白な空間に、ポツンとあるオレンジ。スキー板もスノーボードも無く、スキーウェアだけで主は立ちすくんでいました。


 12月の頭、学期末テストを直前に控えたある日。お勉強会をしていた主達に、修二さんが『正月は温泉に行こう』と言い出しました。

 商店街のハロウィンイベントの時、何人もの犯罪者を捕まえたことによるお礼が、警察から貰えたからだそうで… どうせ行くならと、東条家の経営している宿にしました。


 1月1日の早朝、新幹線に乗った主達は、お昼過ぎに東北の温泉宿に到着しました。年をまたいでお仕事を頑張った先生組や理容師組、お酒を呑んでいたお父さん2人達は、電車の中で確り睡眠をとったので、駅に到着した時には充電完了していました。


 温泉宿のチェックインもそこそこに、主達はスキー組とスノーボード組に分かれて、ゲレンデに飛び出しました。もちろん、皆、レンタルです。


 スノーボード組は、修二さんと佐伯さえき君を筆頭に、美和さん、大森さん、田中さん、坂本さん、岩江さん、高橋さん、工藤さんがのびのびと滑っていました。中でも、修二さん、佐伯君、岩江さん、高橋さんは、周囲の視線を集める程の派手な滑りっぷりで、坂本さんと工藤さんは内心ハラハラしています。

 笠原先生は未経験の桃華ももかちゃんを、近藤先輩は松橋さんを、それぞれゆっくり指導中です。


 スキー組は、とってものんびりしていました。経験者の勇一さんと美世さん和美さんは、それでも久しぶりのスキーだからと、慎重に滑り始めました。

 梅吉さんと小暮先生は、初心者の冬龍とうりゅう君、夏虎かこ君、和桜なおちゃん、三島先生に指導中です。三島先生、スノーボードはメチャクチャ上手らしいんですけれど、梅吉さんがスキーをするって聞いたので、スキーにチャレンジだそうです。そして、僕の主の桜雨おうめちゃんは、もちろん未経験なので三鷹みたかさんに優しく教えてもらっていました。


「桜雨、少し休むか?」


 主、十何回目かの転倒。麓まで滑りきったんですけれど、上手に止まれなかったんです。雪の中に尻もちをついて、オレンジ色のスキーウェアを雪だらけにして、お鼻の頭とホッペを真っ赤にしています。


「うん。さすがに、疲れちゃった」


 ニコニコしながら手を三鷹さんに差し出して、助けを求めます。


「どこか、痛めてないか? 足首は?」


「大丈夫。怖いから、そこまでスピード出せないし」


 引き上げてもらうと、主はゴーグルを外しながら笑いました。


「良かった。なら、休憩しよう」


「でも、三鷹さん、滑り足りないでしょう? ずっと私に教えていてくれたから。私、休憩なら一人で出来るから、滑って来て」


 そうなんです。三鷹さん、ずっーと主に付きっきりで、まだ1回も自分のペースで滑っていないんです。主はそれが申し訳ないし、本気で滑る三鷹さんも見たいし… と、思っていました。スキーウェアにゴーグル姿なだけで、カッコいいなぁ~って、思ってますもんね、主。ゲレンデの魔法に、まんまと掛かっていますよ。


「皆と合流したらな。とりあえず、熱いスープでも飲もう」


 三鷹さんはグローブをしたままの手で、主の頭をポンポンとして、すぐ目の前の休憩所に主を促しました。


 休憩所は、そんなに混んでいませんでした。スキー板を外した足は、なんだか不思議な感じでした。ちゃんと歩いているはずなのに違和感があって、一歩一歩が慎重でした。そんな主を窓際の席に座らせて、三鷹さんは飲み物を取りに行ってくれました。窓の向こう側は、青空の下でスキーを楽しむ人や、休憩所のすぐ側で雪遊びをする子ども達で賑わっています。そんな景色を見ながら、主の右手の指がせわしなく動いていました。… 主、スケッチしたいんですよね。


「お姉さん、ピアノ弾けるの?」


 そんな主に、小さな女の子が声をかけてきました。いつの間にか、主の向かい側に座っていたショートカットの女の子は、ノルディック柄の青いニットワンピースに、白のタイツと青いブーツといった格好でした。


「こんにちは。ピアノは、弾けないかな。… あ、この指ね。これは、スケッチしたいなぁ~って思っていたから、動いちゃったみたい」


 主は女の子に言われて、指が動いていたのに気が付きました。


「お姉さん、絵、描けるの?」


「描けるよ」


「似顔絵は?」


「… たぶん、描けるかな?」


 女の子は、主の返答に身を乗り出してきました。


「あのね、私、お母さんを探しているんだけれど、写真が無くて… 口で説明するのが難しいから、お姉さん、似顔絵を描いてくれる?」


… 迷子ですか?


「それは構わないけれど、迷子になっちゃったの? 一緒に探そうか? あ、場内アナウンスしてもらおうか?」


桜雨おうめ、お待たせ」


 主が心配そうに、女の子の方に少し体を寄せた時でした。後ろから三鷹みたかさんに声をかけられて、反射的に振り返ります。


「どうした?」


 主の少し驚いた表情に、トレーを持っている三鷹さんもちょっとビックリです。三鷹さん、アツアツの珈琲と、コーンスープを買ってきてくれました。


「あ、うん。この子がお母さんとはぐれちゃったらしくって… あれ?」


 言いながら、主が女の子の方に向き直ると…


「女の子?」


「… いま、ここに居たんだけれど」


 主の向かいの席には、誰もいませんでした。困惑した主の隣に座った三鷹さんは、とりあえずと、コーンスープを主の前に置きました。


「俺を見て、逃げたか?」


「あら、三鷹さん見て一目惚れはするかもだけど、逃げる人は居ないと思うわ」


「そうか?」


「そうよ。だって、凄くカッコいいもん。あの子、人見知りだったのかな?」


 そう言いながら、キョロキョロと辺りを見回しても、女の子の姿は見当たりませんでした。


「迷子なら、母親も探しているだろう。そのうち、アナウンスが入る。それより、体を温めよう」


「… そうだね。頂きます」


 三鷹さんに言われて、主は心配しながらもコーンスープを飲み始めました。甘くて熱いスープは、冷えきった主の体を、内側からジンワリと温め初めてくれました。


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